46. 謝罪

 先王のナルシストな一面を垣間見たような気がするが、まあいろいろ持っている人間だからそんなものだろうとスルーするキール以外の5人。キールは先王が少々ナルシストであることは知っていた。


「ヒルデちゃんは、来るべくしてここに来たんですね……」


 ミランダが涙ぐんで言った。全てを捨てて解呪できる者を探しに行くという先代男爵を見送ったのは20年前くらいのことだろうか。恐らく長くは生きられないだろうと思いつつ、どこかでまだ……と期待もしていた。しかし、今回の話しで帰らぬ人であることが確定してしまった。だが、彼は果たしたのだ。解呪できる人間を探し出したのだ。自分の命、家族を捨てたと言えるのかもしれない……。でも、そんな彼を誇らしいような、悲しいような……頭も心もぐちゃぐちゃでよくわからない。


 そのとき、アイルがはて?と首をかしげた。


「先王様。でも、ヒルデさんには儂らから話しかけましたよ。あのときはたまたま休憩した場所でヒルデさんに声をかけたんですよ……。まさか、魔術とか……?」


 そうあのときあの場所で休憩したのはたまたまだった。


「ああ、それについてはあいつもラッキーだったって言ってたよ。どうやって男爵邸に入り込もうかと思ったら声をかけられた、と。本当に自分は解呪するために神が遣わした者なのかもしれないですね~って笑いやがってた。まさしく“運命”だと」


 運命……まさに、運命なのだろう。解呪するために生まれ、育てられ、呪いと戦う……それがヒルデの進むべき道。先王は思う。運命なのだと。しかし、その運命はヒルデ自身が選んだ道であった。彼女に声をかけたのは男爵で強要したのは自分たちだ。しかし、彼女の実力なら逃げ出すことなどいくらでもできた。彼女がなぜ自分たちに協力してくれるのか聞いたことはない。いや、聞けなかった。それが当たり前のように道を歩んでいく彼女に逆に疑問を持たせてしまう気がしたから……。それでは困る。

 

 でも、無事にことが済んだら一度聞いてみたい。だからこそ、呪いに打ち勝ってほしい……。先王が考え込んでいるとトーマスから遠慮がちに声をかけられた。


「あの~~~……。だいたいの話しはわかったんですが、結局俺等にできることってないですよね……?」


 皆がその言葉にハッとした。そうだった。この話は何か呪いを弱められるところがあればと始めたのに忘れていた。


「ヒルデがさっき持ってた袋の中身って金貨か……?金は返した。ヒルデ以上の魔力とコントロールを持ったものはいない。下手に手を出すとむしろ悪化する場合がある」


 キールが更に核心を突く。


「あの~~~……そもそもなんですけど、解呪ってどうやるんですか?」


 トーマスが聞く。当たり前のように解呪と言っているが、どうするのかわからない。


「基本的に解呪するには相手と戦う必要がある。肉体的に戦うわけじゃないが、魂同士で戦う。魔術師が戦っている姿を見たことないか?あれと同じだ。ただ、魂が戦ってるだけだから、ヒルデの体は今、湖に沈んでいる状態だと思うぞ」


「えっ、それって大丈夫なんですか?」


 魂が出ている状態だから身体は大丈夫なのか?いや、そもそも人間が湖の中で、生き続けられるわけがない。


「おそらく、結界か何かしているだろうから大丈夫だ」


「は?結界を保ちつつ戦っているのですか?そんなこと人間に可能なのですか?」


 普通の人間は結界をはることさえできないものだ。結界をはりつつ、恐ろしい呪いと戦うなんて無理としか思えない。


「それを成し得る人間だからこそ選ばれたんだよ……。人間からかけ離れた存在……。我らからしたら畏怖すべき存在……」


 先王が真面目な顔をして言った言葉に対し、キールが反応した。


「よく化け物~~~と言われていましたね」


 酷く懐かしげにしみじみと言うキール。顔もあたたかい眼差し……本当に懐かしんでるようだった。


「そういうところが、モテないって言うんだっつの」


 ぼそっと王が呟く。どこかずれている、人が特に女性が化け物と言われて嬉しい訳がない。そんなことを言われていたな……と懐かしげに言うものではない。先王がこいつは何言ってんだと思っていると、声がした。


「あの~~~」


 アイルだった。


「先王様も黒獅子様もいらっしゃるし、儂が出しゃばることでもないとは思うのですが……」


 自分たちとは身分の違うトップにいる人間たちを目の前にして自分がやれることなどないだろう。しかし……任せといたら話しが進まない。これでも賢帝、天下一の将軍と言われている方たち。優秀なはず。優秀だよ……な?と少し思ってしまう。先王とキールは黙ってアイルの方に視線を向けた。


「結局、儂らにできることって何かあるんでしょうか?話しを聞く限り何もできないと思うのですが……」


 先王とキールはお互いと顔を一瞬見ると、頷いた。キールが話し出す。


「先王が何年もかけて考えてもヒルデの助けになることができることは浮かばなかった。それを、今話しを聞いた我らにできることなどないだろう」


 えっ?とアイルは思った。何か良い考えが浮かぶかもしれないから……と話しをしてくれたのではないのか。キールが心中を察したかのように再び話し出す。


「先王は詳細を話してくださっただけだ。何もできないと思ったらそなたたちはちゃんと話しを聞いたか?ヒルデが気になってまともに話しなど聞かないだろう。気持ちが焦るだけだ」


 そう、結局誰にも何もできない。キールは最初から察していた。できることであれば、もっと前から話していた。先王が期待したのは……どうにかできると判断されたのはヒルデのみ。ヒルデの存在が最初で最後のチャンスなのだろう。だからこそ、言わなかった。この世からこの呪いを解呪し、なかったことにするつもりだったから。知っている人間は少ない方が良い。だから、自分にも王であるリカルドにも何も言わなかった。リカルドに呪いのことで煩わせたくなかったというのがあるのかもしれない。いや、必ず自分の代で終わらす、という気持ちが強かったのかもしれない。


 でも、自分になんの相談もなかったのは少しなんというのか、寂しい……?なんかもやもやする。……悔しい?嫉妬?ヒルデには敵わないという思いが頭を駆け巡る。


 キールがぐるぐると考えていると、声がした。


「あの~」


 トーマスだった。皆の視線がトーマスに集まった。


「おれ……いや、私謝ります」


「「「「「「?」」」」」」


 言っている言葉の意味はわかる。しかし、トーマスが何を言いたいのかわからない。


「いや、私の先祖が王女様に酷いことをしたのが呪いの始まりなんですよね?聞いていて思ったんですが、ちゃんと王女様に謝罪した人っているんですか?みんな解呪とか恐怖に縛られて、王女に申し訳ないって気持ちが全くない感じを受けたんですが……」


 最初はいいことが思いついたと明るい顔をしていたが、みんなが何いってんだこいつという目で見ているのに気づいてどんどん声が小さくなっていく。


「……まあ、やってみてもいいんじゃないですかね?」


 キールがやってもやらなくても結果は同じだと思うが、結果が同じならやってもいいんじゃないかと賛成する。


「確かに謝罪って大切ですよね!」


 ミランダがトーマスを励ますように声をかけてくる。


 いい方法だと思ったのに……と思いつつ皆のぬるい視線に何かやりづらさを感じて、動きが鈍くなってしまうが、とりあえず湖に近づき覗き込んでみる。きれいな湖だった。中に沈んでいるヒルデは見えない。本当に中にいるんだよな……とヒルデが目をつぶったまま動かずに沈んでいる様子を想像してしまい、慌てて想像を打ち消す。


 縁起でもない。


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