45. 先王はまだまだ語る②

 ヒルデはこの呪いを解呪するために育てられた娘だ。そこの男爵の父親に見出され、我々が育てた……な」


 すっと先王の視線がトーマスに向けられた。トーマスは驚きのあまり声が出なかった。


「ヒルデとそなたの父親が出会ったのはヒルデが6歳のときだった。そなたは家に寄り付かなかった父親を恨んでいるのかもしれぬが……あいつは必死に呪いを解ける人間を探していた。家族を顧みることなく……そう見られてもしょうがないほどに、解呪だけに全てを捧げた男だった。だがな……あいつが必死になったのは自分のためじゃない。お前を守るためだった。それは理解してやってほしい」


 強い視線がトーマスを射る。でも、どこか暖かく……そして、悲しみいや、同情なのか?そして、申し訳ないといった感情。いろいろなものが混じっているように見えた。


「父は6歳でヒルデと出会ったんですよね?なら、なぜそのときに家に連れて帰ってこなかったんですか?」


 見つけて共に帰ってきてくれていたら……子供時代の寂しい心がふと、蘇ってくる。


「……ヒルデは捨て子だ。最悪の孤児院で育てられ、読み書きもできず、食べ物も手を使って食べている子だった。それに、そなたの父親に膨大な魔力があるとバレるくらい魔術のコントロールもできないようなレベルだった。孤児院でも気味悪がられていたよ。お前の父親はまず王宮に連れてきた。王家が引き取り、訓練を行ったあと男爵家に向かわせることにした。しかし、男爵は自分も王宮に残ると言った。自分たちの都合でこの子は人生を決められてしまった。簡単な道じゃないし、辛いことのほうが多いはず。自分が側にいて親代わりになると。自分の息子には愛情深い使用人がついている。この子には誰もいない。この子はこれから自分たちのために生きていくことになるのだから、自分がこの子に尽くすのは当たり前のことだ、と言って自分も王宮に置いてくれと土下座してきた」


 トーマスは口を強く噛み締めた。父親がしたことは正しいのだろう……息子である自分を守り、これから先生まれてくる子々孫々を守るため……千載一遇のチャンスだったのだろう。でも、自分は寂しかった。母親は早く亡くなりミランダとアイルがいつも側にいてくれた。それでもやはり父親に側にいてほしかった。理由がわかった今でも自分の側にいてほしかった。そう思うのは自分の我儘なんだろうか……。


「私はその願いを聞き入れ、ヒルデと男爵を王宮に迎え入れ、ヒルデに過酷な訓練を課した。その他男爵が王宮外でサバイバル的なこともしていたようだったよ。1教えれば100身につける力があり、魔力は比類なき量、すごい勢いで成長していった。しかし、10歳のときに悲劇が起きた。男爵に呪いが発動し、湖に呼ぶ声が……。ヒルデは湖に向かい解呪しようとした。しかし、男爵が最後の力を振り絞りヒルデを止めた。まだ無理だと……。お前の人生は俺が貰い受けた。必ず解呪すると約束しただろう。今のお前では無理だとわかっているだろうと。将来、必ず約束を果たせと言って目を虚ろにさせ王宮を飛び出して行ってしまった。ヒルデは追いかけた。我らも追いかけた。ヒルデを止めるために……まだ時期尚早だった。王家としてもこれだけの魔力を持った人間は二度と生まれてこないはず、ヒルデにかけるしかなかった。追いついた我々が見たものは、湖に引きずり込まれる男爵とそれを食い入るように見つめるヒルデの姿だった。ものの数秒のことだった。湖に静けさが戻った後もヒルデはしばらく動かなかった。雨が降り、ずぶぬれになり続けながら……。丸一日たったときヒルデは湖に手をかざして何か呟いた。そして、我々に行こうと言い、王宮に帰還した」


 先王は今でもその時の光景を覚えている。人形がその場にいるようだった。美しい見た目はもちろんのこと、一切の感情を伺うことができなかった。悲しみもなく、悔しさもなく……その心に何を思っているのか全くわからなかった。絶望……?心が壊れた……?父親代わりのものの死への悲しみ……?呪いへの恐怖……?


 先王は思った。これは解呪するのは無理かもしれない……。しかし、なんとかせねば……。事態は好転することなくヒルデは王宮の自室に帰ってから3日間、部屋から出てこず、飲まず食わずだった。先代はもう無理だと思った。しかし、諦めるわけにはいかなかった。どんな手を使ってでもヒルデに解呪する方法を見つけ出させなければならない。酷なことだとはわかっている。男爵とヒルデが当たり前のように毎日共にいて、笑い合っていた日常、消えると思わなかった。いつか消えると思っていたが、もしかしたらという気持ちの方が強かった。しかし、どうにもならなかった。自分たちの無力さを知った。解呪するために育てられたヒルデは我らの比ではなかっただろう。


 そして4日目の朝。私の前にヒルデは現れた。そして、一言言った。


「お金を稼ぎますので、表の世界に出ます」


「は?」


 ヒルデの言葉に一瞬何を言われたのかわからなかった。意味を理解したあと、ヒルデの顔をじっくり見てみるが冗談を言っている様子はない。


「亡き王女は金を奪われました。なので、まずは金を返します。莫大な額です。王家に払えぬ額ではありませんが、大きな額を動かせば呪いの存在が知られる恐れがあります。なので、私は将軍となり莫大な額を稼ぎます。表に出る許可をください」


「あ、ああ」


 淡々と話すヒルデに気圧され、思わず承諾の返事をしてしまう先王。


「では、そのように。失礼いたします」


 さっさと頭を下げて出ていこうとするヒルデを、我に返った先王が慌てて呼び止める。


「ちょ……!まて、待て!」


 足を止め振り返り、まっすぐ先王に視線を向けるヒルデ。


「金で解決するつもりか?無理だろう。金の問題ではない……心の問題だ」


 悲痛そうな顔をする先王に対し、不思議そうな顔をするヒルデ。


「いや、一番の問題は魔力量の問題かと。あと、コントロールですかね。私の魔力と王女様方の魔力は拮抗しているようです。むしろ、強い憎悪を抱いている分、王女のほうが強いでしょう。コントロールも私は10歳のガキ、相手は100年生きる……魂だけですが、おばあさまです。勝ち目は薄いでしょう。王様はお金持ちだからわからないかと思いますが、王様の一日の食事代金をめぐって殺人が起きるときもあるのです。お金を侮ってはなりません。心の問題……もちろんお金では解決できないでしょう。しかし、ないよりは良いのでは?別に施しと言うわけでもないし、借りたものを返すのは当たり前でしょう?」


 確かに一理あるようなないような……。というよりも本当に10歳かと疑ってしまう。先王は安心した。


「諦めてはいないのだな……」


 本当に小さい。聞き取れないような声だった。しかし、ヒルデには届いた。


「私がするべきことは男爵の子供、更にはその孫たちを助けること。男爵を助けることは約束していません。私はまだ幼く、あんな呪いとはまだ対峙できませぬ。最初から私も男爵も目指しているものは同じです。なぜ、諦める必要があるのでしょう?あるはずがありません。それでは、私は一兵士として入隊してまいりますので……。これからは実戦で剣術も魔術も自分で高めていきますので、悪しからず」


「お、おお」


 本当に10歳なのか?しかし、普通の人間にはできないことをする人間はあんなものなのだろうか?凡人な自分にはよくわからない。……まあ世間的には賢帝、歴代1の王と言われているが……魔力もなかなかのものを誇っているが……見た目もなかなか国内で片手に入るくらいのものだとは思うが……

意外とナルシストな先王であった。



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