48. 解呪②
屋敷に戻り、戦い終わったヒルデが温かい紅茶を淹れてくれた。トーマスはあれっこれで良いのか?と思ったが先王の声がした。
「で」
「で、とは?」
「何があった?」
「王女と戦いました」
「………………」
「………………」
先王とヒルデがお互いをじーーーーっと見ている。会話が区切りになったことをいいことにトーマスが空気を読まず話しかけた。
「ヒルデ!ありがとう!お前は俺の、いや、我が家の恩人だ!よくわからないが助かったよ!で、湖の中でなにがあったんだ?」
「坊ちゃまのお尋ねとあらばお答えしましょう」
胸の前に手をあて大袈裟に深々とお辞儀をするヒルデ。先王の瞳が細まり、じとーっとヒルデを見るが、完全にスルーする。
「あれは、湖の中に飛び込んだ後のことでした……」
ヒルデの語りが始まった。
~~~~~
ヒルデは湖の中に入ったあと、自分の体に結界をはる。当たり前だが水の中に沈んだままでは普通にあの世に行ってしまう。
すっと結界の周りに視線をやると無数の腕が蠢いている。フッと笑い、目を瞑り開けると自分の身体が見える。抜け出した魂となったヒルデは再び無数の腕を見据える。正しくは、王女を見つめる。
金髪碧眼。王族特有の色をもつ美しい女性。まあ自分の方が美しいが。
トーマスをあれだけ襲っていたのに腕はヒルデには襲ってくる気配はない。ヒルデはすっとカーテシーを披露した。
「ご機嫌麗しゅう、王女様。覚えておられないかもしれませんが、お会いするのは2度目にございますね」
『……覚えている。ただ見ていただけの女』
バカにしたように言う王女。でも、どこか悲しい響きがするのはなぜなのか……。
「贈り物は気に入ってくださいましたか?」
王女の無礼な言葉を気にすることなくヒルデの視線の先には袋から飛び出した金貨が散らばっている。
『金貨か……。そうだな……あの男を信用し、どこまでも貢いでいた自分を今思い出した。愚かな自分を……。むしろ、虫唾が走るわ……。そんなもので、どうにかできると思っているのか!?』
最初はクスクスと笑いながら馬鹿にするように話していた声が徐々に大きくなったかと思うと、最後の言葉と共に衝撃波が襲った。が髪の毛を揺らしただけで微動だにせず何食わぬ顔をしているヒルデ。
「話すことができました。今まであなた様と話しをできたものがおりましたか?」
『お前が魔術師として優秀なだけだろう』
「もちろんそれもあります。しかし、本当にそうでしょうか?少しは許してやろうと言う気になったのでは……?あなたは愚かな王女ではない。貢いだと言っても王女に割り当てられたものの中でやりくりしていた。でも、罪悪感はあったでしょう?王女を支えるものに金をかけるのはまだ許される。しかし実際は私利私欲だけのクズ男に貢いだ形になってしまった。あなたにとっては屈辱だったでしょう?それに、何よりも民の血税を男に使ってしまったなどとあなたは罪悪感に蝕まれていたでしょう?そのお金が戻った。罪悪感薄れたんじゃないですか~?」
自信満々の顔をしているヒルデに呆れたような顔をしている王女。
『いや、腸が煮えくり返っている……。金で解決するのか……と。それに今更金が戻ってきても当時生きていた国民たちに還元できないではないか……』
王女の顔はどこか寂しげだった。
「いいんですよ。少し会話のきっかけをと思って持ってきただけですから。そもそも王宮からもらったお金ですし。あら、嫌だわ……私もクズ男と同じかしら~」
手のひらを口元に当てオホホホ~と笑っている。
『………………。お前は自分の力で手に入れた金だろう。あの男とは……そして私とも違う……。生まれや他者を利用して得て生活していた甘えたちゃんとは違う……。それにしても他者のためにこんなに大量の金貨を持ってきたのか……。愚かなことだ』
「ほんの小さな差異が解呪につながると思っております故……貴方様こそおわかりでしょう」
『ああ……』
「では、始めましょうか?」
ヒルデは王女に向けて片手をかざす。その手の先から無数の先の尖った氷の塊が飛び出す。
『……それでは、私は倒せぬ』
的確に見えないくらいの速度で飛んでいった氷の塊。にもかかわらず王女の手前で全て湖底に沈んでいった。王女がヒルデに手をかざす。同じく氷の塊がヒルデを襲った。そして、同じく湖底に沈んでいく。
「……なるほど。お子様はかなりの魔術の使い手のようでいらっしゃる」
『……何を言っている。この子は私の腹の中にいるだけ……』
「男爵家を呪い続けているのは、自分のみだと?」
少し皮肉げなヒルデの言葉に王女の目が細められる。すっと姿を消すとヒルデのすぐ目の前に現れた。剣をヒルデの胸に向けて……。
『この呪いは私の意志』
突き出された剣を剣で弾く。なおも切りかかってくる王女をかわしながら、言葉を紡ぐ。
「……私にはお子様の意志にあなたが従っているように見えますが」
防戦一方だったヒルデが剣を持っていない方の手に光の玉を宿し、放つ。王女は距離を取ると片方の腕で光の玉を薙ぎ払った。
『黙れ』
王女の言葉にふわりと笑うと複数の光の玉を自身の周りに出現させ、放つ。
「お子様の意志によりこのような事態を引き起こしていることが認められませぬか?無邪気な……母を思っての魔術の暴走……ただ、ただ、母のためを思っての暴走」
『黙れと言っている!暴走……?そうだ!!呪うつもりなどなかった。しかし奥底では不幸になれと思っていた……。その思いが暴走したのだ!すなわち私の意志だ!この子は関係ない!』
王女の髪の毛が怒り狂ったかのように急速に伸び、ヒルデを襲う。
「……そうでしょう。あなたの憎しみがその子の暴走を引き起こした。しかし、お子様の魔力量はすさまじいですね。それに、赤子は感情のコントロールなどできません。貴方様の思い……憎しみはありましょう。しかし、ここまでのこと貴方様は望まれていないはず」
器用によけてはいるものの、なかなか反撃に出られない。内心冷や汗ものだった。
『そう、私の憎しみだ。憎しみなのだ!』
話せば話すほど、攻撃のスピードは上がっていく。
「あなたさまの憎しみは消えはしないでしょう。しかし、これ以上の犠牲を出すことはご勘弁願います。あなた様はお子様の暴走を止められぬのではないのです。起こってしまったことを受け入れられないだけなのです。これ以上、手を汚してはなりませぬ。お子様のためにも気を強く持つのです。自分はもう大丈夫だと……」
王女の攻撃に一瞬の隙ができる。思いっきり髪の毛を剣で薙ぎ払う。王女の髪は短くなり、攻撃はやんだ。すぐに元の長さに伸びてきたが。
『止められぬ。この子は止まらぬ。攻撃したくなくとも、反撃したくなくとも……楽になりたくとも身体が動いてしまう』
王女の顔は苦悶に満ちていた。王女の心にはこんなことになってしまった後悔が渦巻いている。ましてそれが子供が引き起こしたことだと認めたくないようだ。子に罪はないということか……。だから男をまだ憎んでると自分で自分に暗示をかけている。後悔という暗い思い、憎しみという感情……それらが緩和されなければ解呪は非常に難しい。
赤子に後悔という感情などわからない。あるのは母親が何か苦しんでいるということだけ……。
「力づくしかやはり無理か……」
ヒルデは一人呟く。再び剣を強く握ると王女に向かっていく、剣と魔術両方を使った戦いが長く続く。二人の間には言葉はなかった。
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