第10話・ドラゴンさんを、弱火でじっくり

 翌日。

 私はオリヴァーさんと一緒に、ドラゴンがいる洞窟に足を運んだ。


「アリシアは隣国からやってきたんだったな?」


 ドラゴンの棲家まで向かっている最中、オリヴァーさんにそう話を振られる。


「はい」

「隣国でも有名な冒険者だったのか? アリシアほどの力を持った者なら、俺やギルドマスターが知っていてもおかしくないんだが……」


 オリヴァーさんは不可解そうである。


「いえ、決して有名ではありませんでした。冒険者パーティーの中で、私は目立った活躍が出来ていませんでしたし」

「なに? 元々は冒険者パーティーに加入していたのか。だが、目立った活躍が出来ていないとは……?」

「実は……」



 少し悩んでから、私はハロルドのことを打ち明けた。



 聞き終わってから、オリヴァーさんは怒りに顔を染め、


「なんだと!? そのハロルドとかいう男は愚かすぎるっ! アリシアを追放するだと? 考えられない」


 と言ったのち、頭を抑えた。


 まあ私が【万能結界】の効力を知って、ハロルドたちに訴えてたら別かもしれないけど……。


 いや、未来は変わらなかったか。


 ハロルドたちが私を追放したのは、私が結界しか使えない無能だからというだけではなく、「危ない橋を渡らせる」「稀代の悪女だ」という理由だったからだ。

【万能結界】のことを懇切丁寧に説明しても、ハロルドたちが耳を傾けてくれたとは思えない。


「私のために怒ってくれて、ありがとうございます。私も追放された時は驚きましたが……ハロルドたちのことは恨んでいませんから」

「君は優しいんだな。すさまじいものを持っておきながら、力に溺れていない。俺も見習いたいよ」


 優しく微笑むオリヴァーさん。

 褒められ慣れていないので、こういう時にどう言葉を返せばいいか悩む。


「そうしている間に……着いたぞ」


 オリヴァーさんが開けた場所で足を止めた。


「ここにドラゴンさんがいるんですか?」

「そうだ」

「どこにもいないみたいですが──」


 と私が言葉を続けようとした時であった。



『神聖な我が寝床に足を踏み入れるとは、命知らずな人間どもだ』



 ゴゴゴ……!


 地面が震えたかと思うと、岩の壁を突き破って、ドラゴンが降り立った。


「大きい……!」

「アリシア、俺の後ろに」


 ドラゴンに圧倒されている私の一方、オリヴァーさんは冷静に対処していた。


「今日は話があって、ここにきた」

『話だと?』


 ドラゴンの訝しむような声。


 世の中には人語を操れるドラゴンがいると聞いていた。


 そしてそれが、上位種のドラゴンであることも……。


 オリヴァーさんいわく、先日のドラゴンは王族級だった。しかしあの時のドラゴンは喋れていなかった。

 なのに目の前のドラゴンが喋っているということは、あの時以上の高位な個体であることを示している。


「戦わなくて済むなら、それでいいんだ。しかし皆、お前を怖がっている。ここを去り、人里離れた場所で落ち着いてくれないか?」

『ふんっ! なにを言い出すかと思えば、戯けたことをほざく!』


 ドラゴンの体から怒気が迸る。


『ここを去るだと? どうして、人間どもの言うことを聞かなければならぬ。我はここで力を蓄え、やがて地上に出る! 人間どもは我のために供物を捧げるがよい!』

「分かっていたが……交渉決裂だな」


 オリヴァーさんが剣を構える。


「アリシア、頼む! 俺が時間を稼いでいる間に、結界を張ってくれ!」

「分かりました!」


 こうして戦いが始まった。


 戦う前から予想していたが、今回のドラゴンは以前よりも強かった。

 オリヴァーさんも防戦一方で、ドラゴンにろくに傷を付けられていなかった。


 しかしおかげで時間が出来た。


『むむっ? なんだ、この結界は』


 ドラゴンを結界の中に閉じ込める。


「雷よ! 落ちよ!」


 結界の上部から雷が炸裂し、ドラゴンに落ちる。

 ちなみに詠唱は気分で言ってるだけで、本来は必要ない。


 前回はこれで倒せたんだけど……。


『なかなか面妖な技を使うではないか!』


 雷が直撃したものの、暴れ回るドラゴン。


 パリンッ!


