第4話・【万能結界】の真の力

 安全思考で生きていこうと思った矢先、ドラゴンに遭遇するなんて最悪だ……。


 肩を落とすが、遭遇してしまったものは仕方がない。


「ドラゴンの炎は私に任せてください! あなたはその隙に攻撃を!」


 私は冒険者の男に指示を飛ばす。


「あ、ああ……! 助かる。守りは任せた!」


 ドラゴンの吐く炎を結界で防いだことに、彼は驚いていたものの、あらためて剣を構える。



「グオオオオオオオーーーーー!」



 ドラゴンは攻撃を防がれたことに怒ったのか、殺気を滲ませて咆哮する。


 ドラゴンの一声で地が震える。

 私の結界があれば、ドラゴンの攻撃からは身を守れるものの……他の人たちも不安そうにしていた。

 いくら防御が完璧でも、男の攻撃が通らなければジリ貧だからだ。

 私の魔力だって限界がある。


 だが。


「心配しないでください。から」


 そう言って、周囲を囲むように結界を張った。

 地面に青白い線が引かれ、光が立ち昇った。


「これは……力が漲(みなぎ)ってくる……?」

「ええ。この結界の中にいる限り、あなたの身体能力が上昇します。これであのドラゴンさんの固い鱗をぶち破ってください」

「バフ魔法だと!? 結界魔法にそんな使い方があったのか!?」


 男はさらに驚きの声を上げた。



 ──本来、結界魔法にそんな使い方はない。



 あくまで結界魔法は守りの術。

 誰かの能力を上げることなんて出来ない。


 しかし……私の結界はただの結界ではなかった。

 前世の記憶が蘇ったと同時、私に【万能結界】の力を授けてくれた女神の言葉を思い出す。



『あなたに与えた【万能結界】は、結界の中なら、なんでも出来る力。これでに異世界を過ごしてください』



 ……と。


 今まで結界を張ると、ハロルドたちの動きが格段によくなっていた。

 その時は知らなかったけど、今思えば知らず知らずのうちに『強化(バフ)』の結界を張っていたのだろう。

 

 まあ彼らはそれも知らず、『絶好調だぜええええ!』とか叫んで、魔物と戦っていたけど。



「まあ……そのことを今は問いただしている場合でもない。これなら……はああああああ!」



 男が勇敢に、ドラゴンに立ち向かっていく。


 ドラゴンが男の剣によって傷をつけられていった。

 嘆きの声を上げるドラゴンに、周りの人たちも瞳に希望の光を宿った。


「す、すごい……!」


 いくら『強化(バフ)』の結界を張っていようとも、それはその人本来の力を引き出すだけ。

 元々が強くなければ、ドラゴン相手には立ち向かえない。


 だから分かった。

 彼は相当な実力者だ。

 三流冒険者のハロルドを長年近くで見ていたから、余計に差がはっきりと見えた。


 だけど。


「ドラゴンが死ぬ気配はないですね」


 ドラゴンといえば固い防御力もさることながら、自己治癒力に優れている。

 彼の攻撃はすごいけど、このままじゃドラゴンの自己治癒力が勝り、結果的にキリがない。


「もう少し、攻撃の手が増えてほしい」


 だけど私は結界を張ることしか出来ないし、他の人たちも戦えないし……。


「んん?」


 待てよ?



『あなたに与えた【万能結界】は、結界の中なら、なんでも出来る結界』



 女神に言われたことを再度思い出す。


 なんでも出来る。

 だったら、結界魔法を攻撃に使うことも出来るんじゃ?


 出来るかどうか分からない。

 だけど……試してみる価値はある!


「名も知らない護衛の方! どうか、ドラゴンから離れてください!」


 男は一瞬、どうして私がそんなことを言い出すのか分からないのか、戸惑った様子を見せるが、すぐさまドラゴンから距離を取る。

 それを見計らって、素早くドラゴンの周りに結界を張った。


「お願いします! 雷、落ちて!」


 そう叫ぶと、結界の中に雷が落ちた。

 そしてその結界の中には、当然ドラゴンが。


「グオオオオオオオ!」


 雷が直撃したドラゴンは断末魔を上げ、地面に倒れ伏せた。


「やった! やっぱり、こういう使い方も出来たんですね」


 結界の中にいれば、なんでも出来る。


 ならば、ドラゴンを結界の中に閉じ込めてしまえば、雷を落とすことも出来る……?


 って考えたけど、どうやら賭けには勝ったみたい。


 地面に倒れたドラゴンは起き上がってくる気配はなかった。


「攻撃にも使える【万能結界】……思ってたより、すごい能力かもしれません」


 ドラゴンを倒した興奮で、手はまだ震えていた。



 ◆ ◆



「あらためて礼を言わせてくれ。君がいなければ、あのドラゴンを倒せなかっただろう」


 ドラゴンを倒した後。

 私たちは無事に当初の目的地──王都に辿り着けた。


 馬車を降りるなり、ドラゴンと共に戦った冒険者の男は手を差し出してくる。


「いえいえ、あなたがいなければ、ここまで上手くいかなかったでしょう。私の方こそ、ありがとうございます」


 彼の手を取り、握手を交わす。


 戦いが終わって、ようやく分かったけど……ドラゴンと戦った冒険者の男は、すっごい美形だった。


 歳は私と同じくらいかな?


 馬車の中では怪しい雰囲気すら感じたが、今は爽やかな笑みを浮かべていて、まるで王子様みたいだ。


「俺の名前はオリヴァー。君は?」

「アリシアと申します」


 オリヴァーさん……そういえば、今の今まで名前を聞くのを忘れていた。

 ドラゴンを倒した興奮で、そんな当たり前のことにも頭が回らなかったのだ。


「早速だが……いくつか聞きたいことがある」


 一転。

 オリヴァーさんが真剣な眼差しを向けてくる。


「君が使っているのは本当に結界魔法なのか? 『強化(バフ)』をかける結界なんて聞いたことがない。それにドラゴンを倒した雷も……だ。その前にドラゴンに結界を張っていたように見えたんだが……」

「え、えーっと……」


 言葉に詰まる。


【万能結界】の力はすさまじいもの。

 こんなものが使えるって分かったら、この力を悪用しようとする者が現れてもおかしくない。

 安全に生きていこうと思っているのに、わざわざトラブルを招き入れるような真似はしたくない。


 ゆえに馬車の中でも彼に散々聞かれたけど、適当に誤魔化していた。


「ひ、秘密です」

「……そうか」


 問い詰められると思ったけど、オリヴァーさんは意外とあっさりしたものだった。


「ごめんなさい……」

「謝らなくてもいい。わざわざ君の秘密を暴くつもりはないよ。なら……代わりに教えてほしい。君は冒険者なのか? もし冒険者なら、俺と一緒に──」

「し、失礼します!」


 これ以上色々聞かれたら、ボロが出ちゃう!


 そう思った私は慌てて、オリヴァーさんの前から走り去った。


「ま、待ってくれ! 話すことはまだ……」


 オリヴァーさんが追いかけようとしてくる。


「む……結界が!?」


 だけど私は逃げると同時に、結界を張らせてもらい足止めをする。


 閉じ込めるような真似をして、ごめんなさい!

 でも、一分程度で結界は消えるから!


 心の中で謝りながら人混みの中に逃げると、オリヴァーさんを撒くことが出来た。

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