第9話・私は安全に暮らしたいだけなのに、周りがほっといてくれない
「君をずっと探していたんだ」
オリヴァーさんは私の腕を掴んだまま、真剣な眼差しを向けてくる。
言わずもがな。
彼はここに来るまでの道中、馬車の護衛をしてくれた冒険者の男である。
「さ、探してたって、どうしてですか?」
「色々と理由があるが……まずは報酬の分配だ」
「分配?」
「先日のドラゴンの討伐報酬、渡せていなかっただろ。ほら、これが君の分だ」
とオリヴァーさんは収納バッグから袋を取り出し、それを私に手渡した。
そういえば……受け取るのを忘れてた。
だけどあの時はさほどお金に困っていなかったし、オリヴァーさんから逃げるのに必死だった。
それに結界を張るまでの時間を稼いでくれたのはオリヴァーさん。
彼がいなければ、あそこまで首尾よくやれていたのかとなると疑問が残る。
だからもらえるのは半分くらいかな……いや、ちょっと誤魔化されて、三割くらいに減ってるかも?
だけど袋の中に入っていたものは、私の想像を超えていた。
「こ、こんなにいただけませんよ! もらいすぎです!」
中には大量の銀貨や金貨が入っていた。
「なにを言う。言い忘れていたが、先日のドラゴンは王族級だった。これくらいが妥当だ」
「たとえそうだとしても、これじゃあオリヴァーさんの分前はないんじゃ……?」
「そんなものはいらない。全部君の手柄だからだ」
むすっとした表情で言うオリヴァーさん。
怒っているわけではないみたいだけどね。
きっと、常時こんな調子なんだろう。
「あ、ありがとうございます。だけどオリヴァーさん、さすがに私を見つけるのが早すぎでは?」
「俺はSランク冒険者だ。ギルドにもある程度、融通が効く」
「え、Sランク!?」
どおりで強いはずだよ……。
「ギルドに『アリシア』という名前の女が来たら、すぐに俺に伝えるように……とギルドマスターに頼んでたんだ」
「私、偽名を名乗ってたんですけど?」
「アリア……と名乗ったそうだな。そんな名前で隠し通せると思っていたのか?」
「……いえ」
やっぱり、ちょっと適当すぎたらしい。
「しかも妙な結界を張って、ナンパしてきた男を撃退したと聞いている。ここまで情報が揃えば、それが君だと見破るのは容易い」
「お、お見事です」
「聡明なように見えて、君は少し抜けているところがあるな……」
呆れたように言うオリヴァーさん。
「まあいい。少し話は出来ないか? 君に頼みたいことがある」
「遠慮します!」
きっぱりと断る。
だってオリヴァーさん、Sランク冒険者なんだよ!?
私知ってる。
こういう時、絶対面倒ごとを持ち込まれるんだ。
前世で読んだファンタジー小説のことを思い出した。
「私にはどうか関わりなく! あっ、ドラゴンさんの討伐報酬ありがとうございました。では、私はこれで……」
「まあ待て。少し聞いてくれ」
逃げようとする私の腕を、オリヴァーさんは再び掴む。
「君はこの街に来て、まだ日が浅いんだろう? ギルドの受付嬢も顔を見たことがないと言っていたからな。美味しい料理を出すお店に興味はないか?」
「美味しい……料理……」
ごくり。
つい唾を飲み込んでしまう。
「……興味があるようだな」
「まあ正直なところ……」
「だったら、今からそこに行って話をしよう。もちろん、俺の奢りだ。どうだ?」
オリヴァーさんがぐいぐいくる。
うーん……面倒ごとは嫌だけど、ここで断ってもオリヴァーさんはしつこく私に言い寄ってくるだろう。
それに私もこの街でしばらく暮らす以上、本気で隠し通せるものとは思っていなかったしね。
なにより……美味しい料理を食べたい!
