第8話  サンリエッタ

 私の名前は『サンリエッタ』生まれた国では可憐な野花という意味を持つ。笑顔をふりまき回りの人々をを明るくするのを見て両親が付けた名前だ。しかし、巡り巡って私の今の名前は『三太』。異国の地では男につける名前だという。


 文字はさん、3、三、の数え文字にふといと書くらしい。私はどちらかと言えば華奢な体格である。冒険者を目指すと決めた時も自分の体力の無さから魔術師を目指したという経緯があるくらい肉がない。それなのに『三太』私の一体何が太いというのだろうか?


 傍若無人な崇徳童子は私達と出会って以降、本名を名乗ることを許していない。一度、丈二が元の名前で返事をした際に激しい電撃を浴び、痙攣した姿を見たことがある。風が吹くだけで身体の痺れが駆け巡る痛みは形容しがたい苦しみを伴う。しかも、その後の――いや、思い出すだけで気分が悪くなる止めよう。


 そういえば私は他の三人と違い薬物に溺れているわけではない。確かにコランダパーティーに入ってから薬物に手を染めている。しかし、国の許可が出ている粉末、アンダークラウンに違法性はない。依存性も酒と対して変わらず、白い眼を向けられることが多いが、別に人間を止めているわけでは無い。


 私がアンダークラウンに手を染める最大の理由は病気の鎮痛作用が高いのが原因だ。産まれて間もなく肺を患った。酷い咳に悩まされ、完治するまでには二年という年月を必要とした。両親の手厚い看病のお陰で病は治ったのだが、その後の後遺症には悩まされた。寒暖差、風、花粉、魔物の残り香。全てが私の咳を助長し、そのたびに酷い痛みを引き起こした。その痛みを軽減してくれるアンダークラウンを手放すことはできないのだ。


 しかし、崇徳童子のせいで私のアンダークラウンはお預けである。金銭的に難しいという面もあるが崇徳童子がアンダークラウンを気に入らないようだ。


 つらい、苦しい、痛い。禁断症状による肺を刺すような痛みが何よりも辛い。このような状態で魔物討伐に参加とは……崇徳童子の寝床を襲うと決めた時の私をひっぱたいてやりたい。


 ……崇徳童子が不機嫌そうに私に視線を送ってくる。あの目はヤバい、早く駆け付けなくては。私は無駄に長い長考を止め、駆け足で崇徳童子の下へと走った。


 ※※※


 朝だというのにその建物からは騒がしい声が飛び交っていた。コランダがオーガルトと三太に目配せすると木造の扉が開かれる。


「ああん!? 喧嘩売ってるのか?」

「うるせぇぞ、外でやれ、外で!」

「ここで騒ぐんじゃねぇぇぇ! 静かにしろ!」


 そこら中から飛び交う罵声で室内は混沌としている。建物の壁には大きなボードがあり、そこかしこに依頼が書かれた羊皮紙が並ぶ。秩序なく無造作に張られているように見えるがコランダ曰く規則性がある貼られ方らしい。


 部屋の中心には幾つかの机と椅子が置かれ、交渉が行われているよに見えるが、その机の隣では胸ぐらを掴み、怒鳴り合う姿が見られ、中には酒を飲んでいる者もいる。


「騒がしいな……」


 不機嫌な声をオーガルトが上げると三太が崇徳童子の耳元に近寄る。


「お願いですから。ここでは暴れるのは止めて下さい」


「分かっている。しかし、喧嘩を売ってくる者がいれば消し炭にならない保証はない」


 三太が表情を青くするのと同時に黄色と黒の縞模様のフルプレートアーマーが注目を集め始めていた。三太の背中にヒヤリとするものが流れると、同じ思いに駆られたコランダが受付に座る赤髪の女に声をかける。


「新規の登録を一人、パーティは三人だ。急ぎで依頼を確認させて欲しい」


「あら、コランダさん久しぶりね。死んだんじゃないかって噂が立っているわよ。それに三人? 本当に残りの二人は死んじゃったの?」


「一平、丈二は死んではいない。今は別行動をしているだけだ。それより登録と手続きをしたい」


 ギルド会館では縞模様のフルプレートアーマーに全注目が集まっている。いずれ奇異の眼差しが笑い声に変わるであろう。オーガルトの縞々にちょっかいを出した者が建物ごと火だるまになる姿が脳裏をよぎる。


「一平? 丈二? そんな名前だったかしら? ……まぁいいわ。これが登録書よ。書き方は分かるわね」


 コランダは渡された紙と筆を取ると予め決めていた崇徳童子もとい、オーガルトの氏名、出身地、年齢を書き込もうとしてその腕を止める。


「なっ――」


「俺が書く」


 コランダの腕を黄色と黒の縞模様の腕がつかむ。


「い、いや、しかし、す、オーガルトさん」


 たどたどしい言葉を放つコランダを力任せに後ろへ下げると羊皮紙の上をサラサラとオーガルトのペンが走る。


「――こ、これは!」


 赤髪の受付の女が羊皮紙を両手に持ち、ワナワナと震え始める。


(しっ、しまった! まさか、本名を書いたのか!?)


 コランダが恐怖で固まった顔をゆっくりと受付の女へと向ける。


「読めないわ。異国からきたというのは間違いなさそうね。やっぱりコランダさん、代筆お願いします」


 コランダは素早く頷くと光の速さで代筆を書き上げ受付の女へと羊皮紙を渡す。


「オーガルトさんね。出身地はイーストワス……確かにあの国には見知らぬ種族がいると聞くわ。年齢は20歳……ずいぶん若いのに立派な装備ね。問題ないわ、ではコランダ隊登録しました。依頼はどうします?」


「合同での討伐、作業は止めてくれ。うちの単独の依頼で、ある程度金が良ければなんでも構わない」


「そうですか。それではこちらはいかがですか? 後はこれと……これは難しいかしら?」


 見繕われた数枚の羊皮紙がコランダに手渡される。羊皮紙の内容に目を通すと安心したようにコランダが頷く。


「依頼は後で正式に報告にくる。じゃあ、また後でな!」


 受付の女の返事も待たずにコランダはオーガルトと三太の腕を掴み逃げるようにギルドを走り去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る