第18話・腹ごしらえは大事です
翌日。
朝の準備も終え、私は窓から外の風景を眺めていた。
「本当に大丈夫でしょうか……」
そう不安の声を零してしまう。
成り行きで仕方がなかったとはいえ、魔族の計画を潰すため、ウィノア遺跡に向かうことになってしまった。
「やめてください」と言って、「分かりました」と答えてくれるほど、魔族も聞き分けはよくないだろう。
ほぼ間違いなく、戦いになる。
魔族といったらドラゴンにも並び立つくらい強い生き物だし、なにせ相手は神獣のグリフォンすら苦しめた。
まだ半月が空に昇るまでには時間があるけど、今から気持ちが暗くなってしまうのは仕方がない……のかな?
『安心してよ』
とワシのような生き物が、私の肩に乗った。
『アリシアのことは僕が守る。もし魔族に勝てなかったとしても……僕がアリシアを逃すから』
「ありがとうございます、グリフォンさん。そう言ってくれるだけで、気持ちが楽になります」
この生き物は神獣グリフォン。
魔族に呪いをかけられ、苦しんでいたところを私が見つけた。
結界で解呪してあげたんだけど、グリフォンも魔族の企みを阻止するため、姿を変えて私の傍にいてくれている。
「あっ、グリフォンさんって言うのも、なんだか味気ないですね。呼ばれたい名前は他にありますか?」
『なんでもいいよ。どうでもいいから』
「神獣にとったら、そうかもしれませんね。だけど私が納得出来ないんです。そうですね……」
少し考えてから、私はこう口を動かす。
「グリちゃん……って呼んでもいいですか? そのまますぎる気もしますが」
『いいね。ちゃん付けで呼ばれるなんて初めてだ。君にそう呼ばれると、なんだか嬉しくなってくるよ』
気に入ってくれたらしい。
グリフォン──グリちゃんの頭を撫であげたところで、扉がノックする音が聞こえた。
「はい?」
「オリヴァーだ。入ってもいいか?」
「ええ」
答えると、廊下からオリヴァーが部屋に入ってくる。
「今日の打ち合わせをしにきた」
「ご丁寧にありがとうございます。こんなところで立ち話もなんでしょう。どうか中にお入りください」
「それは……」
……?
どうしてか分からないけど、オリヴァーは戸惑いの表情を見せる。
「どうかされましたか?」
「いや……宿の一室とはいえ、女性にいる部屋に入ってもいいものかと思ってな」
「紳士ですね。ですが、気にしないでください。無関係な人に、あまり聞かれたくない話もするでしょうし」
「だが……」
『気になるなら、僕もいるから大丈夫だよ』
オリヴァーと押し問答をしていると、横からグリちゃんが口を挟んできた。
「そうです。グリちゃんもいます」
「グリちゃん?」
「グリフォンさんに名前を付けました」
「これまた可愛い名前を付けたんだな。まあ──確かに、こんなところで押し問答を繰り広げていても、時間の無駄か。分かった」
オリヴァーは少し躊躇しながらも部屋に入り、扉を閉めた。
「まず、冒険者ギルドにも今回のことを報告した」
「他に協力してくれる方を探してくださったんですよね?」
「そうだ。だが……強い冒険者は全員、街から出払ってしまっているらしい。残っているのはDやCランクの冒険者だ。戦力にはならない。それどころか、足手纏いになる可能性もある」
とオリヴァーは渋い表情になる。
目の下にはうっすらと隈が出来ていた。
ひょっとすると昨日から奔走して、ろくに寝ていないかもしれない。
「他の街から冒険者を呼び寄せるにも時間が足りない。他に守る者が増えるよりも、俺たちだけで魔族に立ち向かった方が勝算が高い。君はどう思う?」
「協力者が得られないのは残念ですが、私もオリヴァーの意見に同意です」
『そうだね。僕も下手に人数を増やすよりは、少数精鋭の方がいいと思う』
グリちゃんも首を縦に振る。
いくら【万能結界】があるとはいえ、私の魔力には限界がある。
他の人を守るため結界を広げるよりも、小さな範囲でいいから強力なものを張った方がいい。
私とオリヴァー、神獣のグリちゃんだけで魔族と戦うことになりそうだ。
「よし、早速ウィノア遺跡に向かおう。夜になるにはまだ早いが、下見もする必要がある」
「そうですね。でもその前に……」
私はオリヴァーにこう質問する。
「オリヴァーは朝ごはんは食べましたか?」
「ご飯? いや……そういえば、食べるのを忘れていたな。しかしそうも言っている場合じゃないだろう。一日くらい食べていなくても問題ない」
「いけませんよ。空腹で魔族と戦っても、良い結果にはならないでしょう。こういう時こそ、軽くでも食べるべきなんです。ちょっと待ってくださいね」
と私は踵を返し、作っていたものをオリヴァーに手渡す。
「これは……サンドイッチか」
「はい。朝早く起きて、作っておきました。サンドイッチなら、ウェイン遺跡にも持っていけますしね」
『なにを作ってるんだろうと思ってたけど……サンドイッチというんだね。美味しそうだ』
グリちゃんも興味深そうにサンドイッチを見る。
「どうかお食べください。あっ、グリちゃんもどうぞ」
「では、遠慮なく……」
『頂くよ』
オリヴァーが片手でサンドイッチを持ち、パクッと。
グリちゃんには私がちぎって、食べさせてあげる。
すると。
「旨い」
『美味しい!』
オリヴァーとグリちゃんは、そう目を輝かせてくれた。
「お口に合ったようで、なによりです」
「俺は口下手だから、上手く言えないが……本当に旨い。店で食べても、ここまでのサンドイッチはないだろう」
「それは、今のあなたの表情を見ていたら分かりますよ」
くすっと笑う。
表情が変わりにくいオリヴァーの目が爛々と輝いているんだから、お世辞とかではないんだろう。
「君は料理も出来たんだな」
「ええ。ハロルドたちと一緒にいる頃、食事係をしてしましたから……」
掃除係も洗濯係も私だったけどね!
