第10話 歪んだ瞳
コランダは崇徳童子と初めて出会った時を思い出していた。自分たちの全てを掛けて放った魔力で傷一つ付けられず、対峙してからは一瞬にして身体が拘束され
しかし、オーガルトにはまだまだ未知の部分が多い。広範囲の魔法で自分達が巻き込まれれば即死だし、サポートするとはいえ、森に引火し、ビャオイエジャの森で森林火災などが起きてしまうのは厄介である。
「くれぐれも無茶はしないでくださいね」
「くどい。分かってる」
コランダは小さく頷くと、三太とオーガルトと共に森の獣道を進み始めた。
獣道はかなり長く、茂みの中を通り抜けたり、沢を渡ったりと足下が悪い場所が多かった。幸い、オーガルトのただならぬ気配を感じ取ったのか三人を襲う魔物に出会うことはなかった。
「ハァハァ」
崇徳童子が視線を送ると道の途中に座り込む三太。頑なに外すことのなかったフードを外すと肩口まで伸びた青髪が姿を現す。
「おまえ、女だったのか……」
「……今まで何だと思ってたんですか?」
三太は息を浅く吐きながら死人のような顔色をしている。そんな三太を見てコランダが心配そうに傍に駆け寄る。
「大丈夫か? だから言っただろ、やり過ぎはよくないって」
「ハァハァ。ち、違う、痛みが……少し休めばすぐに落ち着きます」
三太の瞳は潰れた黄身のように奇妙な歪みを見せている。焦点が定まらず他の者と視線を合わせられない。
「お、お前、俺の知らない間にやばい薬に手を出したのか? アンダークラウンでそんな反応を見たことないぞ!?」
「だから違う。だいたいそんな金どこにあるんですか? ハァハァ、大丈夫少し休めば落ち着きます」
三太は肩に添えられたコランダの手を掴むと勢いよく立ち上がる。
「オーガルトさん。行きましょう」
振り絞った言葉をオーガルトが受け止めると無言のまま前へと歩き出す。コランダは三太とオーガルトに交互に視線を送ると不安な気持ちを抱きながら二人の背中の後を追った。
※※※
歪んだ瞳に、尋常ではありえない汗、何よりも身体を支えるだけで伝わってくる三太の動悸がコランダの危機感を煽った。
(三太が病気持ちなのは俺も知っている。しかし、あの様子は明らかにおかしい)
俺たち四人が集まるようになったのは魔術学校のはみ出し者という共通の境遇の他に、アンダークラウンを好んで使うという理由があった。別に法律を犯しているわけでは無い。しかし、合法薬物とはいえ薬物は薬物だ。世間の目が冷たいのに変わりはない。世間と少しずつ距離が空き、自然と四人でいるようになった。
アンダークラウンの使用方法は人それぞれだ。一平は直接飲んだり、酒に混ぜて飲んだりしているし、あぶって液体状にしたものを注射で体内に入れる者もいる。しかし、大体の者があぶった煙を鼻や口で吸うというオーソドックスな接種方法で落ち着く。このパーティーでいえば三太と俺がこのやり方でアンダークラウンを愛用している。
コランダが三太に視線を送っているとフルプレートを身に着けたオーガルトもこちらを見る。兜越しにその表情を伺うことはできないが、負の感情が込められているのは間違いない。コランダもここ数か月の禁断症状は応えたが、個人的には山場を越え、きっかけさえなければ再び使用しなくても耐えられるようにはなっていた。
しかし、三太は別だ。アンダークラウンを止めて再発した痛みに先ほどの歪んだ瞳。あのような症状は今までに見たこともない。オーガルトの監視下で、何とか耐えてきたが、今の状態を鑑みると魔物討伐に行けるような身体ではないのは確かだ。
(腐っても俺はこのパーティーのリーダーだ。オーガルトに進言しなくては三太の命に関わる)
俺は意を決してオーガルトに近づくと耳元で囁くように声を掛ける。
「オーガルトさん三太に――」
「駄目だ」
即答。いや、食い気味の即答である。感情のこもらない冷たい声であった、決して譲ることのない口調である。しかし、人の命がかかっているここで引くわけにはいかない。
「しかし、三太をこのまま連れて行くのは危険です。一度引き返すべきです」
「くどいな。三太はこの討伐に必要だと判断した。たとえどのような状態であっても俺は連れて行くぞ。例え死んでもな」
「くっ!」
ここまで言い切るオーガルトの首を縦に振らせるのは不可能だ。俺は三太の近くまで駆け寄るとつかず離れずの距離を取りながら何かあった時に対処できるようにする。
(ここまで非情な男だとは思わなかった。いや、人ではなかったか。確か異世界の生物で妖怪。人ではないのだ。魔物や魔族と変わらない人物だと考えなくてはいけないだろう)
三人はそれぞれの思惑を抱えながら言葉少なく獣道を進んで行く。やがて、獣道は切り立った崖に行き着く。コランダが崖の先から谷底を見下ろすとその先には依頼の目的であるジャイアントトレントが背を向け佇んでいた。
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