「わ、分かりました。でも、少しだけですよ?」
「ああ。時間は取らせない」
してやったりといった感じで、オリヴァーさんはニヤリと笑った。
◆ ◆
「君は……よく食べるな」
オリヴァーさんがジト目で私が料理を食べる様を見ながら、そう口にした。
「はい。美味しくって……あっ、心配なさらないでください。さすがに食べすぎたと思っているので、お金は自分で払いますので……」
「そんなこと気にしなくていい。俺が奢ると言ったんだから、遠慮するな。それに俺はよく食べる女の方が好きだ」
優しく笑うオリヴァーさん。
前世では見たことがないくらいのイケメンに言われるものだから、つい胸を高鳴ってしまう。
さて。
私の目の前には美味しそうな料理が並んでいる。
どれもこれも美味しくて、食べるのが止まらない。
元々食べるのは好きだったし、この街に来てからはほとんどスナック菓子だった。
ハロルドたちと一緒にいる時は、高級な料理を食べさせてもらえなかったし、夢中になっても仕方がない……と自分に言い聞かせる。
「ふう……少し休憩です」
と私の椅子の背もたれに体を預ける。
「さすがの君でもお腹いっぱいになったか」
「いえ? まだ腹五分目くらいですけど?」
「そ、そうか」
一瞬オリヴァーさんがたじろいだようだったが、私の気のせいだと信じたい。
「じゃあ……そろそろ話を切り出そう」
一転して。
オリヴァーさんの表情が真剣味を帯びる。
「愚問だと自覚して聞く。ギルドで依頼を受けていたってことは、君も冒険者なんだな?」
「はい。私にはそれくらいしか働き口がないので」
「だったら、俺の仲間になってくれないか? 今は俺一人だけだが、君が望めば他にも人員を……」
「あ、あの……申し訳ないんですが、それは……」
やっぱり……そういう話だったか。
だけど危険な依頼が多くなるSランク冒険者と、わざわざ一緒に活動したくない。
それは私の安全志向と合わないからだ。
「やはり……か。仕方がないな」
強引に勧誘されるかと思った。
しかしオリヴァーさんは見るからに落胆したものの、それ以上押してこようとはしなかった。
「意外と諦めがいいんですね」
「君の意志を無視して、仲間になってもらうわけにはいかないからな。それに先日の言動を見て、なんとなく察しが付いていたよ。君ほどの女性だ。仲間になるには、俺では不十分だ」
「い、いえ! 違うんです! オリヴァーさんの実力が足りないからって断ってるわけじゃないんです!」
私が上から言える立場でもないと思うしね!
「私……あまり危ないことをしたくないんです。安全志向といいますか……変ですか?」
「理由としてはおかしなことではない。現に実力を持ちながらも、君のように安全に暮らしたいと思う冒険者は多い。まあ、それにしては力を持ちすぎているようにも思えるがな。残念だ」
肩を落とすオリヴァーさん。
うーん……ちょっと悪い気がしてきた。
こんなに優しく接してくれるオリヴァーさんにこんな顔をさせちゃってる。
今まで、ハロルドたちの態度が異常だったかもしれないが……こういう男性は珍しいので、罪悪感が勝ってきた。
「君が仲間になってくれるのは諦めた。なら、別にお願いを聞いてくれないか?」
「なんでしょうか?」
「実は……近くの洞窟にドラゴンが棲み始めたらしいんだ。王族級以上の強さだと聞いている。
このままでは街まで出てくるかもしれない。なんとかしなければならない。だからといって俺一人では対処出来ず……君の力を借りたい」
真っ直ぐ私を見つめて、オリヴァーさんはそう告げた。
ほらほら!
やっぱり面倒ごとじゃん!
この人の仲間になったら、毎日のようにこんな頼み事をされるんだから!
……と普通なら断りの一手だが、なにせ今の私は罪悪感を抱いちゃってる。
それにドラゴンが街まで出てきたら、私の安全な生活も脅かされるしね。
しょうがない……。
「わ、分かりました。一度だけですよ?」
「ありがとう……!」
オリヴァーさんの顔が明るくなった。
うん、やっぱり彼はこういう表情の方が魅力的だ。
安全に暮らそうと思ったのに、早速危ないことが舞い降りてきた。
しかし一度だけでもオリヴァーさんに付き合ったら、彼もすっきりするだろう。
「今日は君も疲れているだろう。ドラゴンの討伐は明日決行にしようと思うが、問題ないか?」
「はい」
その後、明日の軽い打ち合わせをしてから彼と別れ、宿に帰った。
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