第12話 走馬灯
薄れゆく意識の中で走馬灯が流れる。母に抱かれれば胸が温まるし、父と話せば不安な心は嘘のように落ち着いた。どうして、冒険者などになったのだろうか? あのまま実家から魔術学園にかよい続けりべきであった。胸の痛みとも付き合い方は色々あったはずだ。
アンダークラウンを使用しなければ薬中の冒険者になることもなかったし、違法な道へと踏みこまなかった。もちろん異世界の妖怪などという化け物にも出会わずに済んだはずだ。
私の瞳が最後に捉えた奴の表情は笑みを浮かべていた。今までずっと耐えてきたのにあんまりだと思う。橋女から助けたのも生活の基盤を確立するまでに私達が必要だったのだろう。あるいはあの趣味の悪い服装と同様に私達の心を弄んだのかもしれない。信用させた後に獲物をしとめる。悪人の常套手段ではないか……。異世界の化け物をなんで信じてしまったのだろうか?
「おとう……さん。おかあ……さん。ごめんなさい」
瞳に灯っていた光が失う前に謝罪の言葉を紡ぐ。
そして、その時がやって――
「起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ぶべらっ!」
耳に入ってくる凄まじい衝撃に灯を消そうとしていた瞳が明滅する。今まさに人生を終えようとしていた脳内は予想外の状況を理解するのにしばらくの時間を必要とした。
「崇徳童子、いやオーガルトさん?」
視界がはっきりとしてくると目の前に同じ光景を見ていたであろうコランダが、これまた狐につままれたような表情を浮かべている。
「お、俺は、死んで? いや、死んだのか?」
現実逃避を繰り返そうとするコランダと三太の後頭部をオーガルトが剣の柄で小突く。
「気分はどうだ?」
手のひらを地面へ付けゆっくりと起き上がる。自分を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐き、そして肺いっぱいに息を吸い込む。ビャオイエジャの森の木々の澄んだ香りが胸いっぱいに広がる。
「……あれ」
胸に湧き上がる痛みを感じない。再び肺いっぱいに呼吸を吸い息を吐いてみるが胸に痛みが走ることもなく、咳込みもしない。これまた自分の考えが追い付かずにコランダの顔を見る。
「お前、瞳が」
「瞳?」
「ああ。瞳の色が落ち着いた。お前の瞳はそんな綺麗だったか? それに心なしか顔色も良くなっている」
「えっ?」
言われてみれば身体がぽかぽかする。風呂上がりのような、全身に血流が巡る感覚を久しく感じていなかった。自分の身体の変化に驚きつつコランダの表情を確認してみれば、無精髭を生やした野暮ったい表情に少し赤みが差しているようにも見える。
「私、死んだんじゃなかったの?」
「なんで死ぬんだ? 俺が仲間を殺すわけないだろうが」
「いや、だって死んでこいって」
スパコーン。
森に小気味よい音が響く。オーガルトは虎柄の両腕を組み、左腕に右人指し指をトントンと叩いている。表情からは窺い知れないが明らかに不満そうなオーラが伝わってくる。
「だから言っただろうが、誰が仲間を殺すのか、と。俺の妖気は害意のある力に対抗する。この辺りに溢れる俺の魔力が、お前たちの体内に入り、お前たちの体を蝕む魔力とやらを排除したのだろう」
「魔力? 排除?」
「ああ。怪しげな粉がどのような物かコランダより聞いていた。身体に強い反応を示しながら副作用は少なく、依存性が少ないなどと言っていたが、そんなものが存在するはずがない。強い薬には何らかの副作用があるものだ」
「し、しかし、コランダさん。アンダークラウンは国が推奨している薬です。それはジノヴァ王国が俺たちを騙しているということですよ?」
「お前は国からのはみ出し者でありながら、それでもまだ国を信じるというのか? どの時代のどの世界の国も結局は人間が治める。人は神ではない、無条件で信じるのは危険だ」
「そういうものですか……」
口では否定的な言葉を話したが、久方ぶりに感じる自分の身体の温かみによりオーガルトの言葉の正しさを感じていた。
「あっ! ということは一平も丈二も危ないってことですか!?」
「ああ。お前たち二人の身体で俺の考えが正しいことが証明された。早く化け物退治の報酬を頂いて二人の元に帰るぞ」
「「はい!」」
その後、討伐金を手に入れ、砦に戻った三太とコランダは丈二と一平にアンダークラウンの危険性を伝え、一平と丈二は解毒のために森の奥深くの依頼を受け、再び三人で討伐へと向かった。
丈二と一平が晴れ晴れとした表情を浮かべて砦に帰ってきたのはそれから三日後であった。崇徳童子ことオーガルトの名前は一躍有名を轟かせ、巨額報酬案件を複数達成。三人は当面の生活資金を経て砦に戻ったのだった。
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