49. 解呪③
どれほど経ったのか……。
相手は一人……いや、二人というべきか。にも関わらず先の戦争でもこんなに魔力を使ったことなどない。正直なところもう限界だと白旗を上げたいところだった。
しかし、ここでやめるわけにはいかない。相手も消耗をしているようだが、赤子とは感情のままに行動するものだ。負の感情が強すぎてまだ戦えそうな様子が見て取れる。早くオネムの時間になってくれよ……と心から願う。赤子とはよく眠る生き物でしょうに……!!
疲れから愚痴愚痴と考えてしまう。
………………………………
微かに意識が朦朧とする中何かが聞こえる。
《申し訳ありませんでした》
これは、トーマスの声だ。なんだ急に?ふと気づく。王女の攻撃が止まっていることに。すっと王女に視線を向ける。
『これは、ーーーーー様の声』
王女の顔には、涙が流れていた。なぜに水の中で涙が見える……と不謹慎にも思ってしまったが口には出さない。ヒルデのあまり美しくない心の中と対をなすように王女の心は清らかになっていく。
たった一言の謝罪。本人ではないけれど……それはわかっているが涙が止まらない。胸が苦しい、でも悲しいものではない、なんともいえない感情が湧き上がる。
王女の身体が光った。そして、光は湖上に向かって流れていく。これはやばい……またトーマスが引きずり込まれてはいけないとヒルデは急いで湖上に向かった。
~~~~~
「という感じです。その後は、皆様見た通りです」
「「「「「「「うん?」」」」」」」
あの後、襲ってくるどころか普通に天に旅立っていったよな……それって、トーマスの謝罪が王女の心を動かしたこと?と思ったが、皆口に出すことはしなかった。
ヒルデが全てをかけてやったこととは…………。
「皆様、口に出してよろしいですよ。私が王女と戦っていたからこそ得た勝利です。お金で怒りを緩和し、戦いによって魔力をすり減らし、時間稼ぎをしたからこそ……相手の力、心は弱まり、坊ちゃまの言葉が心に染みたんですよ。いろいろな事象が重なり、得た勝利です」
実際のところはもはや誰にもよくわからないが、まあ一番の功労者はヒルデとしておこう。
「まあ、そうなんだが……。それにしても王女は謝ってほしかったんだな。子供は父親に抱きしめてもらいたかったんだな。彼らが願ったのは本当に当たり前のことだけだったんだな」
「私が戦って王女の気力をそいで正気に戻ったからこそ声が届いたんですよ」
「意外とぐいぐいくるな、お前」
「そりゃあ、全てを捧げてきましたからね」
そりゃそうだ。実際、ヒルデの働きがなかったら解呪は無理だっただろう。
「ちょっと金とか無駄だった気がしないでもないけどな……」
「あれは、金は天下の回りものです」
「いや、意味がわからない」
「まあ、トーマス様の外見と声が当時の男爵に似ていたことで王女の心も絆されたんでしょう。母親の心が温かくなったことが嬉しくなったお子様の魔術暴走という癇癪が収まったというところでしょうか」
王女は憎しみを無理矢理持ち続けていた。赤子はその無邪気な母親を思う心故、暴走してしまった。王女が憎しみを持ち続けたのは赤子のためだった。手を汚したのは自分の意志とするために。
「なんかバカ男に騙されたちょっと頭がパンケーキの王女様の話しだと思ったが。母親を思う子供の思い……子供を思う母親の思いが引き起こした悲しい話しだったな」
「いや、引き起こしたのはクズ男です。彼がもっと自分の立場を認識していれば起きなかったことです。そして、王女もクズ男などさっさと捨てれば起きなかったことです。かわいそうなのはそんなことに巻き込まれたお子様のみです」
「まあそうだが……何人も巻き込まれて命を落としてるからよ。なんかそんな風に思いたくないと言うか……」
「坊ちゃまがそう思うのもごもっともです。ですがもう起きたことはどうすることもできません。そう、過去のことなのです……。
しかし、皆様方一つ良い教訓となりましたね。愛するもの……例え愛していなくても家族は大切にするものだと」
愛していなくても……って、貴族は政略結婚が多いからこそ出た言葉。しかし同意しては女性陣の目が鋭くなりそうだったので、誰も返事をしなかった。
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