偉大なるMに捧げる〜異世界妖怪活劇〜

陽乃唯正

第1話 繭

 その日は朝から雨だった。


 街の空は暗く、湿った空気は人々を不安にさせ、空は今にも落ちてきそうであった。


 雨が降るのは珍しいことではない。しかし、街の住人はその日の鼠色の空から目を離すことができなかった。 


 スコールと稲光の中、何者かが外を歩いていたのだ。風速数十メートル、横殴りの激しい雨である。歩くのはもちろん、這うのすら容易ではない。


 しかも、その人数は一人や二人ではない、数十人はいるであろう。皆、フードで顔を隠し、不気味さに拍車をかけている。幸い、異様な者達は住民には危害を加えることはなかった。


 住民達はドアを固く閉め、雨と雷と共にそのもの達がいなくるのを朝まで待ちつづけた。


 翌朝、街外れの森に一つの繭ができていた。四方に固く結ばれた繭の中心には細長い塊。繭の中を見ることはできないが、中は薄っすらと透けており、ぼんやりと光っている。


 雨が止み巡回を再開していた兵の一人が突如現れた繭の存在に気付く。


「な、何だこれは!?」


 あまりの異様さに一歩後ろへ足を下げる兵士。しかし、自分の職務を思い出したのか重い脚をゆっくりと前へと出す。


「ま、魔物か? しかし、近年この街で魔物が街で出たとは聞いたことはない」


 恐る恐る兵が手に持っている槍の穂先で繭の光る部分を突く。


「な、これは!」


 見た目はすぐに貫通しそうな白い繭、しかし、予想に反して槍の穂先が弾き返される。続いて大上段に構え思いっきり斬りつけてみるが再び槍は弾き返され、兵はたたらを踏んで後ろへ腰を落とす。


 繭は何の影響もなく今までと何ら変わりなく、その場で静かに明滅している。


「俺でどうにかできるものではなさそうだ。これは上官殿に見て確認してもらうしかないか……」


 兵は冷や汗を掻きながら踵を返して足早にその場を後にした。


 ~~~


 詰所


 巡回をしていた兵と同じ兵装をした者が数人。部屋では調書を作成する者から武器の手入れをする者、壁際によりかかり談笑をかわす者まで様々である。


 その中で一際体の大きい兵が外を睨みつけていた。握られた拳には血管が浮かび、合金で作られた鎧の節々からは鍛え上げられた筋肉が覗く。


「遅い、巡回の兵はいつ報告にあら――」


「上官殿! 上官殿!」


 戻ってきた兵が扉を乱暴に開け部屋に駆け込むと、息を切らせながら森の中で見つけた奇妙な繭の報告をする。しばらく静かに話を聞いていた上官は血の気の多い表情を青くして兵に質問する。


「確かにお前は明滅する白い繭を見たというのだな?」


「は、はい。確かに見ました」


「槍で突いても傷一つ付かず、斬れば弾き返される。繭は明滅し、突然現れた。間違いないな?」


「はい。酷い雨が上がり、巡回に戻ったところ繭を見つけました。間違いありません」


「なんと……」


 上官は口を閉じ、青白くなった顔色を更に薄くしてゆっくりと口を開く。


「忌物だ……なんでこのような街に……」


「い……ぶつですか?」


「聞いたことはないか? 数十年前に突如として消えた都市国家ポンタゥス。滅びた前夜にこのような繭ができたと生き延びた住人が証言している」


「えっ! ということは?」


「当時の住人から直接話を聞いたわけではない。しかし、何かが起きてからでは遅い。冒険者ギルドに報告をし、早急に結界術を張れる者に対処してもらうのだ!」


「は、はい!」


 兵が悲鳴に近い声を開けると上官の話も聞かずに扉から飛び出す。


「いや、ちょっと待て! 私も行く!」


 続いて顔色の戻っていない上官が兵に続いて部屋を飛び出す。残された兵たちは目を丸くして今起きた一連の出来事をゆっくりと理解しようとしていた。そんな中、奥の談笑をしていた兵の一人が声を潜め、横の兵に囁く。


「面白そうな話しじゃないか。地下オークションにかければ、さぞいい値がつくぞ」


「ヒヒッ。俺にも一枚噛ませろよ。いい伝手があるぜ!」


 ※※※


 宿場街


「で、街の兵士様が荒くれ者の俺達になんの御用で?」


「この間の借りを返してもらおうと思ってな」


 兵士の目の前には四人の人物が座っている。話しをしている男は痩せた頬に目を窪ませた金髪。末期の病気を患ているか薬物を投与しているといった顔つきである。体には軽装の革鎧を身に着け、背中には炎の紋様が入ったマントを身に着けている。


 男の回りに座る三人の者達も同様のマントを身に着けており、フードで顔を隠している。何人かは地面の焚火であぶられた煙草を口にくわえ煙を吸っている。


「俺たちは何をすればいいんだ?」


「森で忌物を見つけたらしい。明朝に冒険者ギルドの奴らが封印する前にお前らに拝借してきてもらいたい」


「拝借? 要は俺たちに強奪してこいと言っているのだろう。俺たちを通してそんなことをせずに自分達でやればいいじゃないか。借りを返すと言っても当然分け前は頂くぞ?」


 兵は鼻で笑うと嫌らしい笑みを浮かべて痩せこけた男を見降ろす。


「それができればここにいない。どうやら忌物は特殊な力で守られているらしいのだ。俺たちは腕っ節はたつが魔力はてんでない。そういう摩訶不思議な物はお前らが得意だろう?」


「忌物ねぇ」


 男は目を閉じ考えを巡らす。まだ表世界を歩いていた時に冒険者仲間から聞いたことがある。忌物一つで国が失われたことがある、と。しばらくの沈黙、その後にフードを目深に被った者の一人が口を開く。


「コランダさんいいじゃないですか。薬もなくなってきましたし、報酬が入ったら売春宿で一発決めながら女の首を絞めればいいじゃないですか」


「……俺にそんな趣味はない。しかし、悪い話ではない。魔術学院からかっぱらった古代の遺物が役に立つだろうしな。報酬は?」


「話はつけてある。金貨千枚だ」


「危ない橋を渡るだけの価値はありそうだな。よし、お前たち今から向かうぞ」


 痩せこけた男の合図に合わせ三人の冒険者もマントを翻らせ立ち上がる。冒険者は兵に目配せをすると次の瞬間には闇に紛れ、その場から姿を消していった。


「あいつら本当に大丈夫なんですか?」


「落ちぶれたとはいえ現役の冒険者だ。俺が話をしていた奴はかつては魔術学院にいた者だぞ。腕は立つ」


「魔術学院にいた者が今は薬中ですか」


「薬中ではない。あいつらのお気に入りは国から正規に販売されているものだ。まぁ薬に間違いはないがな、生きるのは難しいということだな」


 兵の男は口角を少し上げて卑屈な笑みを浮かべる。


 兵はその場にくすぶる火を足の裏で踏みつけると冒険者が消えて行った闇の中へと歩き始めた。

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