第13話・【ハロルド視点】難しい依頼
アリシアを追放してから、二週間が経過しようとしていた。
ハロルドたちは彼女を追放したことにより、Sランク冒険者まで真っしぐらのはずだった。
しかし現実は……。
「どうして、こんなことになるんだ!」
ハロルドは声を荒らげる。
彼らが今いる場所は救護院だ。
他にも患者がいるため、ハロルドの大きな声に周囲は顰めっ面を浮かべる。
しかしハロルドはそのことに一切気付かず、やり場のない怒りを発散せていた。
「お、おかしいですね。アリシアがいなくなって、私たちのパフォーマンスは35%上昇するはずでしたが……」
「前回聞いた時よりも下がっているじゃないか!? お前の計算が間違っているんじゃないか?」
「私の計算が間違っているですとお!?」
フォルカーも怒りに顔を滲ませて、ハロルドに詰め寄った。
──アリシアを追放し。
ハロルドたちはさらなる活躍を遂げるどころか、失落の道を辿っていた。
受けた依頼は失敗続き。
調子が悪いのだと開き直り、簡単な依頼も受けてみたが……それでもろくに達成出来ない。
これではランク昇格どころか降格も見え始め、ハロルドは焦ってAランクの依頼を受けた。
強い魔物の討伐。難しい依頼だった。
それでもこの時、まだハロルドは「自分たちなら成功する」と信じていた。
しかし結果は失敗。
魔物に太刀打ち出来ず、なんとか逃げ通せたが、ハロルド自身深い傷を負ってしまった。
一命は取り留めたものの、こうして救護院の世話になっているというわけである。
「なにかがおかしい……」
ハロルドはここ最近、自分たちの周りで起こっている異常を思い出す。
戦っている間、いつもより体が重かった。
集中力も欠如していた。
そして異変はハロルドだけではない。
治癒士のフォルカーの魔法も、今までとは比べものにならないくらい、効果が薄かった。
今負っている傷も、以前までのフォルカーなら簡単に治せてたはずだ。
(なのに全てが上手くいかないのは、どうしてだ?)
原因が分からなかった。
「もしや……アリシアを追放してしまったことが原因では?」
フォルカーが震えた声でそう言う。
「バカなことを言うな。あいつは結界魔法しか使えない無能のはずだ!」
「で、ですが、結界がないことにより相手の攻撃を恐れ、私たちの動きが鈍っている可能性があります」
「僕が魔物の攻撃を恐れるなんて、有り得ないさ。恐怖が動きに悪影響を及ぼしていたとしても、限界がある。今感じている異常はそんなレベルじゃない」
「そ、それは……」
フォルカーも反論出来ないところを見ると、彼も同じことを思っているようだ。
「君がもっと頑張っていれば、前の依頼だって失敗しなかった。ロザリーの魅力的な尻を追いかけることに必死で、戦いに集中していないんじゃ?」
「バ、バカなことを言わないでください! そんなことを言うなら、ハロルドだって……」
「うるせえ! ここは救護院だ! 喧嘩するなら外でやってくれ!」
ハロルドとフォルカーが口論を繰り広げていると、患者の一人が怒声を上げた。
それでもハロルドは自分の行いを省みなかったが──。
「お二人とも、喧嘩はおやめください」
ロザリーが救護院に現れると同時、二人はぴたっと口論をやめた。
「ロ、ロザリー! 前はごめんね。フォルカーのせいで、君を危険な目に遭わせてしまった……」
「私の方こそ、すみません。ハロルドがもっと集中していれば、あんな魔物には負けませんでしたが」
お互いに責任を押し付け合う二人。
そんな愚かな二人を前にしても、ロザリーは笑みを崩さなかった。
「そんなことをおっしゃらないでください。お二人の力は分かっています。先日もたまたま調子が出なかっただけ。焦る必要はありませんわ」
「「ロザリー……!」」
慈愛に満ちたロザリーの発言に、二人とも感動で震える。
「そうですわ」
ロザリーが自然な感じで。
手を叩いて、こう話を切り出してきた。
「お二人にぴったりの依頼があるんです」
「ぴったりの……?」
「はい。隣国にドラゴンが棲みついたそうです。本来なら隣国で対処するべき問題ですが、にっちもさっちもいかず、こちらの街に依頼が舞い込んできたというわけです」
「ほほお?」
ハロルドとフォルカーも、ロザリーの話を前のめりに聞く。
「そのドラゴンをわたくしたちで討伐しませんか? 他の冒険者が手を焼くドラゴンを倒したら、きっとわたくしたちの名も上がります」
「し、しかし……ドラゴンか。厳しい戦いなりそうだな」
ロザリーの提案だとはいえ、ハロルドはすぐに首を縦に振れない。
フォルカーを見ると、彼も同じような反応をしていた。
「……ギルドで職員が話しているのを聞いたんですが、最近の失敗続きを受けて、ハロルドの冒険者ランク降格が予定されているそうなんです」
だが、次に放ったロザリーの言葉に、ハロルドはピクッと肩を上下に揺らす。
「僕が……降格って……?」
「ええ。ですが、安心してください。きっとそのドラゴンを倒せば、ランク降格は避けられますわ」
「し、しかし、今私たちは絶不調だ。このような状態でドラゴンを倒せるのかといわれると……」
とフォルカーも渋い表情を作る。
「それについても心配ご無用。どうやら、隣国に棲みついたドラゴンは
それは朗報である。
ドラゴンの強さには五つのランク分けがされているが、雑種級は一番弱いと聞いていた。
なんなら一年ほど前、アリシアをまだ抱えてなお、ハロルドは雑種級のドラゴンを倒したことがある。
(アリシアがいなくなり、さらにロザリーもいるんだ。僕たちでも勝てる)
そう確信するハロルド。
「分かった。ロザリーの言う通りにしよう」
「提案を受けていただき、ありがとうございます。ですが、すぐに行く必要はありません。まずはあなたの怪我を治すことが先決。焦る必要はありませんわ」
そう言って、ロザリーは優しくハロルドの頬を撫でた。
彼女に触れられるだけで、ハロルドは幸せな気分で頭がいっぱいになり、周囲の音が聞こえなくなる。
「ふっ……バカな男。まだ自分の力のなさも気付いていないのかしら」
「……? ロザリー、なにか言ったかい?」
「空耳ですわ。わたくしは一度、宿に帰らせてもらいます。また来ますわね」
とハロルドたちに背中を向けるロザリー。
そのせいで、ロザリーが蠱惑的な笑みを浮かべていたことに、ハロルドたちは最後まで気が付かなかった。
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