第11話・反省したドラゴンさん
「もう悪さはしませんか?」
結界の中で炎に悶え苦しんでいるドラゴンに、私はそう問いかける。
『しない、しない! 姉御には勝てないっす! 話し合いをしよう! だから、もうやめて……』
「先ほどは話し合いに応じてくれなかったのに、随分と調子のいいことを言うんだな」
オリヴァーさんはまだ警戒を崩さない。
『オレが悪いっす! ごめんなさい。靴でもなんでも舐めやすから、許して……』
「仕方ないですね」
ちょっと危険かもしれないけど……ドラゴンが可哀想に思えてきた。
それにドラゴンの対処方法が分かった以上、もう私は負けない。
警戒はしたまま、結界を解く。
『ぜえ、ぜえ……命拾いをしたあ……姉御、ありがとうございます』
安堵の息を吐くドラゴン。
「急に喋り方が変わりましたね?」
『へい、姉御。オレ、昔弱くて虐められてたんっすよ。だから無理してドラゴンっぽく喋ってました。』
「そうですか。ちなみに……さっきから、『姉御』と言ってるけど、それは私のことですか?」
『もちろんでございやす。ドラゴンは強き者に傅く種族。オレを圧倒した姉御を尊敬するのは、当然のことっす。姉御、マジハンパねえ』
とドラゴンが媚びを売る。
さっきまでの尊大な態度が嘘のようだ。
「もう一度言うが、調子のいいドラゴンだな。先ほどは俺たちを殺そうとしていたというのに」
『殺す!? そんな物騒なこと、考えていませんよ! 久しぶりに人間を見たから、ちょっと遊んでもらおうと思っただけじゃないっすか!』
「だけどオリヴァーさんが怪我を負いました」
『ぐぬぬ、それはすまないっす。姉御を驚かそうと思ったら狙いが外れて……あっ、まずは治癒をしますね』
ドラゴンがそう言うと、オリヴァーさんの傷跡が温かい光に包まれた。
滲んでいた血がさーっと引き、見た目上ではキレイなものへと変わる。
「オリヴァーさん、もう痛みませんか?」
「ああ。なんなら、傷を負う前より快適さすら感じる」
『へ、へっへ。傷を癒すだけではなく、疲れも取っておきました。兄さんも働き詰めだったみたいっすね? 随分と疲れが溜まっていました』
恐る恐るといった感じで、ドラゴンの声が震えている。
「……で、ドラゴンさん。私たちにもう敵意はないってことですよね?」
『はい。そもそも最初から遊んでもらおうと思っただけで、敵意なんてなかったっすし』
「じゃあ、別の場所に引っ越ししてくれますか?」
『それは……』
ドラゴンが言い淀む。
「なんだ。やっぱり口だけだったか。また悪さをするつもりか」
『
「は?」
『オレがここに来て、なにか被害があったって聞いてますか? ドラゴンに人が襲われて、兄さん以外に怪我をしたっていう人は?』
分からないので、私はオリヴァーさんの顔を見る。
「……まだ聞いていないな」
むすっとして彼が答える。
『そうでしょ?』
「でも力を蓄えてから、私たちの街を襲うつもりだったんですよね?」
『お、襲う? どうしてそんなことしないといけないんっすか。オレにメリットなんてありませんよ』
「じゃあ……」
『人間の作る料理は美味しいですからね。たまに人里に降りて、料理を分けてもらおうと思っただけっす。も、もちろん、無理やりとかじゃないっすよ!?』
へへへ……と恥ずかしそうに笑うドラゴン。
美味に舌を震わせ……って、人間の血とかじゃなく、そのままの意味だったんだ。
『それに……』
一転。
ドラゴンは悲しそうに俯き加減になって。
『ドラゴンって人間から恐れられているのは知ってるっすけど、意外と大変なんっすよ? まず住むところに困る。あんまり目立ったところにいると、人間に襲われるっすからね。オレはただおとなしく過ごしたいだけなのに、周りが放っておいてくれない』
「なんとなく、分かる気がします」
私だってほっといてほしいのに、オリヴァーさんがそうしてくれない。
この時、初めてドラゴンにシンパシーを感じた。
『そしてここはようやく見つけた絶好の棲家なんっす。だから……出来れば、ここにいたままにしてほしいって……』
「……のようだ。アリシアはどう思う?」
オリヴァーさんが私に話を振る。
「うーん、私にはドラゴンさんが嘘を吐いているようには見えません」
「俺も同意だ」
「なんだか可哀想に思えてきましたし、悪さをしないなら放っておいてあげたらいいのでは?」
「……全く。君は本当に優しい人間だな」
と溜め息を吐くオリヴァー。
「確かにこのドラゴンが人を襲ったという記録はない。だが、それでもドラゴンを怖がる人は多いんだ。こいつを見逃すためには、俺たち自体にもそれ相応のメリットが必要になる」
『そ、そのことですが……』
申し訳なさそうにドラゴンが口を挟む。
『人間の間で、ドラゴンは災厄でありながら『守り神』と呼ばれることも多いんっすよね』
「そういう話もありますね」
ドラゴンの体は膨大な魔力で満ちている。
その魔力が漏れて、農作物がよく育つなどと、ドラゴンが住む地を豊かにするのだ。
それだけではなく、ドラゴンがいることによって他の強い魔物が寄ってこなかったりもする。
このようにドラゴンがいることのメリットは意外と多い。
『オレ、この地のために全力を尽くすっす。オレからはここに住むこと意外、なにも求めません。だからどうかご慈悲を……』
「私からもお願いします」
「……分かった」
オリヴァーさんは腕を組んで、こう続ける。
「ドラゴンはともかく、アリシアにそう言われたら、俺としては反論出来ない。悪さをするつもりないようだし、見逃してやる」
『ほ、ほんとっすか!?』
「だけどもしちょっとでも不穏な動きを見せれば、私が怒りにいきますからね? それに洞窟内に結界を張って、あなたが不用意に出られないようにもします。いいですか?」
『もちろんっす! 洞窟内のものだけで食べ物は十分っすからね! 姉御、兄さん! ありがとうございます!』
明るい声でドラゴンが礼を言う。
ドラゴンって言ったら恐怖の対象と教えられてきたので、こんな風に喋っているのは今更おかしい気分になった。
『あっ、そうだ……姉御たちの慈悲に感謝して、どうかこれを……』
ドラゴンがそう言うと、彼(彼女?)の体からぺりっと一枚鱗が剥がれた。
『オレの鱗って、高値で取引されるんでしょ? 他の連中にも説明しないといけないと思いますし、お納めください』
「意外と気が利くドラゴンだな。有り難くもらっておくよ」
とオリヴァーさんが鱗を拾い上げる。
ちょっと予想していなかった展開だけど、ドラゴンと共存関係を築くことが出来た。
守り神となったドラゴンのおかげで、この国はさらなる発展を遂げていくだろう。
結果的には全部上手くいって、よかったかもしれない。
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