42. 先王は語る①

 〜先王の話し~


 あれは、たぶん……だいたい100年前くらいのことだ。


 そこの男爵の祖先にあたる当時の男爵には幼い頃から一緒に育った同い年の幼馴染の令嬢がいた。領地が隣で幼い頃から仲が良く、家格も男爵家同士で経済状況も二家とも良くも悪くもなく、親同士も仲が良いということで10歳の頃に婚約をした。


 その6年後二人が16歳のとき、この男爵領に王女が来たんだ。身体が弱く、田舎で静養したいということで緑豊かな男爵領が選ばれた。12歳のときに父親が亡くなり跡を継いでいた男爵。若くして男爵になった当主……若くして責任を負う立場になった男。そんな人間が王女と……なんて夢を見ることはないだろうということも男爵領が選ばれた理由だった。


 王女は美しい見た目をしており、金髪に碧眼でザ・王族という見た目だったそうだ。まあ、俺の女版といった感じだと思えば良いだろう。病弱という言葉がピッタリと当てはまる守ってやりたいと思わせるような可憐な容姿だったと聞いている。


 男爵と王女が初めてあったとき、お互いに惹かれ……なかった。が、男爵がよく王女を気にかけて世話をやいたこともあり王女が男爵を気に入っていった。王女は何かあるたびに男爵に相談し、頼った。男爵もまあ王都から来た最先端の流行を身にまとった洗練された可憐な美少女に頼られて……悪い気はしなかった。


 婚約者からすると面白くはないが、相手は王女だしどうしようもないまま月日は過ぎていった。男爵も日に日に王女にひかれていき、お互いに惹かれ合っていると気づいていた。


 王女が悪女みたいに感じるが、実は王女は男爵に婚約者がいることを知らなかったんだ。というのも男爵と幼馴染は口約束の婚約だっただけで、正式に婚約の届けを出していなくてな……。王家としても王女の様子を見て調査はしたんだが、担当したやつが無能だったんだろうな。


 そもそも男爵ごときが王女とどうこうなるわけないと軽く見ちまって、まともに調査をしなかった。それに、王女は病弱で少々皆に甘やかされがちだったが……王家の人間としてあまり重要な存在とは言えなかった。王や兄、姉たちの方が丈夫で国交をしっかり担う存在だった。だから付けられた人間もあまり優秀なものはいなかった。


 それで結局、幼馴染が二人の様子に耐えきれなくなり王女に直談判しに行った。そこで王女は男爵に婚約者がいることを初めて知ったんだ。


 王女は決して悪い人間ではなかった。自分が身を引くことにした。それに、男爵が婚約者がいることを自分に言わずにどんどん親密になっていったのもショックだったしな。軽く不信感を抱いたわけだ。体調もある程度回復したので、王宮に戻ることになった。


 ここで、さようならをしてりゃあ良かったんだが……。男爵が王女に愛を告白してしまった。自分も連れて行ってくれと。幼馴染に別れを告げてな。

 

 王女は突っぱねようとしたが、まあ……不信感を抱いたものの、惹かれてしまった男を最後まで突っぱねる強さはなかった。

 

 幼馴染も身を引くしかなかった。相手は深窓の大事に大事にされてきた王家のお姫様。心優しく美しく国中に愛されているお姫様……幼馴染が勝っているところは長い年月共にいた事だけだった。だからこそ、情もあった。愛しい人と幸せになってほしい……と。怒りが今にも爆発しそうな両親を自ら説得し、婚約はもとからなかったものとし、笑顔で……心の中では涙を流して男爵を見送った。


 これでハッピーエンドといかないのが、魔の巣窟王宮だ。田舎の多少見目の良い男。何か手柄を立てたわけでもなし、ただ運良く王女の療養先に選ばれただけの男爵領の男爵。


 見目麗しく王に溺愛される王女、出世間違い無しの王女の夫の座。高位貴族たちは男爵がいる座をそう見なした。今までは病弱でいつ儚くなるかわからない価値の低い姫としか認識していなかったのに……。誰が貧乏くじを引かされるのかと嘲笑っていたのに……。人とは勝手な生き物だよなあ。自分より下だと思ってたやつが上に立つかもしれないと知るや、相手を蹴落とし、奪ってやろうと思うんだから。


 当然のようにいじめが始まった。言っちゃ悪いかもしれないが……いじめと言っても少々過激な貴族の洗礼程度だったんだがな。茶会やパーティーで知識のなさ、マナーのなさをあげつらわれ、笑われた。あとは、王女に見目麗しい男が近寄ってきて口説いてきたりとかだな。


 ちなみに暗殺等はなかった。実際に王女と婚約しようというものはいなかったからな。ようするに、ただ単に憂さ晴らしの対象だったってことだな。

 

 社交界で高位でもない貴族が嫌がらせされるなんて当たり前のことだ。王女も表立って庇うことはしなかった。もちろんフォローはしていたがな。でもそんな数ヶ月で田舎男爵が誰もが目を見張る所作が身につくわけでなし。王女も多少の嫌がらせなど放置だった。


 男爵が猛勉強し、マナーを身につければ良かった。もしくは1を学び10……いや100をものにできる天才であれば問題はなかった。または何かしら手柄を立てることができれば良かった。だが、それだけの力はなかった。やり返す勇気も技量もなかった。


 若くから領主を務めているが、その才が飛び抜けているわけでもない。むしろ周りのお付の者たちに頼る部分が多いくらいだった。田舎で甘やかされてきたやつだった。


 愛情だけで成り立つ関係が許されるのは平民や下位貴族だけだ。王女も勉強の機会を与えることはできたが、根本的に自分が何か表立って動くことはしなかった。社交場で庇ったところで結局は本人がうまく立ち回ることができなければ同じことが繰り返されるだけだったから。王女といえども優秀で健康な兄姉に比べられることも……悪意にさらされる機会はいくらでもあった。だから男爵が蔑まれても多少は仕方ないことだと思ってしまった。


 

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