第6話 橋女

 デルメルデス廃砦


「旦那ありがとうございました!」


 コランダが腰を直角に曲げ頭を下げると続いて一平と三太が頭を下げる。


「かまわないよ。正しい人間を助けるのも俺が目指す妖怪の務めだ。それにお前達が消えた原因を知りたかった……」


 崇徳童子は眉間に皺を寄せ渋い表情を浮かべる。さらには何かを思い出したのか右手でこめかみを抑えどすんと椅子に腰掛ける。


「しかし、あいつが原因だと知っていたら俺はあそこに行かなかったかもしれないな」


「旦那? あの色っぽい姉さんを知っているんですか?」


 コランダの質問を受けて崇徳童子は目線を一点に集め体をブルリと震わせる。


「知っているも何もあいつは前世の許嫁だ」


「許嫁!?」


「う、羨ましい。私も娼館で幾人もの女を抱いてきましたがあれほどの女にはお目にかかったことがない。しかも、あの最後に見せた熱い眼差し――あれは旦那の事を心から慕っているそんな目でした」


「羨ましいか……前世のあいつも傾国の美女と呼ばれていたっけな。しかし、あいつはそんな生易しい女じゃない。惚れた者をどんな手を使っても手に入れる橋女と言われる妖――」


「あらっ! 私の話をしてくれていたの? 嬉しい!」


 暗闇の中から突如現れたハリエット。足元にはアーチ形の石橋が闇の中から続いている。


「げっ! 橋女、どうしてここが!?」


「あらやだ、橋女なんて呼ばないで! 私、この世界ではハリエットっていう素敵な名前を持ってるの」


 怯える崇徳童子とは打って変わって一平、丈二、コランダは口をだらしなく開け、今にもヨダレがこぼれ落ちそうである。


 崇徳童子は自分の動揺を隠すように三人の頭を引っ叩くとこちらに妖しい微笑みを向けるハリエットに向き合う。


「俺がこいつらコランダの気配を見失ったのには正直驚いた。この世界にもにも大した奴がいるもんだと感心したのだが、まさか、その正体がお前だったとはな……。どうりで気配が追えないはずだ」


「ウフフッ。お褒めの言葉を頂き光栄ですわ」


「別に褒めてない。それで、仲間をだしに使って俺に会いに来たのはどういうつもりだ?」


 ハリエットは今までの妖艶な笑みを消し、純朴な少女が哀しむような表情を浮かべると、袖で目元を隠す。


「ウッウッウ。私がこんなに慕っていると言うのにそんな言いかた。また、私のこと都合の良い女にするのね」


 その様子を見て頭を抱えていた三人より避難の声が上がる。


「旦那、ハリエットさんは純粋に旦那のことを思ってここに姿を見せてるんですよ。さすがにその言い方は酷くないですか?」


「「うん、うん」」


 ――スパコン!


 小気味よい音を立てて三人の頭が再び引っ叩かられる。三人が頭を抑えてうずくまると不満そうな崇徳童子が口を開く。


「お前達は黙っていてくれ、話が面倒くさくなる。それに勘違いも甚だしいぞ。ハリエットは俺の気さえ引ければ何だっていいんだ。例えばお前達を殺して俺がなびくと分かれば、躊躇なく後ろの異次元でお前達を解体するぞ」


 崇徳童子の言葉を聞き三人がハリエットに視線を送るとハリエットは無言で三人に微笑む。


「ヒィィィ!」


 その笑みは狩りの獲物を見るような視線だ。三人が後ずさるとすかさずに崇徳童子が三人の前にでる。


「止めろ。怯えているではないか。こいつらは仲間だ。死ぬまで俺の言うことを聞き、最後は俺のために死んでゆく大切な仲間だ」


((((それを仲間とは言わないのでは))))


「フフフッ。あいも変わらず愉快な方ですわ。崇徳童子様が大切と言うものを私も壊したりなどしません」


「なら、目的は何だ」


「あら、さっきも言ったじゃないですか。私、今度こそ貴方と結ばれようと――」


「断る!」


 有無を言わない拒絶にハリエットが唇を噛む。


「現世でも、私を拒むのですか?」


「――!」


 その瞬間、ハリエットの周囲の空間が揺らぐ。人が通れる程度の大きさだった暗闇は歪みながらじょじょに周囲を浸食し、このまま辺りを飲み込むかと思われた。


「ふぅー。ふぅー。違う、違うわ。こうじゃない」


 理由は分からないが落ち着きを取り戻したハリエット。元の笑みを取り戻すとそれと同時に周囲の歪みが元に戻ってゆく。


「気持ちはわかりました。私、崇徳童子様の野望に協力することにしますわ」


「なっ!? どうしてそれを!」


「フフフッ。当たり前です。前世でも現世でも私は貴方の許嫁。崇徳童子様の全てを知っています」


「……」


「フフッ。今度は拒絶されないのですね。それでは私は崇徳童子様のために私の考えで動きます」


 再びハリエットの周囲の暗闇が揺らぐとその姿を闇の中へと消していった。


「た、助かった」


 這いつくばっていた三太が情けない声を上げる。


「助かってない。本当の地獄はこれからだ……」


 今まで見たこともない覇気のない崇徳童子は、四人に背を向けて奥の部屋へと戻って行った。

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