「……すまない。辛いことを思い出させてしまったか?」
「い、いえいえ、そんなことありませんよ! それに料理は元々好きでしたし。さほど苦痛にはなりませんでした」
しかもハロルドたちにご飯を作ってあげても、「旨い」なんてことは一言も言ってくれなかったし。
いつも当然とばかりに私の料理を口にして、感謝の言葉もかけてくれなかった。
別に感謝されたかったわけじゃないけど、せっかく料理を作ったのに食べずに、女の子のいるお店に行った時はさすがに腹が立った。
それを思えば、オリヴァーたちがこうして「ありがとう」と言ってくれるだけで気持ちが満たされた。
『人間の料理は美味しいって聞いてたけど、本当なんだね。長年生きてきても、知らなかった』
「だったら、今から知っていけばいいんですよ。私にグリちゃんのためにご飯を作らせてください」
『ありがとう』
グリちゃんも夢中になってサンドイッチを貪っている。
「あっ、そうだ。ウェイン遺跡に行く前に、立ち寄りたいところがあるんです」
「どこだ?」
「ドラゴンがいた洞窟です。ずっとあの中に閉じ込めておいても悪い気がしますから、このサンドイッチを持っていきたくって……」
私たちは先日、街の近くに棲みついたドラゴンに出会った。
洞窟の入り口に結界を張ったから心配していなかったけど、あれからドラゴンが悪さをしたという話は聞かない。
ちゃんと私の言いつけを守ってくれているようだ。
『ドラゴン? そんなものともアリシアたちは友達になっていたのか』
「友達というのはどうでしょう? だけど協力関係にあることは確かです。ドラゴンを外に出すのはまだ怖いけど、今日の魔族についてなにか知っているかもしれません」
「名案だな。時間にも余裕があるし、一度向かってみよう」
というわけで。
ウェイン移籍に行く前に、ドラゴンに会いにいくことになった。
◆ ◆
『旨いっす!』
ドラゴンにサンドイッチを食べさせてあげると、彼は嬉しそうに声を上げた。
『さすが、姉御っすね! オレみたいな哀れなドラゴンに、こんな慈悲をかけてくださるとは! 問題はオレにしたら、量が足りないことですが……』
「あなたは体が大きいですもんね。だけどあとは私たちが食べる分です。またなにかを作って持ってきますので、今日のところは我慢してください」
『へい。もちろんっす』
ドラゴンはサンドイッチを食べて満足したのか、大きく一つ息をした。
『そんで……魔族のことっすね。まさかそんな計画を魔族が立てていたとは』
「なにか知りませんか?」
『すまねえ……初めて聞くっす。お力になれず、すみません』
しょんぼりと肩を落とすドラゴン。
「……今更だが、ドラゴンがこうもアリシアに傅いているのを見たら、おかしな気分になるな」
『それほど、アリシアの力を認めているってことさ』
私とドラゴンのやり取りを、オリヴァーとグリちゃんは後ろで眺めていた。
『神獣のグリフォンも味方にしたんっすね。姉御、マジでハンパねえっす。だけど……魔族相手に油断したら、いけねえっすよ。姉御が許してくれるなら、オレも力になりますが』
「いいえ。戦力を一箇所に集中させるのも悪手でしょう」
本当はドラゴンを洞窟から出すのがまだ怖いだけなんだけど、そのことは伝えない。
「ですが、私に考えがあります。魔族が来るまでに時間があるなら、
『その通りっすね』
よーし。
時間は十分。
今度こそウェイン遺跡に行き、待ち構えましょう。
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