第5話・【オリヴァー視点】アリシアが欲しい

【オリヴァー視点】



 驚くべき経験をした後。

 俺──オリヴァーは王都の冒険者ギルドに足を運んだ。



「オリヴァー様、ご無事に戻られたようでなによりです。成果はありましたか?」



 するとギルドマスターのテオバルトが出迎えてくれた。


「いや……の手がかりは得られなかったよ。無駄足だった」

「残念です」


 テオバルトが肩を落とす。


「しかしそれ以上に有益なものに出会えた」

「と、いいますと?」

「そのことを説明する前に……帰りに馬車の護衛の任務を受けたんだ。ただ帰るだけというのも、退屈だからな。そして道中、運悪くドラゴンに遭遇した」

「な、なんと……!」


 目が見開くテオバルト。


 ドラゴンというと一体出るだけで、非常事態が勧告される生き物である。

 最近ではドラゴンが現れたせいで、村一つが滅んだという報告もある。

 ギルドマスターである彼が、そういう顔をするのは無理もない。


「今すぐに、皆に避難に呼びかけを……」

「いや、いいんだ」


 と俺は手で制する。


「ドラゴンなら討伐した。これがその証拠だ。確認してくれ」


 そう言って、俺は収納バッグから『ドラゴンの鱗』を取り出す。


 ドラゴンは体内に魔力を溜めており、鱗だけでも高値で取引される。

 必然とギルドにいた他の冒険者の注目も集まる。


「……確かに本物のドラゴンの鱗のようです。しかもこれは『王族級』ですかな?」

「さすがテオバルトだな。ドラゴンの瞳を見ただけで、そこまで分かるか。俺も同じ見立てだ」


 一口にドラゴンと言っても、強さには種類がある。


 弱い方から雑種級、戦士級、王族級、伝説級、神話級。

 俺が遭遇したドラゴンは丁度真ん中。


 真ん中といっても、強さは他の魔物に比べて段違いだ。

 本来なら王族級ドラゴンを倒すためには、Sランク冒険者を含めた人間でパーティーを組む必要がある。


「さすが……と言うのは私の台詞です。王族級のドラゴンを倒してしまうなんて、オリヴァー様は素晴らしい。さすがSランク冒険者です」


 冒険者の頂点とも言えるSランク冒険者……それが今の俺のランクだった。

 Sランクとなったら、俺にその気がなくても注目される。


 現に今でも、背中に視線を感じる。

 いちいち気にしていたらキリがないので、反応はしない。


 主に女からの視線が多いのが気になったが。


「そう褒めないでくれ。俺一人で倒したわけじゃあ、ないんだからな」

「ということは、他にSランクやAランク冒険者も複数人、馬車に乗っていたんですか。なんたる幸運──」

「いや、確実に冒険者だと分かっているのは俺一人だ」

「え……!? ならば、どうやって!?」

「それこそが俺が出会した、有益なものというやつだ」


 言わずもがな、アリシアのことである。


 言葉は悪いが、変な女だった。

 戦いには慣れているようであったが……見たことがない。


 あれほど強ければ、噂くらいは俺の耳に届くはずだ。

 だが、ドラゴンの炎をも完璧に防ぐ結界や、『強化(バフ)』の効果がある結界を張れる冒険者なんて、男女問わず聞いたことがない。


 さらに最後、彼女がドラゴンの周りに結界を張ったかと思えば雷が落ち、ドラゴンを一発で葬った。


 規格外の魔法使いだ。


「彼女はアリシアという。そこで彼女は──」


 自分でも未だに信じられない。

 それほど、今日の出来事は衝撃的だったからだ。



 テオバルトに俺が今日目にした出来事を説明した。



「なるほど……」


 腕を組み、思案顔になるテオバルト。


「確かに、気になる話ですな。私もそのような結界魔法使いがいるとは聞いたことがありません」

「そうか……」


 情報通のテオバルトならなにか知っていると思ったが、そう話は上手くいかないらしい。


「はぐれてしまったが、彼女もここ王都に来た。もしアリシアという名の女性がギルドに来た場合、俺に知らせてほしい。ドラゴンの討伐報酬も渡さなければならないからな」

「承知いたしました」


 それにしても……何故だろうか。

 アリシアのことを考えると、先ほどから不自然なほどに胸の鼓動が早まる。


 ドラゴンをほとんど一人でやってしまったというのに、アリシアは謙虚な女性だった。

 容姿も可憐で、貴族令嬢だと言われた方が納得がいく。

 あれほど美しい女性は、夜会でもなかなかお目にかかったことはないだろう。


 最初はぶつぶつ独り言を呟いて、変な女だと思った。

 しかし一度アリシアのことを知ってしまえば、彼女のことが頭から離れなくなってしまう。


「ドラゴンの討伐報酬を渡すために、彼女にもう一度会いたいんですか?」

「もちろん、それも理由だ。ドラゴンを倒せたのは、ほとんど彼女のおかげなんだからな。だが……それよりも」


 息を一つ吸って、こう続ける。



「俺はアリシアが欲しい」



 冒険者として、仲間になってくれれば──が果たされるかもしれない。


 そういうつもりで言ったんだが、テオバルトは「ほほお……オリヴァー様が女性に熱を上げ……」と意味の分からないことを呟いた。

 ギルドにいる女も「きゃー! オリヴァー様、情熱的!」と黄色い声を上げていた。


 どうして優秀な結界魔法使いを仲間にしたいと当たり前なことを言ったのに、皆こういう反応をするんだ?


「とにかく、アリシアがギルドに来なくても、少しでも情報があったら教えてほしい」

「分かりました。オリヴァー様の恋を応援しましょう」

「恋……? なにを言っているんだ」

「こちらの話です」


 首をひねって尋ねても、テオバルトは答えてくれなかった。

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