第12話・大事なことは最初に言ってください!
ドラゴンと戦ったけど、最終的に共存関係を築くことが出来た。
私たちはギルドでドラゴンの鱗を換金し、お昼と同じ店で祝勝会を開くことにした。
「君が今食べているのはなんだ?」
オリヴァーさんが不思議そうに、私の食べている様を見つめている。
「カニですよ。知らないんですか?」
「メニューには書いてあったが、食べたことはなかった。旨いのか?」
「美味しいです。オリヴァーさんもどうかお食べください」
「うむ……」
少し抵抗がありそうながらも、オリヴァーさんは恐る恐るカニを口に入れた。
「旨い」
「本当ですか? あまり美味しそうに食べているように見えませんけど」
「昔から表情が変わりにくいんだ。本当に旨い。見た目はグロテスクで抵抗があったが……これなら、いくらでも食べられる」
オリヴァーさんは次々にカニを口の中に放り込んでいく。
私が前世で住んでいた『日本』では、ほとんどの人がカニが大好物だったのに。
この世界ではカニを食べる文化が根付いていなかったかもだね。
私も彼に負けじとカニの殻を取り、食べる。
しばらく無言の時間が続いた。
「アリシアはこれから、どうするつもりなんだ?」
やがてカニが食べ終わるのも一段落して、オリヴァーさんがそう問いかけてきた。
「そうですね……今回の件で、貯金も貯まりました。しばらくは宿屋でぐーたら生活を継続するつもりです」
ギルドで換金したドラゴンの鱗は、今まで目にしたことがない金額となった。
私が冒険者として依頼を受けるのも、安全に暮らすためのお金が欲しいためだ。
これなら無理して働かなくて済む。
「アリシアは冒険者として、成り上がりたいという気持ちはないのか? 君ほどの実力の持ち主なら、Sランクにもすぐ昇格すると思うが」
「え、嫌ですよ。Sランクに上がったら、危ないこともしないといけなくなるじゃないですか」
冒険者が自由な仕事とはいえ、高ランクになるとそうでもなくなる。
街の近くに危険な魔物が現れたら、ギルドは優先的に彼ら・彼女らに依頼を回すからだ。
もちろん、私の安全を脅かす者が現れたら、重い腰を上げざるを得ないが……なるべくそんな事態は来ないでほしい。
「美味しいものを食べるのもいいですね。他国に旅行に行ってみるのもよさそうです。成り上がる余裕なんて、ありません」
「そうか……全く、君は欲のない女性だな。ドラゴンにかけてやった慈悲といい、まるで
「聖女?」
私は首をかしげる。
「この国に伝わる話だ。昔、魔王が君臨していた頃。ある一人の女性が現れ、自らを犠牲にして、魔王を封印した。慈悲深く謙虚で誰にでも優しい彼女のことを、皆は聖女と呼んだんだ」
「ふうん、そんな話があったんですね」
だけど私は聖女なんかじゃない。
私は安全に暮らしたいだけ。
聖女のように立派に生きていくことは不可能だろう。
「私のことはともかく、オリヴァーさんはどうするつもりなんですか?」
「俺か? 俺は冒険者を続ける。明日もすぐに活動するつもりだ」
「ドラゴンの鱗を換金したお金があったら、しばらくは働かなくても生きてきますよね? あなたを見る限り、贅沢するタイプにも見えませんし……どうして、そんなに頑張るんですか?」
「そうだな。君には言っていいかもしれない」
とオリヴァーさんはキレイな瞳を、私に真っ直ぐ向ける。
「俺が冒険者になった理由──それは母上を殺した魔族を見つけるためだ」
「え……」
「俺はあの魔族を決して許さない。いわば、俺が冒険者になった理由は『復讐』だ」
意外と重い理由を聞かされ、私は絶句してしまう。
魔族がどこから生まれどこから来たのかは、はっきりしないけど、一説によると魔王の配下だったと聞く。
魔王がいなくなってなお、魔族は人を襲う。
それは人の血が魔王復活の道標となる……と信じられているからだ。
まあ、これは何人かの学者や冒険者が言っているだけで、魔族が人を襲う理由は解明されていないんだけどね。
「冒険者として活動し続けていれば、いつかは母上を殺した魔族に辿り着けると思った。復讐のために我武者羅に頑張っていたら、いつの間にかSランクになっていた」
「…………」
「しかし未だに魔族の足取りは掴めない。ここから先では俺一人では無理だと壁も感じていた。だから君が仲間になってくれれば、俺はあの魔族に辿り着けると思ったが……君がその気にならないなら仕方がな──」
「どうして、そんな大事なことを最初に言わなかったんですか!」
「は……?」
テーブルをバンッ! と叩いて勢いよく立ち上がると、オリヴァーさんは戸惑った表情。
周りの人たちからも注目を浴びることになるが、知ったことではない。
「私、冒険者っていうのはみんな自己の利益のために働いていると思っていました。だけどオリヴァーさんは、そうじゃなかったんですね」
「俺だって一緒だ。復讐という自己の目的のために、冒険者を続けている」
「いえ、違います。あなたは他と違うんです」
それはハロルドという悪い例を見ていたからかもしれない。
彼はSランクに上がって、みんなからちやほやされたいという気持ちで頑張ってきた。
別にそれを否定するつもりはない。
結果的に彼の行動が、人を助けることにも繋がるからだ。
「あなたのお母様が魔族に殺されていなければ、冒険者をやろうと思わなかったんでしょう?」
「ああ」
「だったら、それは自分のためではありません。オリヴァーさんは人のために頑張れる人です。それを最初から言ってくれれば……私だって、もう少し違ったものの……」
「君はさっきからなにをそんなに怒っている?」
「怒っていません」
一度深呼吸をしてから、席に座る。
「……分かりました。冒険者パーティーを組む気はないけれど、私でよければ、あなたが必要な時に力を貸しましょう」
「ほ、本当か!?」
オリヴァーさんが前のめりになり、パッと表情を明るくする。
「ここまで聞いて、あなたを見捨てることなんて出来ませんよ。私もあなたのお手伝いをさせてください」
「本当にいいのか……? 魔族探しは俺の目的だ。俺の目的が達成したら
「見つけられないと思っているんですか? そんな弱気でどうするんです」
「は、はは……」
堪えきれないといった感じで、オリヴァーさんは笑い声を漏らす。
「君の言う通りだ。長らく魔族の足取りを掴めないせいで、後ろ向きになっていた。もし君の力が必要になったら、声をかけさせてくれ」
「もちろんです、オリヴァーさん」
そう言って、私はオリヴァーさんと握手を交わす。
そういえばこの街での始まりも、彼の握手から始まったね。
オリヴァーさんの話に感動して、ちょっと勢いで決めてしまったような気がするが……乗りかかった船だ。
常にオリヴァーさんと一緒に行動を共にするわけじゃないし、安全志向が遠ざからない……はず。
はず!
「あっ、そうだ」
オリヴァーさんはこう続ける。
「先ほどからオリヴァー
「だったら、どう呼べば?」
「好きに呼べばいいが……オリヴァー、と呼び捨てにしてくれ」
「分かりました。よろしくお願いします、オリヴァー」
「ああ」
と彼──オリヴァーはふんわりと優しい笑みを浮かべた。
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