43. 先王は語る②

 そして……男は耐えられなくなった。ふさぎ込むことが多くなり、物にあたったり……時には使用人に手を上げることもあった。しかし、王宮を離れることもできなかった。贅沢を覚えてしまったからだ。美味い食事、高価で洗練された服や装飾品……そういったものに慣れてしまった。そして、王女の恋人という立ち位置。簡単には捨てられなかった。


 男爵の愚かな行為はそれだけじゃなかった……金だ。高位貴族とは気が合わず王宮にコネで務めているような下級貴族たちと付き合うようになった。彼らは賭け事が好きだった……それに付き合い男爵も賭け事を始めた。男爵はのめり込んでいった……賭け事は嫌なことを忘れさせてくれたから。


 初めのうちは良かった。王女の婚約者としての予算内でやりくりしていたから。しかしどんどん歯止めが効かなくなり借金が膨らんでいくのに気づいた王女が自分の予算に手を出した。自分の装飾品を買うのを控え、男爵の借金返済にあてた。


 そして、男爵に寄り添った……心から寄り添った。社交の場にも出なくて良いよう裏で手を回した。そして、婚姻前に身体まで捧げてしまった。

 

 その結果、子ができた。王女は男爵に隠した。男爵が落ち着いてくるまで黙っていようと決めた。しかし、男爵は一向に散財をやめない。マナーも身につかない。


 王女は賭けに出た。子供の存在を知って優しい彼に戻ってくれるのでは……と。


 子どもの存在を告げられると男爵は王宮を出たい、と告げた。療養し、必ず子供にふさわしい男になって戻ってくると。王女は賭けに勝ったと思った。実家に帰し、求められるがまま金銭も与え続けた。医者にかかるには金がかかるだろう……と。


 王女は待った。しかし、男爵からの便りは金の無心だけだった。


 当然だった。 


 王女から子ができたことを聞いた男爵は逃げたのだから。

子供ができたことで、張り詰めていた糸は一気に切れた。王家の子供……自分を王宮に縛り付ける存在……男爵にはそう思えてしまった。


 王女がそのことに気づいたのは5ヶ月後であった。男爵領についたとき王女が目にしたのは、幼馴染のお腹を撫でる男爵の姿だった。自分のお腹はもう目立っている……誰が見ても愛の証がお腹に宿っているのがわかる。しかし、このお腹を愛しい人は一度も撫でたことはない。それに比べ幼馴染のお腹はまだ膨らんではいない。まだ目立つほど育ってはいないから。でも愛しい婚約者はそのお腹を愛おしげに撫でている。


 男爵は自分の領地に逃げ込む前に幼馴染にすがった。自分には王女の相手は無理だった、不相応だったと。王女とは別れたと幼馴染に告げた。幼馴染は自分の元にもどってきたと彼を受け入れ、共に男爵領に向かった。捨てられたのにまだ想っていたんだ。それだけの情があった。それから体を捧げてしまった。そして、子ができた。


 男爵と幼馴染の姿を見た王女は深くショックを受けた。王女は男爵の口から本音を聞くのが怖くて男を問い詰めることはできなかったから彼の母親から話を聞いた。そして男爵とは言葉を交わすことなく、領を去った。


 王宮に戻った後王女は自分に絶望した。自分の前では笑うことがなくなっていた彼が幼馴染に優しく笑っていたこと。そして自分との子供は捨てたのに幼馴染の子供を待ち望んでいる様子に。


 王家の人間でもないものに国税を多額使ってしまったこと。甘やかされてきたものの、民がいるからこそ自分の生活が成り立っていることは理解していた。その民が一生懸命働いて得たお金を逃げ出した男の私欲を満たすため無駄に使ってしまった。王家の人間として許されることではない。それに子を宿した自分は今まで以上に王家にとって、役立たずとなる。どこかに嫁げてもまともな縁談など望めない。


 王女は王宮を抜け出すと男爵領に再度赴き、男爵の前で湖に身を投げた。腹の子と共に。男爵の不幸を願いながら。王女は呪いをかけるつもりはなかった。ただ、彼のせいで自分や子供は死ぬのだと見せつけたかっただけだった。


 しかし、男を憎む強い気持ちがあったのは間違いない。そして、お腹の中にいた子は臨月であり、膨大な魔力を宿した子だった。腹の子は母親の強い思いを受けてしまった。王女自身も高い魔力を宿していた。王女と子供の魔力が溶け合い、想いが溶け合い……呪いが具現化してしまった。


 事情を知った王女の父親である王は男爵領で男を秘密裏に処刑することにした。他の貴族たちや国民たちに王女と男爵のことを広める必要はない。二人共病死にしてしまえばよいのだから。しかし、処刑の日男は牢から出されると人ならざる力で兵を振りほどくと湖に向かって走り出した。慌てて追いかけた兵が見たものは無数の白い腕に湖に引きずり込まる男の姿だった。


 このとき王も男爵が呪われたことを知った。王は有名な魔術師を派遣し呪いがどうなったか解析させたが、残念ながらよくわからなかった。男爵が亡くなり終わったのか、それとも子々孫々にまで及ぶものなのか……。とりあえず魔術の痕跡があることから呪いはまだ残っていると思われた。しかし、解呪するにも呪いが強力すぎて不可能だった。


 本来であれば男爵家を取り潰し幼馴染も産まれるであろう子も処刑すべきだが、幼馴染が男爵を受け入れたものの、王宮からの金を使ってはいなかった。王女から送られてきた金は男爵がこっそり受け取り、自分のためにだけ使っていた。かつては優しい男だったかもしれないが、金に狂った人間になっていた。それに元はと言えば王女が先に男を奪ったのだ。男を奪ったことが罪となるなら王女も罪人となってしまう。その為、二人は特にお咎め無しとなった。


 そして月日が経ち、無事に産まれた子も成人して子が産まれたものの、数年すると同じように湖に沈んでいった。その後も男爵家には代々男の子が一人しか生まれず、成人し子を成した後、湖に引きずり込まれた。


 もう男爵家を自分で終わりにしようと考える者もいたが、自分亡き後、呪いが国に何か影響を及ぼしたら……と実際にできるものはいなかった。


 王女の呪い……貴族の中にはなんとなく察している者もいたが、下手に話題にするものはいなかった。自分たちに害があるわけでもないしな。そうして男爵家の呪いを把握しているものは王と王に近いものだけになった。


 



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