第7話 冒険者への道
先日の騒ぎから三日が経った。橋女が訪れて以降、崇徳童子はご機嫌斜めである。誰も話しかけらるような雰囲気ではなく、時間が解決するまで待たなくてはならないか思われた。しかし、のっぴきならないある事情からコランダは崇徳童子の前に立っていた。
「金がありません」
「何だって?」
「か、金がないんです」
崇徳童子は持っていた本を床に投げ捨てると右手で前髪をクルクルと指に巻き付ける。崇徳童子がコランダの仲間になって以降、食料、書物、日用品などはコランダパーティの財布より捻出されていた。
しかし、崇徳童子がパーティの舵取りをするようになって以降は冒険者として活動をせずに収入も途絶えていた。財布からはただただ金が出てゆくだけであった。
「そういえば金はお前達が工面していたのだったな」
「はい。早急に金を稼がなくてはなりません。それにもうひとつ問題がありまして……」
コランダが言葉を選んでいる。どうやら何か言いづらい話があるようだ。
「実は丈二なんですが――」
元々薬中気味だったコランダパーティ、その中でも丈二は依存性の強い薬に手を出していたようで、酷い禁断症状に苦しんでいるようだった。
「丈二か……」
コランダは崇徳童子の機嫌を損ねるのではないかと恐れていたが予想に反しその表情は晴れやかである。
「何をするにも金は必要だ! お前達に苦労かけたな」
「おぉ! それでは!」
「金は俺が稼ごう」
崇徳童子がこのアジトに来て以来初めての朗報。コランダの表情には自然と笑みがこぼれる。
しかし――
(稼ぐ? この崇徳童子さんが?)
しかし、その表情はすぐに曇ることとなる。この世界に産まれ数十日の崇徳童子がどのように金を稼ぐのだろうか? コランダ達と出会い、ハリエットと会話をし、ここ数日は不機嫌そうに本を読んでいただけである。
「ち、ちなみにどのように?」
「お前達は冒険者として生計を立てているのだろ? 俺もこの世界の冒険者とやらに興味がわいたところだ。それに試したいこともある」
コランダの視線が崇徳童子の足下に向けられる。その先には【冒険者への道】と書かれたハウツー本が投げ捨てられていた。
「崇徳童子さんの実力なら問題なくやっていけるでしょう。しかし、二つ問題があります。まずはその姿です。土地の者でないのが一目で分かります。繭から出てきて日も浅いですし、目立ちたくはありません。もう一点は冒険者の取り決めです。細かい取り決めはありませんが崇徳童子さんには我々の言うことを聞いて貰わなくてはなりません。……大丈夫ですか?」
「ハハハッ! そんなつまらないこと気にしてたのか? 先人に物事を習う時に相手を敬うのは当然ことじゃないか!」
〜〜〜
街に向かい森を進む。枯れ葉を踏みしめながら歩くのは三人。金を稼ぐ提案をしたコランダ、今までフードを被り極力崇徳童子を避けていた三太、フルプレートアーマーに身を包んだ崇徳童子だ。
繭を変化させ作り上げたフルプレートアーマーは見栄えもよく、機能的であり、何よりも顔を覆うことによって姿も隠せている。しかし、そんな完璧とも言えるフルプレートアーマーに二人は何か思うところがあるようである。
(流石は崇徳童子さん、フルプレートアーマーに付く小さい傷まで再現するとは! 流れの冒険者が俺達のパーティに合流したと考えるだろう。しかし、この配色はどうにかならなかったのだろうか……)
三太に視線を送ると三太も全く同じことを思っていたようである。顔色の悪い表情で崇徳童子のフルプレートアーマーとコランダを交互に見ている。
二人の視線の先にある崇徳童子を兜から爪先まで視線を落としてゆく。
黄、黒、黄、黒、黄、黒。
二人が視線を合わせる。
(ダサイ、目立つ、あり得ない)
フルプレートアーマーに黄色と黒の横縞。崇徳童子がきたという世界の【鬼次郎】と呼ばれるものを模しているのだろう。詳しく聞き出したいが地雷がどこにあるか分からないため尋ねられない。
(そもそもフルプレートアーマーは高価なものだ。流れの冒険者にしては珍しい。しかも、その全身鎧にこのような塗装をするなど前代未聞だ)
「崇徳童子さん、冒険者登録の名前は考えていただけましたか?」
「うーん。なかなか思いつかないんだ。尊敬する鬼次郎さんから名前を借りようかと考えたがそれは恐れ多い」
「それでは鬼次郎さんの【鬼】を貰い名前を考えるのはいかがですか?」
「鬼か。オニ、おに、鬼神、鬼畜、デーモン……オーガ」
崇徳童子の歩みが止まる。
「オーガルトだな。響きも悪くない。俺の名前はオーガルトにしよう」
「オーガルトですか……うっうん、悪くないですね」
どこかほっとしたような表情を浮かべるコランダ、三太も同様の表情を浮かべ二人で頷き合っている。
「んっ? どうした二人とも? 何かあるのか?」
「「いえ! 何でもありません」」
二人とも同じ思いなのか思わず声がはもってしまう。崇徳童子は少し気になる素振りを見せたが、自身の名前が決まったことに笑みを浮かべ軽快に歩みを進めた。
(聞いたこともない名前だがあの鎧に比べれば……)
虎柄の鎧の後方からは二つのため息が漏れた。
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