第15話・困っていたグリフォンさんを助けました

「やっぱり……聞こえます!」


 足を止めて、私はに呼びかける。


「誰ですか? 『助けて』って一体……」

『……っ! 僕の声が聞こえるのかい?』


 呼びかけに答える声は、驚きに満ちたものだった。


「はい」

『もしかして君はなのかい?』

「神? 違いますよ。私はただの人間です」


 どうして声の主はそんなことを言うんだろう。


 不思議に思っていると、声の主はぶつぶつと呟き始めて……。


『おかしいね。神聖な魔力を感じる。こんな魔力は神でしか……』

「そうなんですか? だったら、尚更もっとお話しを聞かせていただきたいです。私に助けを求めているようでしたが……」

『う、うん。そうだね。聞こえると思ってなかったけど、僕のことは助けにこなくていいよ』

「え……?」


 予想だにしないことを言われ、私は聞き返してしまう。


『僕の身に起こっていることは、人間じゃ解決出来ないんだ。僕のところに来ちゃいけない。君にも被害が及んでしまうかもしれない』

「そんなこと、おっしゃらないでくださいよ。放っておけません。どこにいるんですか?」

『ありがとう。その気持ちだけで十分だ』

「ちょ、ちょっと!」


 声が遠くなり慌てて呼び止めるが、二度と同じ声は聞こえることはなかった。


「どうしましょう……」


 声の主は『来ちゃいけない』と言っている。

 だけど……聞こえてきた『助けて』っていう声はとても切羽詰まったものだった。


「……うん。ほっておけませんよね」


 声の主は本当に誰にも会いたくないなら、私だって首を突っ込んだりしなかった。


 しかしとてもじゃないが、そうとは思えない。


 お人好しやらお節介焼きと言われようが、なんだっていい。

 私の声の主を助けたい。 


 私は森中に張っていた結界の性質を変える。

 すると薬草を示す赤い点に混じって、青い点が表示された。


「ここですね」


 私は青い点に向けて、歩を進める。


【万能結界】があれば、声の主がどこにいようが、見つけ出すことが出来る。

 これが人が多い街中だったりしたら別だけどね。


 幸い、この森には人は少なく、いたとしても小動物や鳥、そして弱い魔物くらいだ。


 私は【万能結界】の導きに従い、森の中へ進む。

 途中、獣道を進み、崖に落ちそうにもなった。

 こんなことがなければ、意識的に足を運んだりしない場所だろう。


 そしてようやく開けた場所に出る。


「ここのはず……え? もしかして……」

 とんでもないものを目にして、私は足を止めた。



「グ、グリフォン!?」



 そう。


 ワシの胴体と頭。

 立派な翼も生えている。

 それでいて下半身はライオンのような足も。


 昔、ふと読んでみた図鑑に載っていたグリフォンの姿と瓜二つだったのだ。


『き、君はさっきの声の人?』


 グリフォン(?)は横になったまま、顔だけを私に向ける。


「はい。アリシアと申します」

『アリシア──ど、どうして来たんだい? 来るなって言ったのに……』

「あんな声を聞いて、無視することなんて出来ませんよ」


 仮に無視したら、聞こえてきた声のことが気になりすぎて、ぐっすり眠れなさそうだ。


「そんなことより……あなたはグリフォンさんですか?」

『ぼ、僕のことを知ってるんだね。うん、その通りだよ』


 あっさりとグリフォンから答えが返ってきた。


「神獣のグリフォンがどうしてここに……って、そんな場合じゃないですよね」


 神獣と呼ばれる生き物は、私たち人間が生まれる前よりも遥か昔にいたとされるものだ。

 一説によると神々の使徒として、地上に降り立ったとも言われている。

 神獣の中には人の言葉を理解し、コミュニケーションを取ることも出来る個体がいるという。


 だが、神獣なんてものは滅多に会うことはない。

 私も異世界に転生して、お目にかかったのは初めてだ。


 ドラゴンのことといい、前世の記憶が蘇ってからレアな生物に出くわすことが多すぎる。


「あなたの体に纏わりついている黒いモヤ……それがあなたを苦しませている原因ですね」


 グリフォンの周りには黒いモヤが漂っている。

 そのせいでグリフォンは今も苦しそうに横になっている。立ち上がることも難しそうだ。


「治すにしても、まずは原因を探らなければなりません。もっと近くで……」

『ダ、ダメだ!』


 一歩踏み出したところで、グリフォンがそう叫んだ。


『近付いたら、君も僕と同じ目に遭ってしまう。だってこれは──』

「あっ、大丈夫ですよ。私、ので」


 気にせず、グリフォンと目と鼻の先まで移動する。

 黒いモヤが伸び、私の体にも纏わりつこうとするが、目の前で不可視の壁に阻まれたかのように動きを止めた。


『そ、それは……結界? でも、結界でを阻むのは相当高度だったはず……』

「やっぱり、呪いだったんですね」


 理解が追いついていなさそうなグリフォンに、私はそう言葉を返す。


 呪い。


 魔法とは似て非なる存在。

 呪いをかけられた者は体調が悪くなったり、自分の意思とは反して術者に操られてしまう。

 最悪死にも至る、恐ろしい術だ。


『君は……一流の結界魔法使いなんだね。僕のことを助けてくれるつもりかもしれないけど……君じゃダメだ。僕にかかった呪いを解除するのは、長年修行を積んだ解呪士くらいしか無理なんだから』


 グリフォンの言う通り、呪いというのは一度かかってしまえば、解除するのがかなり難しくなってしまう。

 そして解呪を専門にする解呪士は、相当希少。

 ゆえに人々は呪いを恐れる。


「私は確かに解呪士ではありません。だけど……私には代わりに結界の力があります」

『結界でなにを……』

「答えるのは、後ほどです」


 私はグリフォンの周りに結界を張る。


 結界の効力は……解呪。


 今まで、治癒の効果を持った結界をハロルドたちに何度も張ってきた。

 もっとも、私がそれに気付いたのは前世の記憶が蘇ってきたから。それまではパーティーの治癒士であるフォルカーが、治癒魔法を使っているのだと思っていた。


 呪いを解くのは初めてだけど……【万能結界】の力が本物なら、これで上手くいくはず!


 グリフォンに纏わりついていた黒いモヤは薄くなっていき、やがて完全に消滅した。


『体が……楽になった?』


 グリフォンは自分の体の異常がなくなり、目をパチパチとさせている。


「よかった……上手くいって」


 ほっと胸を撫で下ろす。


 やっぱり【万能結界】の力は本物だ。

 強化(バフ)や治癒どころか、結界を張れば解呪も出来るだなんて。

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