6. 出会い〜3年前〜③

~トーマスが王都から出発した次の日~


 アイルは手綱をしっかり握ると荷馬車を出発させた。ミランダはアイルの隣に座って変わりゆく景色をゆったりと眺めていた。しばらくすると商店も人もほとんどいなくなり、石畳みの道から雑草に囲まれた砂利道に変わっていき、都会的な景色から自然豊かな景色へと変わっていく。


「うちの山程じゃないけど、やっぱり自然に囲まれると落ち着くわねー。王都は人もたくさんいて華やかだけど、わたしは疲れてしまうわ」


「とりあえず儂ははやく屋敷に帰りたいぞ。荷馬車は腰に優しくないしな」


「本当ね。だけど、まだまだ10日以上はかかるわよ。ゆっくり休みながらいきましょ。というわけでそこの大きな木の下でお休みしましょ」


「……まだ、王都を出てから30分くらいしか走ってないぞ」


 文句を言いながらも50年以上連れ添った最愛の妻の言う通りに休憩するために道から外れ、大きな木の下に荷馬車をとめるアイル。ミランダは荷馬車から降りると木の陰に座った。今はちょうど夏から秋に変わりゆく季節でまだまだ暑さが残る。木陰に入ると心地よい風が吹いており、気持ちが良い。



「ん~~~座ってるだけなのに疲れるわね。昔はここまでじゃなかったのに、歳はとりたくないわ。




 あらっ!ごめんなさい。先客がいらっしゃったのね」



 ミランダの視線の先…二人がいる木の裏側に目深に黒ずくめのフードをかぶった人がいた。大きめのリュックに手提げかばんを脇に置いているので、王都に出稼ぎにでも来たのだろうかと当たりをつける。


「お気になさらず」


 よく通る美しい声だった。


(あら、女性だったのね。男性物のズボンを履いているから男性かと思ったわ。それにしてもキレイな声ね……顔はどんな感じかしら?声に似合った容姿かしら?ちょっとフードあげてくれないかしら。強い風でもふいてくれないかしら。見てみたいわ~~~)


 フードの中が気になるミランダの強い視線を感じたのか再び美しい声が聞こえてきた。


「王都には商売でいらっしゃったんですか?」


 女性は荷馬車に視線を向けた後、ミランダに視線を戻した。


(荷馬車だもの。そう思うわよね)


「いいえ、違うのよ。うちの坊ちゃまの爵位継承の手続きにきて、今は帰る途中なのよ」


「そうでしたか。……ところで、坊ちゃまは貴族様ですね?」


 ちらっと荷馬車を伺っている。中に坊ちゃまがいると思っているようだった。荷馬車に乗る貴族……なかなかいないだろう。


「あははっそうだけど、違うわよ~~~屋敷のことが心配だって言って先に馬で屋敷に向かっているのよ。中には私達の荷物しかないわよ。あなたは?今から王都?それともどこかに行く途中なのかしら?」


 ミランダは彼女に興味津々だった。なぜなら…………


(絶対に訳ありよね。目深にフード被ってるし。感じ良い話し方をしているけれど、こちらに顔を見せないように絶対に顔も上げないし。それに、こんな木の裏の根元で女性が一人座ってるなんてなんか変よね……)


 アイルはずっと無言だったが興味深そうに彼女を見つめている。二人の好奇心に気づいたのか女性が話し出す。


「フフッ……ちょこっと訳ありで。いろいろあって解雇されまして。とりあえず王都から出たもののこれからどうしようかと思ってたんですよ」


「あらあら~それは大変ね」


(王都で働き続けられないってことは、ただのクビじゃないわね。ただのクビなら王都で職場を変えればいいだけだもの。顔を見たわけじゃないけれど、何かやらかすような人にも思えないし、何かに巻き込まれたという感じかしら。でも、なにか心惹かれる女性ね……。まとっている空気感というもののせいかしら……)


 伊達に貧乏男爵で使用人を続けてきたわけではない。誰かに騙されでもしたら一巻の終わりぐらい男爵家の惨状はやばい。人を見る目に関してはなかなかの自信を持っている。


「ねえ……アイル。彼女どうかしら?」


「いいんじゃないかのう。訳ありみたいだが悪い人には感じないしなぁ」


「やっぱりそう思うわよね。


 ねえ、お嬢さん。あなたは今住む場所と働き口に困っているということよね?よければ、うちの坊ちゃまに会ってみないかしら?今いる唯一の若い使用人が今月いっぱいで辞めてしまうのよ。うちはかなりの田舎で、少し特殊というか…結構仕事も大変だから、次の人が決まらないのよ。坊ちゃまがだめと言ったら雇えないんだけど……きっとあなたなら大丈夫だと思うわ」


 考え込んでいるのか、少し返答までに時間がかかった。顔が見えないので、彼女が何を考えているのか全くわからない。すっと少し顔を上げる気配がした。……顔が見えるほどではなかったが……残念。


「ありがたいお話しですね。これでも結構大変な仕事をしてきたものですから、どんな仕事でもこなす自信はありす。……と言いましてもまずは坊っちゃんに認めてもらわねばなりませんね」


「おたくなら大丈夫だよ。なんかそんな気がする。儂らもついてるしな」


「ありがとうございます。とても心強いです」


「大丈夫よ~。坊ちゃまはもう後がないもの。この前も誰でもいいから使用人~~~!って言ってたわ」


「それはお嬢さんに失礼だろ……」


 ミランダの言い分に呆れるアイル。そんなアイルをスルーするミランダ。


「さあ、十分休憩はしたし出発しましょうか。あなたは荷台に乗ってくれる?」


「私が操りましょうか?」


「あら、女性なのに操れるの?やるわね~」


「任せる、と言いたいところだなんだがなぁ……フードを被ってるんだ。顔はあんまり見せたくないんじゃないかい?お屋敷につくまでは儂に任せたらいい」


「それではお言葉に甘えまして」



 3人は荷馬車に乗り込むとお屋敷にむけて出発した。




~~~~~



20日後


「もうすぐお屋敷につくぞー。この辺で最後の休憩をしよう」


「「はーい」」



 道の端に荷馬車をとめて休憩する3人。ここでアイルは大事なことに気づいた。



「そういえば…………今更だがお嬢さんの名前はなんというのかね?ちなみに儂はアイルという」


「いけないっ!聞くのを忘れていたわ!!私はミランダよ」


 ここまでの道のりで様々な話しをしてきたのに、まだお互いに名乗っていなかった。話しが弾み、もはや名前のことなど忘れていた。


「フフッ、失礼しました」



 彼女は軽く笑うと、フードを取った。するときれいな黒色の髪の毛がさらっと流れた。そして、太陽の下にその美貌が晒された。二人はその彼女の圧倒的な美貌を目の当たりして口をポカーンと開けたまま固まった。



「ヒルデと申します。どうぞよろしくお願い致します」



 ちょっとお間抜けさんな顔になった二人に向かい実に艶やかな笑顔を見せ、美しい女性はそう名乗った。



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