7. アピール

「「「というわけです」」」


「うん。なんかもう訳ありとか自分で言っちゃってるし、なんでそんな人連れてきちゃったのかなと俺は思ってるわけだ。とりあえずなんかいい感じの人だと思って、働く場所と住む場所に困ってるしうちも人手不足だし…じゃあ雇っちゃえばいいんじゃないか、ということだな」


「「そうです」」


 トーマスは悩んだ。自分が生まれる前から男爵家に仕え、

赤子のときから面倒をみてくれたミランダとアイルのこと

は信頼している。


 仕事もよくでき、今は年を取ってできないことが増えてきたものの彼らの人を見る目に関しては衰え知らずだということはわかっていた。そんな彼らがいい人だと判断したならそうなんだろう。


 だが、やっぱり訳あり。しかも特大級の訳ありっぽい。自分やミランダ、アイルが何か巻き込まれるようなことがあってはたまったものではない。


 でも確かに、このままではニーナが退職したあと、屋敷のことが回らなくなってしまう。自分一人(老夫婦は戦力外に近い)の力では屋敷の維持は無理である。自分は基本的に外で金を稼がねばならない。

 

 たぶん、普通の人ではここに勤めようと思わないだろうし、たぶん訳ありの人しか来ない。それならこのままヒルデを雇ったほうが……でも……とぐるぐる悩んでいると、綺麗な声がした。



「坊ちゃま、少しよろしいでしょうか」


(また坊ちゃま呼び……)


「……ああ」


「改めまして、ヒルデと申します。先程から坊ちゃまが非常に悩まれていらっしゃるようなので、ここで一つアピールをしたいと思います」


「……アピール?」


「坊ちゃまが悩まれているのは私が訳ありだからだと心得ております。確かに私はなかなかの特大級の訳あり物件ではあります。とはいうもののお三方に命に関わるような迷惑をかけることはないと思います。解雇もちゃんと前職の人間たちと協議した上で決まったことですし。


 ……まあ、たまには尋ね人くらいはあるかもしれませんが」


「いや、小さい声で言っても最後の言葉聞こえてるからな。しかも、その言い方だと多少の迷惑はありそうな感じに聞こえるんだが」


トーマスの言葉を華麗にスルーしてヒルデは続ける。


「それに私自分でいうのは少し気恥ずかしく思いますが、なかなか使える人間でございます。メイド、用心棒、庭師、執事…etc.どんなことでもやることができます。失礼ながらこちらの使用人の方は少しお年を召した方ばかりと伺っております。こちらは非常ーーーに広大な屋敷と庭、そして森をお持ちです。その管理をお三方でできるとは思えません」


「それはそうなんだが……」


「事情はお二方より聞いております。金もないし、領地もない、貧乏男爵家。でも、やたらと広い屋敷と敷地があると。しかも売りたくても売ることができない、と」


「お宅はとびきりの美貌の持ち主だけど、その美しい口の中にトゲでもあるのか」


 トーマスの眉間にシワが寄った。口が悪すぎだろう……アピールする相手にその言い方はありなのだろうか?


「忠臣とははっきりいうものです」


「さようか」


「さようです。主人の前で縮こまっていてはいけません。もちろん時と場所は選ぶべきではありますが……人とは何かしら欠点があるものです。それをカバーするのが忠臣の役目だと心得ております」


「いや、今面接中だし。ていうか忠言でもなんでもないし。ただうちの悪口を言ってるだけだよな」


「現状の把握は非常に大切なことにございます」


「そうだな。でも、現状のことはよくわかってるからいちいち言わなくても大丈夫だぞ」


 トーマスからすると気にしていることをズケズケと言われ、泣きたい気分だった。


「少々脱線してしまいましたが、簡単に言ってしまえば私を雇えばいろいろなことに使えて便利ですよ、ということです。それに私行くところがなく、非常に困っております。坊ちゃまは困っている人間を見捨てるような非情なお方なのですか?

 


坊ちゃま……もう恩売っちゃいましょうよ。恩を売っておけば大きくかえってくるものですよ。恩を売ってもう私を扱き使っちゃいましょうよ」


 最後の方はもうなんか押し切っちゃえという感じだな、とトーマスは思わず遠い目をしてしまう。


「恩返しよりもなんかでかい仇が返ってきそうな気がするんだが……。とりあえず、ここの事情はちゃんと聞いて働きたいと言うんだな?」


 ヒルデはふわりと微笑んでコクリと頷いた。



(……ここの事情はちゃんと聞いているようだな)


 使用人が部外者に家の事情を話すことはいただけない。ド貧乏……貴族がド貧乏……恥でしかない。しかし、それだけ二人はヒルデに心を開いたということだろう。自分がこの世で最も信頼する二人が、だ。



 ここで働いてもらう以上、現状を把握してもらわなければいけない。ここで働くということは他の貴族家との扱いとは全然違うものとなる。ここで働くくらいなら平民のちょっと小金持ちの家のほうがましだと思う。給料だって低賃金……無駄に広い屋敷…森まで…やることは山のようにある。ブラックな職場になること間違いなし。


 

 トーマスはやる気満々のヒルデを見て思わずため息をついた。なんでこうなるかな……と。もう男爵家なんて、広い屋敷なんて手放したいのに。


 そう、トーマスは男爵ではあるものの金なし、領地なしのド貧乏。お金は働いても働いても屋敷の維持費に消えていく。じゃあ、もう屋敷を売ってしまって楽になろう。いやそもそも爵位もあってないようなもの、手放そう。


 そんなことはトーマスもわかっている。いや、むしろ誰よりも自分が売りたい、手放したい。しかし、それは許されていない。



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