47. 解呪①
嫌な想像を頭から追い出し、再び湖に視線を向ける。先程聞いた先王の話しが頭を駆け巡る。
まあ……悪いのはどう考えてもご先祖様だよな。あっちこっちふらふらして、あっちもこっちも孕まして、金も自分のためだけに使って……。自分勝手な見本のようなやつだと思う。
しかし、実際のところ王女様も全く悪くないわけではないとトーマスは思う。身を引こうとしたなら最後まで貫けよ、とか。王家の子なんだから子供は産んであげなよ、とか。だって……自分よりいい生活できるてたよな、と思ってしまった。周りの人だってなんとか止めることもできたんじゃないか、とか。幼馴染はなんでそんな男を受け入れたんだよ、とか。
色々と思うことはある。
でも、一番悪いのは間違いなくご先祖男爵だ。じゃあ、男爵はちゃんと謝ったんだろうか?否、謝っていない気がする。精神的に不安定だったのもあるんだろうが、ここまで自分勝手なやつが謝るわけない。謝ったにしても軽く悪かった程度だろう。
謝られたって許せないし、逆に心を逆なですることもあるかもしれない。でも、心からの謝罪というのは最低限するべきことだったんじゃないかと思う。
心優しかった王女様。王女様の恨みを……母の恨みをあてられてしまった腹の子。トーマスの目に二人が笑う姿が目に浮かぶ。本来であれば現実で起きるはずだったこと。消えた未来。可哀想だと思う……先祖が本当に申し訳ないことをしたと思う。
トーマスは湖の前に膝を曲げて座ると頭を下げる。いわゆる土下座だ。その後自然と言葉が出ていた。
「王女様大変申し訳ありませんでした。そして、お腹にいるお子様、お母様を傷つけて申し訳ありませんでした。二人の未来を消してしまったこと大変申し訳なく思います」
6人は黙って聞いていた。ありきたりな言葉、ただの謝罪。何も起きるわけがない。むしろ、自己満だろうと逆ギレしてきそうだ。
トーマスは立ち上がって湖をまっすぐ見つめる。何も起きない。そりゃそうだ、と思い6人のもとに歩き出す。
「やっぱり何も起きませんね……」
「「「「「「そりゃそうでしょ」」」」」」
でも……と、ミランダが呟いた。
「きっと坊ちゃまの気持ちは伝わっている気がします」
少し涙ぐんだ声だった。
それから、7人はぼーっと湖を見続けていた。10分くらそうしていた。新しく何か作戦を見つけなければならないのに、何も浮かばない。かといってここから離れようとも思えない。ぼーっとするしかない。
コポッ……
湖に一つの泡が浮かんだ。
キールが気づき、湖に更に近づこうとした瞬間。
コポッ……コポコポッ……コポコポコポコポッ……
ゴボッ……ゴボゴボゴボッ…
ゴボボボボボボボボボッ!!!
泡が増えていき、瞬く間にすごい勢いの泡が湖から次々と浮かぶ。
キールが叫ぶ。
「離れろっ!!!」
黒き獅子の咆哮に皆が湖から距離を取る。
「来るぞっ!!!」
再び黒獅子の咆哮がしたかと思うと彼は既に身構えている。何が!?と思うがとりあえず身構える。
『オギャーーーーーーー!!!』
飛び出してきたのは叫び声。そう、赤子が泣き叫ぶ声だった。
「あれっ?」
キールの気の抜け声が聞こえる。どうなってんだ?と頭が大混乱だった。凄まじい呪力を感じたのだが……。
ーーーーーーーバッシャーーーーーーン!!!
湖のど真ん中から丸い何かが飛び出した。
ドンッ!
