第19話・【魔族視点】結界があれば魔族相手でも楽勝

 空には夜の帷が降り、半月が昇った。

 静かな夜空の中──魔族はウェイン遺跡に向かっていた。



「半月の日には間に合った。ここまで上手くいくとは、俺様の天才っぷりが怖くなるぜ。くくく……」



 空を飛びながら、魔族は笑みを浮かべる。


 王都の人間の魔力を集める──それが彼の目的であった。

 一人ずつ殺して魔力を奪ってもいいが、さすがに効率が悪すぎる。ゆえに今回、一気に魔力を集めることにした。


 とはいえ、儀式のためには準備が必要だ。

 そのためにグリフォンの羽を入手する必要があった。


 戦いの際、呪いをかけてやったが、もうグリフォンは死んでいるだろうか?

 あの呪いを解呪するには、一流の解呪士が必要だ。それが王都にいるとは思えない。


「まあ、俺様にはもう関係ねえけどよ。羽が手に入った以上、あのグリフォンが死のうが生きようが関係ない」


 格付けも済んだし、万が一呪いを解いて彼の邪魔をしようにも、グリフォンにその力はない。


「そして半月の日……今日を待った。本当は満月がよかったが、さすがの俺様でも力が強すぎて扱えないからな」


 あとは遺跡に行き、グリフォンの羽を触媒にして儀式を行う。確か人間たちはウェイン遺跡と呼んでいたか。


「王都中の人間の魔力を集められれば、だって喜んでくれるはずだ。いよいよ、あの方のお膝元に置かせてもらうことだって……」


 そんなことを考えていたら、ウェイン遺跡が見えてきた。


「さっさとやるとするか」


 魔族はなんの緊張感も持たず、ウェイン遺跡にさらに接近した。


 誰かがなにかを仕掛けてきたとしても、自分だったら跳ねのけられる──そう考えるからこその気の緩みだ。

 結果的にそれが魔族の敗因となった。


 ウェイン遺跡の敷地内に入ろうかとする時、一瞬だけ魔力が反応したのに気付く。


「む……? これは結界か!?」


 いつの間にか結界が張られ、魔族の身動きを封じていた。


「どっかの人間が勘付いて、結界で俺様を閉じ込めようとしたのか? だが、残念だったな。この程度なら……!」


 パリン!


 魔族が目の前に拳を打ち付けると、音を立てて結界が壊れた。


「ガハハ! こんな柔な結界で、俺様を閉じ込められると思うんじゃねえよ!」


 高笑いを上げる魔族。


「どこに隠れてやがるんだ? 儀式を始める前に、まずは見せしめに殺して──っ!?」


 だが、それは続けなかった。


 複数の光線が、魔族に向けて発射されたからだ。


「攻撃魔法!? はっ! そりゃそうか。結界魔法だけじゃなくて、攻撃魔法を使える人間も用意してやがったのか!」


 ──これは久しぶりに骨のあるヤツと戦えそうだ。


 舌舐めずりをして、魔族は光線を躱わす。

 しかしいくら避けても、次から次へと光線は無限に発射され、留まるところを知らない。


「ちっ……! この攻撃を仕掛けてきてる人間の魔力は無尽蔵か!? 鬱陶しい!」


 ならば、まずは術者を殺すことから始めようか。

 術者さえ殺せば、この攻撃もやむはずだ。


 魔族はそう考え、方針を転換する。呪いを飛ばして、術者の居所を探ろうとする。

 だが、魔族が飛ばした呪いは結界で遮られ、完全に消滅してしまった。


「まだ結界張ってやがったのか!? どうなってやがる! 結界の中に攻撃魔法を炸裂させるなんて高度な真似、人間に出来るはずが……っ」


 ここで初めて魔族は焦りを感じた。



 ──実際、攻撃魔法を発する結界の中にいるのだから、呪いが結界で遮られるのは当然の話であったが。

 そんな結界は普通ないし、常識に囚われる魔族に気付けるはずがない。



 今は魔力で体を強化し光線を避けているが、このまま攻撃が続けばそれも無理になる。


(あんま、魔法は得意じゃねえんだよな。どちらかというと呪いの方が得意で、魔法は不得意だ)


 不得意といえども、人間の基準でいうSランク冒険者の魔法には匹敵するが……彼の魔力では、いずれ限界がくる。


「仕方ねえ。一か八かだ!」


 ゆえに魔族は賭けることにした。


 体内にありったけの魔力を集中させる。


 周りに結界を張られているなら、それを潰せばいい。

 今回張られた結界は最初のものと比べて強固といえども、魔族の全魔力を使った爆発には耐えられないはずだ。


 問題はありったけを放出することによって、魔力が枯渇してしまうことだが……自分には呪いの力がある。

 結界さえなければ術者を探って、先日のグリフォンのように呪いをかけてやればいい。


「うおおおおおおおお!」


 咆哮を上げて、魔族は魔力を爆発させる。


 パリン! パリン! パリン!


 何枚もの結界が割れた音が聞こえた。

 しかし同時に、魔族を襲う光線もやんだ。


「はあっ、はあっ……なるほどな。結界を何重にも張っていたのか。気が付かなかったぜ」


 とはいえ、魔力爆発によって全ての結界は壊れたはずだ。


 とんでもねえ人間もいたものだ──内心、そう戦慄する魔族ではあったが、勝利を確信していた。

 自らを縛る結界さえなければ、どんな人間でも自分の前では敵じゃないと思ったからだ。


「覚悟しろよ。考えうる限り、一番酷い方法で殺してやっから──」


 そう言葉を続け、呪いを飛ばし……。



「ふむふむ。どうやら、結界の強度はこれくらいでよさそうですね」



 女の声が聞こえた。


「は?」


 続けて、遺跡の物陰からひょっこりと一人の女が顔を出す。


 見た目は可憐な少女であった。

 人間の見分けが付かない魔族にとっては、ただの子どもにしか見えなかった。


 さらに魔族は驚愕する。

 飛ばした呪いが壁にぶつかり、消えてしまっていたからだ。


「ま、まさか……まだ結界を張ってやがったのか!?」


 そして先ほどの魔力爆発にも結界は耐えた。


「一体、何重に結界を張れば気が済むんだ!」


 しかし……どうして何重にも結界を張る必要があったのか。最初から、一番強い結界を張ればいいではないか。そうすれば無駄な魔力消費も抑えられる。


 ここまで考えて、魔族は恐ろしい考えに至る。


「俺様の実力を確かめていたのか? 魔族相手に? そんなことをする余裕が?」


 強さに段階を分けて結界を張り、どこまで耐えられるか確かめた。

 いわば、彼は彼女の実験に付き合わされたのだ。


 見た目は子どもにしか見えない少女。

 だが、彼女の底知れぬ力に、魔族は生まれて初めて恐怖を感じた。

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