第2話 忌物と遺物

「この先だな」


 夜の帳が落ち、辺りには人っ子ひとりいない。時折、獣の遠吠えが耳に入ってくるだけの静かな夜である。


光球ライト


 フードを被った者の一人が手を上げると拳ほどの小さな光源が宙に浮かぶ。夜の帳の中に不自然な人工的な白い光が灯る。


 目的の物はすぐにみつけることができた。なんの変哲もない整備された森の中に突如現れる忌物。話しを持ってきた兵の言った通り、繭は四方を固く結び、その中心には明滅する塊が存在していた。


「繭の中に何かいるのか……」


 四人の内の一人が唾を飲み喉を鳴らす。光源の不自然な白色も相まって繭は不気味な雰囲気を醸し出している。


(中身なんてどうでもいい、俺達は金さえあればいいんだ)


 痩せこけた金髪の男が意を決すると戸惑っている三人の仲間に指示を飛ばす。


「話では物理攻撃は効かないらしい。四人で四方から炎を放つ。出力を高く、一回で焼き切れ! 冒険者は朝一に来るとは聞いているが時間がかかれば邪魔が入るかもしれん」


 四人が距離を取り、同時に魔法の詠唱を始める。詠唱に合わせ背中に掛けたマントが薄っすらと輝き、その光が冒険者達の体に纏う。どうやらマントの能力が詠唱の補助をしているらしい。


「「「「ファイヤーバレット!」」」」


 手のひらの上に熱せられた火のつぶてが浮かび上がる。礫は炉に入れられた鋼のように煌々と光り、方向を定めると一瞬にして繭に襲い掛かる。蒸気を上げ繭の回りでは甲高い炸裂音が上がる。


「よしっ!」


 魔法の直撃を見て誰からかというわけでは無く喜びの声を上げる。繭の四方を焼き切れれば中心の繭を運ぶだけだ。忌物とはいえ、何かしらが孵化する前に運んでしまえば問題ない。


「なっ!」


 リーダー格の男が声を上げると残りの者も驚きの表情を浮かべる。


 そこにはなんの変化の起きていない繭。ただ焼き切れていないだけであれば驚いた後にすぐに再び魔法を放つのであろうが何も変化が起きていないのだ。繭はもちろん、その回りにある木々も火の粉が飛び散った先の地面にも焼け焦げた跡さえない。


「物理だけではなく魔力も受け付けないだと? さすが忌物というべきか。一筋縄ではいかないようだ。それじゃあこっちも奥の手でいこうじゃないか」


 男が懐から取り出したのは剣の柄であった。装飾が施されていたであろう柄は長い年月土に埋もれていたのか腐食が進み凹凸が激しい。辛うじて剣の柄であると分かる見た目である。


「これもイブツだ。こっちは遺物だけどな。宝物庫のはじっこに転がっていたこいつを俺がちょろまかしてきたものだ。こいつは魔力を流すとその魔力量によって姿が変わる。そして俺の能力とはすこぶる相性がいいんだ」


 リーダー格の男――コランダが後方の冒険者に目配せすると三人は掌を前にだし集中する。やがて、その先からそれぞれの色を帯びた濃い霞がコランダに向けて放出される。その霞は一方向に進んでおり、時間をかけてゆっくりとコランダの体に同化している。


「他人の魔力の同化、俺の能力だ。時間がかかる上に戦闘では使いづらい。でもよ、遺物との相性は最高だ……来い!」


 凄まじい放電と共に剣の柄から鉛色の光の剣が現れる。剣身は明滅し不安定な様子を見せるが、四人分の魔力量が集約したのがはっきりとわかる輝きを放っており、その剣先から放たれる力が尋常ではないのが分かる。


「戦闘でこの技を敵に当てるのは難しい。だけどな、動きのないお前さんに当てるのは四歳の子供でもできる行為だぜ。くらえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 叫び声と共に鉛色の剣が上段より振り下ろされる。剣は輝きを増し、その場の全てを一瞬にして光の世界へと誘う。


 凄まじいエネルギーの衝撃により起こる爆炎。煙で繭がどのようになったかは分からないが、剣の先から金属を焼き切るような音が鳴っていた。【ファイアーバレット】とは違い、繭に何らかの干渉ができていたのは間違いない。


 鉛色の剣が輝きを失っていくと、それに伴い、太陽のような輝きが急速に静まってゆく。


「や、やったか?」


 光球ライトにより再び照らし出した繭。しかし、繭は来た時と同じようにその場に存在し、相変わらず四方を木々に支えられ断ち切られてはいない。


「なっ! 遺物を使っても――」


 諦めの言葉を放とうとした時、目の前の繭の横一線に小さな傷が入る。その傷は見る見るうちに広がり、あっという間に人間の瞼のようになる。そして、その瞼から人間が涙を流すように赤い液体がじんわりと滲み出す。


 コランダは遺物に傷をつけてしまったことに焦ったが、自分たちの力が忌物に傷を付けられたことに満足したのか口元に僅かな笑みを浮かべていた。


「……何が起きる」


 コランダは魔力が尽きたのか両手をだらりとその場に降ろしてしまう。しかし、その視線は血の涙を流す繭から目を離すことができなかった。

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