音がした方を振り向くと、黒獅子が丸いものに向かって巨大な火の玉を放っていた。おーっ!さっきからあまり活躍の機会を見ていなかったので忘れていたが……この人は将軍だったと思い出したトーマス。
恐らく丸っこかったから魂なのか。……いや、でもなんか大きくなかったか?頭が?マークでどんどん覆われていく。
「何すんのよ!!!」
聞き覚えのある声がした。かなり怒っている。
「びしょ濡れじゃなかったら火傷してたわよ!!!」
ギャンギャンと文句を言う女性。そう、さっきの丸っこいものはヒルデが丸まってくるくるっと湖から飛び出してきたのだった。
「ヒルデ!!!」
「あら、坊ちゃま。ご機嫌麗しゅう」
喜びであふれる声がトーマスから飛び出た。ヒルデの返答はどうかと思うが……とりあえず、無事で良かった。
「無事だったか」
キールが声をかける。
「今が一番ヤバかったわ。気配でわかるでしょうが」
青筋を浮かべながら笑っているヒルデ。
「こんな呪いがダダ漏れの中で気配なんてわかるわけないだ
ろ」
「じゃあ、撃つなよ」
「敵だったらどうする」
「………………」
言うだけ無駄だと悟ったようだった。
「!!!」
ヒルデの目が湖に鋭くうつった。
「「来る(ぞ)!!!」」
キールとヒルデの声が同時にした。
ーーーーーーバッシャーーーーーン!!!
ヒルデが出てきたときと同じく、すさまじい水柱がたったかと思うと小さいものが出てきた。
『おぎゃあおぎゃあ』
透けて見える……丸いもの……魂?いや、鳴き声からすると赤子……?あれは、生まれなかった赤子の魂なのか?
水柱は消え、湖の上空に浮かんでいた赤子の魂はトーマスに向かって一直線に飛んでゆくとトーマスの胸元付近で止まった。
『おぎゃあおぎゃあ』
ひたすら泣いている。
誰も動かない。これ、どうすればいいんだ?
ヒルデの方を見るが、肩をすくめている。トーマスはよくわからないが手を伸ばした。光の玉に触ると赤子の形になった。慌ててトーマスは両腕で赤子を抱える。父親が赤子を抱きしめるように。
「おおー、かわいいなぁ」
よしよしと身体を揺らすと赤子はキャハハと声を上げて笑う。その後、トーマスの手元から離れると湖に向かってプカプカと移動し始めた。
「うおっ!」
トーマスの口からから悲鳴が上がった。
魂が向かった先には、きれいな女性が立っていた。先王と王によく似ている。恐ろしや……王家の遺伝子。金髪に碧眼の女性はいささか透けている。
すっと赤子に手を伸ばすと大人しく赤子は胸に収まる。泣き声もやんだ。美しい女性は美しいお辞儀をしたあと、ふわり、と微笑む。赤子はすやすやと寝ている。その口元は弧を描き、幸せそうだ。
二人の姿はどんどん透けていき、完全に見えなくなった。
皆はその様子に心がほおっと温かくなる気がした。本来あるべき姿に戻ったのだ。一人を除いて………………。
「うおーーーーーーー!!!」
トーマスが一人で悲鳴を上げている。見ちゃった!見ちゃった!と一人で騒いでいる。この瞬間に?と思わなくもないが、怖いものは仕方なし。騒ぐのをやめるのを待った。
トーマスは急に何かに気づいたかのようにピタッと叫ぶのと暴れるのをやめたかと思うと。
「ヒルデ」
すっと呼ばれたヒルデはトーマスに視線を向けた。視線を受けたトーマスは言った。
「お帰り」
ヒルデの目が驚きに開かれた。
それを聞いたミランダとアイル、ジオとレイラも続けた。
「「「「お帰りなさい」」」」
先王とキールは顔を見合わせると
「お帰り」
と黒獅子。
「お帰りちゃん。ついにやったんだな」
と先王が続けた。その顔は誰よりも晴れやかだった。
最後まで聞き終わるとヒルデはふっと笑うと
「ただいま戻りました」
言葉の後に、今までで一番輝く笑顔を見せた。
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