第5話 十三人

 街中の闇を一人の人影が動く。忍び衣装に身を包み、顔の部分には髪を変化させた面を付けている。全身黒を基調にしており、光の届かない所では闇と同化している。ちなみに黒装束は崇徳童子のシャツとパンツを作った繭を変化させ作り出したている。


(まったく丈二の奴は情けないな。鬼次郎さんの仲間はいかなる時も敵に立ち向かったというのに)


 丈二が振り絞って話した街の様子を頼りにコランダ達の行方を追う。どうやらコランダ達三人は兵士の詰所辺りで気配を絶ったようだ。


(俺が気配を感じられないとは……。敵の罠に嵌ったか? この世界にもそこそこ強い奴がいるのか? それとも……)


 気配を見失った場所へとたどり着く。詰所近くの空き地のようだ。四方を建物が囲み、その隙間に資材がそこら中に置かれ、所々にゴミが散乱している。


(何も……ない? しかし、何だこの違和感は……)


 その時、四方に眩い光が浮かび上がる。崇徳童子を照らし出す無機質な灯り、周りを見回せば周囲に立ち並ぶ建物の上から数十の瞳がこちらに向けられていた。


「動くな! お前の仲間はこちらで拘束している。動けばお前の命も仲間の命もない!」


 低い威圧をこめた恫喝。しかし、どこかその声には怯えが含まれており、崇徳童子は動じることなくその声の主に向かい声を上げる。


「では、交渉決裂だな。ここにいる十三人を殺し、俺はこの場を後にする」


「――!?」


 先ほどの威圧する声から打って変わって動揺しているのが分かる。声の主がわずかに逡巡した末に暗闇から姿を現す。


「私の名前はハサン。この街の治安を守っているものだ。お前の仲間の冒険者三人には詰所の兵二人を殺害した疑いがかけられている。お前もその奇妙な面を取れ、顔を見せろ」


 合金の隙間から見えるハサンの筋肉をみれば街のチンピラなら震えあがるであろう。しかし、崇徳童子には鍛え上げられた筋肉も何の意味もない。ただの丸々と太ったネズミ程度の認識しかないのだ。


 ハサンの合図でそこらに隠れていた兵士全てが姿を現す。その数は崇徳童子が言い当てた通りちょうど十三人。みな槍を持ちその穂先を崇徳童子に向け威圧する。


「うむ。ここにいる者からは大した力は感じない。仲間を隠した能力に驚いたのだが……その主はいないのか? 俺の仲間はどこにいる?」


「そ、その前にその面を取れ、名乗ってもらおうか!?」


 怯えた声ではあるが低い威圧した声。ハサンも覚悟を決めたのかその手には腰から抜いたブロードソードを持っている。


「……面は取らん。名のりもしない。しかし、一つだけ教えておいてやる俺はお前たちがこの間見つけた繭の中から生まれたものだ」


「――!?」


 ハサンの声にならない声が上がり槍の穂先を向ける兵士に動揺が走る。


「お前があの繭の中身だと言うのか?」


「ああ。俺はあの繭から産まれたところをあの四人に保護された」


「保護だって!?」


「ああ。早く三人を解放してもらおうか……。それと、あの三人を捕らえた術士、もしくは道具を見せてもらおうか?」


 長い沈黙が流れ、その場にいる兵の背中に一筋の汗が流れる。


「あの三人は開放する。しかし、術師は関係ないだろう。我々は三人を解放し、この場を後にする。ここでは何もなかった、我々は何も見なかった……それでよいだろう」


「駄目だ。術師に会わせろ。それともこの場にいる者を一人一人殺しながら術師が出るように促さなくては応えてくれないのか?」


「ぬぅ。しかし――」


「良いんですよハサンさん」


 今まで何もなかったはずの暗闇に一つの橋がかけられるとその先から一人の女が現れる。光を弾き返す程の美しい濡羽色をバレッタで一つにまとめ、切れ長の目と深紅の唇に目がゆく。冒険者が身に着けるような革の胸当てをし、先端に小さい宝石をはめ込んだ杖を持っている。


 女が暗闇から足を踏み出すとその先にはこれまた先ほどまで存在しなかったはずの一平、三太、コランダが地面に横たわっていた。


「げっ! お前は!」


「憶えていてくれたのですね。ここまで出向いただけのことはありました」


 女は視線を下げ瞳を潤ませる。しかし、その様子に反して崇徳童子は今まで兵に対して威圧感を放っていた男とは思えない間の抜けた声を上げる。


「お、俺は――」


「ハリエットさんは私達兵士に善意で協力してくれただけだ。頼む! 危害を加えないでくれ」


「ハリエット!? 善意だと? ど、どういう……いや、そ、そうだな。分かった。では俺はこの場から去ることにしよう」


 崇徳童子は地面に転がる三人を担ぎ走り出す。あまりにあっけない幕引きにハサンは緊張の糸が切れたのかその場に座り込むとハリエットに視線を送る。


「そうですか。繭から出てきたのはあの方でしたか……」


 血で濡れたような深紅の唇を舌なめずりをするとハリエットは暗闇の中に消えた崇徳童子に熱い眼差しを送り続けた。

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