 結界が壊れ、巨大な尾が私のもとへ襲いかかった。


 ダメ……っ!? 結界を張るのが間に合わない!


「アリシア!」


 だけどすかさずオリヴァーさんが私を抱えて、その場を退避してくれた。

 おかげで私は傷一つなしだ。


「あ、ありがとうございます」

「君が無事でよかった。しかし──くっ」


 私から手を離し、オリヴァーさんが苦悶の表情を作る。


 よく見ると、脇腹が血で滲んでいた。

 どうやら先ほどの攻撃を完全に避け切ることが出来なかったよう。


「オリヴァーさん!」

「し、心配する必要はない。大した傷じゃないからな。そんなことより今は……目の前のドラゴンだ」


 オリヴァーさんが剣を強く握り、ドラゴンを見上げた。


 一方ドラゴンは『グハハ! どうだ! 我は強いだろう!』と偉そうにしている。

 ちょっと調子に乗りやすいドラゴンみたいだね。


 大したことはないって言ってるけど……オリヴァーさんが私のために傷を負った。

 自分が傷ついてでも、私を助けようとしてくれた彼に感謝と申し訳なさでいっぱいだった。


「しかし……君の結界が通用しないとはな。どうすれば……」

「いえ、原因は分かっています。雷を落とすのに魔力を割いてしまったせいで、結界の強度を疎かにしてしまいました」


 言うなれば、これが【万能結界】の唯一の

 私が【万能結界】を使い慣れていないことだ。


 今までだって知らず知らずのうちに使っていたけど、魔力の配分なんて考えたことがなかった。

 使い続けていれば攻撃と防御、どちらも両立することが出来るかもしれないけど……今の私では無理だ。


『なんだ? 我は思っていたより強いのか! このまま人里に降り、美味に舌を震わせよう!』


 美味……もしかして、人間の血ってこと?

 ますます目の前のドラゴンを、ここから出すわけにはいかない。


『貴様らには慈悲を与えてやる。今すぐ、この場から立ち去るがよい!』


 勝利を確信しているのか、ドラゴンが私たちを見下す。


「一旦逃げて、体勢を整えるか?」

「その必要はございません」


 と私は一歩前に出る。


 両立出来ないなら……結界の強度を高めればいい!


 もう一度、ドラゴンの前に結界を張る。


『また結界か?』


 さっきは簡単に打ち破ったためドラゴンも余裕があるんだろう。

 すぐに結界を壊そうとはしなかった。


「その油断が命取りですよ」


 調子に乗ったドラゴンにはお仕置きです。


『むむむ……熱い……? 雷の次は炎か? しかしこのような弱い炎では……』


 さっきまで余裕綽々だった様子のドラゴンが、見る見るうちに焦りだす。


『くっ……! 炎自体は弱いが、ここまで継続的に焼かれると堪える! ならば結界を破壊……むっ、固い!?』


 炎自体は弱い。

 だけど炎にあまり魔力を割かない分、結界の強度を高めることが出来た。


 結界の中は今、灼熱となっている。

 じわじわと焼かれてもなお、ドラゴンは結界の外に出られない。


「あとはドラゴンさんを、弱火でじっくり焼くだけです」

「意外と残酷なことも言えるんだな……」


 とオリヴァーさんがぽろっと声を漏らした。


 形成逆転。

 ドラゴンはまだ暴れ回っているが、結界が壊れる気配はない。


「このままいけば、ドラゴンさんの丸焼きが完成し……」

『タンマ!』


 炎に耐えきれなくなったのか。

 ドラゴンがこう叫ぶ。



『オレの負けっす! ギブアップ! 姉御、すみません。お願いだから、ここから出して……』



 さっきまでの尊大な態度とは違い喋り方も変わっており、声は情けなさに満ちていた。

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