第7話・そろそろ働こうと決めた

 無事に王都に辿り着いてから。


 安全思考で冒険者ライフを送ろうと思っていたが──ここ一週間、私は宿でぐーたら生活を過ごしていた。



「うーん、ぐーたら生活最高です!」



 ベッドの上でごろごろと転がりながら、私はそう声を上げる。


 街には『スナック菓子』が売られている。それを食べながら、炭酸がきいた果汁水を飲むと、嫌なことを全て忘れるのだ。

 こんな贅沢が出来るだなんて……異世界最高!


 食べ物を買いにいく以外は、ろくに外に出ていない。

 ずっと、こんな生活がしたいと思えてくる。



 ……一応、なんの考えもなしに、こんなぐーたら生活を送っているわけではない。



 先日、【万能結界】でドラゴンを倒した。

 その際、オリヴァーさんが私の力に気付いているようだった。

 今でも私を探しているかもしれない。


 しかし私の勘が囁いている。

 オリヴァーさんに関わると、面倒ごとに巻き込まれる……と。


 だからオリヴァーさんに見つからないように、しばらく宿の中で引きこもることにしたわけだ。

 冒険者だって名乗ってた気がするし、そうなると彼が立ち寄りそうなギルドにも行けない。


 とはいえ。


「そろそろ貯金が尽きかけてきました」


 ハロルドたちの冒険者パーティーにいた頃は、ほとんど給金をもらえていなかった。


 それでも、もしもの時のためにお金を貯めてきたが……いい加減、底が見えた。

 働かないと、宿に払うお金すらもなくなってしまう。


「働くとしますか」


 立ち上がり、身支度を済ませる。


 まだオリヴァーさんが私を探しているかもだけど、ずっとこんな生活をしているわけにもいかない。


 私は宿を出て、冒険者ギルドに向かうのであった。



 ◆ ◆



「今日はどのようなご用ですか?」


 ギルドに着くと、美人な受付嬢さんにそう声をかけられた。


「依頼を受けたくって」

「冒険者の方ですね。既にランクの登録はお済みですか?」

「はい」


 と私は『ランク水晶』を取り出す。


 大きさは手の平に乗るくらい。

 この水晶には冒険者ランクが記録されている。

 これによって、冒険者たちは現時点での冒険者ランクを証明するのだ。


「Fランク……駆け出しの方でしたか」

「まあ、そんなところです」


 本当はもっと上のランクを目指せたと思うが、ハロルドたちにランク昇格試験を受けさせてもらえなかった。


 試験を受けるためには、お金が必要になるからね。

 そのお金さえ、もったいないと思ったんだろう。


 それを説明するのも面倒だったので、適当に誤魔化す。


「ダメですか?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。名前もお聞きしてよろしいですか?」

「アリ──」


 アリシア──と答えそうになったところで、口を噤む。


 オリヴァーさんが私を探しているとしたら、ギルドになにか言伝を頼んでいないだろうか?

 アリシアと名乗る女性がいたら確保してくれ……って。


 だったらバカ正直に名乗るのはヤバい。


「ア、アリア……といいます」


 だから咄嗟に嘘の名前を伝えた。


 バレないかな?

 そうドキドキしていると。


「アリアさんですね! では、アリアさん。今日どのような依頼をお探しでしょうか。Fランクの方にオススメなのは、これくらいで……」


 よかった。勘付かれなかったみたい。


 内心胸を撫で下ろし、受付嬢さんから差し出された紙に視線を落とす。


 依頼も冒険者ランクと同じく、F〜A……そして最上位のSランクの七つに分類される。

 自分のランクの二つ上まで、冒険者は依頼を受けることが出来る。

 ゆえに受付嬢さんが見せてくれた紙にも、F〜Dランクの依頼が書かれていた。

 とはいえ、『受けることが出来る』ってだけで、二つ上のランクを受ける冒険者はあまりいないんだけど……。


「むむむ?」


 私はその依頼に目がいく。



『一角ラビットの討伐

 詳細:街の近くに潜む一角ラビットを五体討伐する』



 Dランクの依頼だ。


 しかし一角ラビットは弱く、戦う力がない。

 まず怪我をすることはないだろう。

 安全志向の私にとって、あつらえむきの依頼である。


「一角ラビットの討伐にします」

「え……いいんですか? オススメの依頼とは言いましたが、一角ラビットにはがあります。危険はほぼありませんが、達成は困難で……」

「大丈夫です。私に考えがありますので」


 その後、しばらく受付嬢さんは止めてきたが、なんとか依頼を受注することが出来た。


 よーし。

 久しぶりのお仕事。

 前のドラゴンとの戦いイレギュラーなものだったし、いわば新生アリシアのデビュー戦だ!


 そう気合いを入れ、ギルドを後にしようとすると……。



「そこの可愛いお嬢さん。Dランクの依頼を受けたりなんかして、大丈夫かね?」



 後ろから声をかけられた。


 一瞬「オリヴァーさん!?」とビクッとし振り返るが、そこには見慣れぬ男性がいた。


「あなたは誰ですか?」

「私はカスト。Dランク冒険者で、愛を伝道するものさ!」

「あ、愛……?」


 いきなり突拍子もないことを聞かされ、私はきょとんとする。



「おい……またカストのヤツが、ナンパしてやがるぞ」

「あの女の子も可哀想だな。あの野郎のナンパはしつこいぞ」



 ギルド内にいる人たちが、コソコソと話をしだした。


 どうやら、私はナンパされているらしい。

 そんなのされたことなかったら、すぐに気が付かなかったよ。


「Fランクの君にとって、苦しい依頼となるだろう。よかったら、私が手を貸そうか? 一緒に依頼をこなしながら、愛について語り合おうではないか」


 どうやら、私が受付嬢さんと話していた内容を盗み聞きしていたらしい。

 お行儀があまりよろしくない。


「いえ、結構です」

「まあまあ、そんなこと言わず──」


 とカストさんが手を伸ばしてきた時であった。


 男性の大きい手……怖い!


 私は咄嗟に自分の周りに結界を張る。


 カストさんの手が結界に触れ……。


「ぶべべべべべべべべ!」


 変な声を上げ、彼は地面に倒れ伏せてしまった。

 見ると、髪の先が少し焦げてる。


「ごめんなさい! 怖くてつい……大丈夫ですか?」

「し、痺れたあ……? 愛は電撃ってことなのか?」


 カストさんが倒れながらもう一度手を伸ばすが、途中で力をなくして気を失った。



「な、なんだ!? カストが彼女に触れようとしたら、いきなり倒れたぞ!?」

「しかしあの女の子がなにかをやったようには見えないし……一体何者だ?」

「どうせまた、カストが巫山戯ただけに決まっているよ」



 俄かにギルド内がざわめきに包まれた。


 もちろん、私が張ったのはただの結界ではなく、【万能結界】。

 触れると痺れる結界を張らせてもらった。


 目立ったらオリヴァーさんに見つかるかもしれないから嫌だったのに、まさかこんなに上手くいってしまうとは!


「し、失礼します!」


 逃げるように、私は慌ててギルドを後にした。

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