第3話 崇徳童子

 真一文字につけられた傷跡が上下に開かれる。深紅に染まった溶液が勢いよく流れ出すとその先から一本の足が現れる。バランスの良い、まるで鍛え上げられた狩人のような脚だ。


 続いて右手、左足が差し込まれ、滑り込むように現れたのは妖艶な青年であった。


 まだ、あどけなさが残る青年は長めの前髪を左に流し、右目だけを出している。脚同様にバランスの良い筋肉が上半身に纏われている。


「……君たちは人間かい? こちらの世界の目覚めがこのようになるなんて最悪だよ」


 青年はコランダ達などまるで視界に入っていないようで、不機嫌そうな声を上げながら前髪を左に流しながらつぶやいている。


「なっ? 繭の中から現れたのは人間だと?」


 繭が血を流しながら現れたのは得体のしれない化物……と思いきや、髪型を気にしながら現れた妖しい青年であった。口が裂け、炎を吐きながら人間を喰らうような怪物を想像していたコランダはとりあえず安堵の息を吐く。


「俺たちは冒険者をしている者だ。き、君を保護しに来た!」


 さすがに攫いに来たとは言えない。異常なシュチュエーションでの出会いではあるが、見た目は普通の青年だ。極力刺激しないよう接触を図る。


「保護? 俺を? 何故?」


 眉間に皺を寄せながら自分が這い出てきた繭へと腰を掛ける。明らかにコランダ達を怪しんでいるようだ。


「な、何故って? 君は人間だろ? 人を守るのが俺たち冒険者の仕事だ」


「人間? 俺が?」


 眉間に寄せた皺を更に深くして青年は首を項垂れる。コランダは青年が機嫌を損ねたのではないかと不安になり、みるみるうちに表情の血の気が引いてゆく。やがてコランドの表情が真っ青に染まるころに青年が勢いよく顔を上げる。


「ハッハッハッ! 俺が人間? そんな訳はないだろう。俺は妖怪、崇徳童子すとくどうじだ!」


「すとく? ようかい?」


 コランダが間抜けな声を上げると後方のフードを被った一人が業を煮やし崇徳童子に向かい奇声をあげる。


「あぁぁぁぁぁぁ! 妖怪? 崇徳童子? そんなことはどうでもいい! 俺たちが聞きたいのはただ一つ! 俺たちに付いてくるのか? こないのかどっちなんだ!?」


 フードの冒険者の男の目は血走っており、溢れん出さんばかりの汗にまみれている。どうやら使用していた薬物の影響で興奮しているようだ。崇徳童子はそんな男に憐みの視線を送ると指で前髪を直す。


「聞いているのか!? 髪の毛なんていじってんじゃねえ!」


 その瞬間、辺り一帯を光が駆け抜ける。木の根をなぞるように駆け抜けた光はその場に立つ四人の全身を駆け抜け、強い衝撃を受けた四人は立ったまま全身を痙攣させる。


「お前たち……鬼次郎おにじろうさんを……侮辱するのか? この完璧な鬼次郎さんカットを見てそのような戯言が許されるのか?」


 回りを再び雷が駆け抜ける。崇徳童子は繭からおもむろに降り立ち、片手を繭に掛ける。


「うぉぉぉぉ!」


 崇徳童子の雄たけびに合わせ繭がメキメキと音を立て歪んでゆく。やがて限界を迎えた繭はピアノ線が弾けるように甲高い音を立てて四方の繭から引きちぎられる。


「――!?」


 身体の自由の利かないコランダが声にならない声をあげる。


 遺物を使い、四人がかりの魔力を費やし、更には十分な時間をかけて練り上げた一撃で、ほんの僅かな切れ目を入れることしかできなかった。その異常な硬度といえる繭を素手でこの青年は引きちぎったのだ。


「俺はよぉ――」


 左手には引きちぎった繭、右手には溢れる電撃。両手を合わせ繭に電撃を纏わせると繭は力ない液体となり、その手に絡まりつく。輝く液体となった繭をゆっくりとその胸に当てると繭はみるみるうちに崇徳童子の身体にまとわりつき、やがて上半身を黒と白のボーダーラインに変え、下半身には濃紺の七分丈のパンツを出現させる。


「鬼次郎さんを馬鹿にするやつは心の底から許せねぇんだ。でもよぉぉ。後ろの糞野郎は言ったよな鬼次郎さんは糞だって」


 予想を超える事態についていけないコランダ達、しかし、この事態が非常に良くないと状況だと判断した。鬼次郎というものがどのような者かは分からないがこの場を収めるために崇徳童子に頭を下げるしかない。


「い……や、俺たちは決して髪型を馬鹿にし……」


 痺れを耐え、何とか口を開く。視線を合わせ誠心誠意謝ろうと試みるが体の激しい痺れのため、視線を合わせることできずに崇徳童子の胸の辺りに視線が向いてしまう。


「そうか、そうか。俺が精魂込めて作ったこのボーダーのシャツがダサイって言いたいんだな!? 鬼次郎さんと同じボーダーがダサイと!」


「ち、違――」


「死に値する!」


 右手を髪にあて無造作に髪を引っ張るとブチブチと音を立て髪が引き千切られる。千切られた髪が雷を帯びると見る見るうちに黄金色の輝くクナイとなる。


「ハァッッ!」


 輝く鋼となった数本のクナイが四人の腹部に向かって襲いかかる。


「――!」

「がっ!」

「うっ」

「なん」


 あまりの痛みに四人が呻き声を上げると崇徳童子が再び髪に手を上げる。


「致命傷にはほど遠い。鬼次郎さんを貶した罪、百の悲鳴で贖え」


「「「「うぁぁぁぁ!」」」」


 ※※※


 翌日。兵の詰所では血相を変えて報告する部下と渋い表情をしながら怒鳴り散らす上官の姿があった。


「な、何!? 繭が無くなっているだって?」


「はい! 冒険者組合より苦情がきています」


 上官はまるで兵が失態を犯したかのような剣幕である。あまりの上官の興奮に兵はすっかりと怯え切っている。そんな兵の様子を察したのか声のトーンを落とした上官が兵に声をかける。


「いや、すまなかった。お前が悪いわけでは無い。冒険者が派遣されるまで辺りを封鎖し見張っていなかった私の責任だ。冒険者組合より何か他に報告は来てなかったか?」


「はっ! 僅かながら魔力を使った形跡があったと! それと……」


「それと何だ!」


「繭の封印はできなかったが冒険者の派遣費用は上官殿に請求するそうです!」


「……くっ!」


 上官は歯を食いしばるとその場で二度三度と地団太を踏む。最後にその場にあった椅子を蹴り飛ばすと気持ちが落ち着いたようで盛大にため息を付く。


「それにしても今日は兵の数が少なくないか?」


「そういえば何人か無断欠勤をしている者がいるようです」


「まったくこんな時に。後で宿舎に行って問い詰めておけ。それよりも我らも繭の行方を探さなくてはならない。詰所で暇にしているものをまとめ捜索に向かう!」


「はっ!」


 兵が詰所の奥に向かうと上官は視線を落として考えに耽る。


(街が滅びなかったのは良かった。しかし、繭の中身はどこへ行ったのだ? 消滅してくれれば良いのだが……いや、間違いなく外に出たと考えるべきであろう一刻も早く繭の中身を追わなくては……)

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