5. 出会い〜3年前〜②

「確かに新しい使用人が必要とは言った。だがな、なにもこんな訳ありそうな女性を連れてこなくてもいいんじゃないのか?こんな美人が田舎で使用人するとか絶対に訳ありだろっ!?」


「坊ちゃま……。今の時代訳ありなんて珍しくありませんよ。戦争孤児、未亡人、戦火で家や店、職を失ったもの。貴族間の争い、本妻愛人争い、家の没落、娼館行き……いろいろなことが世の中あふれていますよ」


 そう。この国では5年程前まで周辺諸国と大きな戦をしていた。5年経った今もその戦争のせいで苦労している人は決して少なくなかった。まあミランダが言ったことは戦争のことばかりではないが……世の中いろいろな事情を持つ人がいるものだ。



「まあ、それはそうなんだが……。使用人はこの前伯爵にお願いしてきたし、お前たちに新しい使用人を連れてこいって言った覚えはないぞ。とりあえずもといた場所に戻してこい」


 (こんな世界一美人そうな女が王都から田舎に来ないだろ。こんな美人……王様とか、どっかの高位貴族の本妻・愛人でもおかしくない。愛人に追い出された本妻とか?愛人争いに負けたとか?本妻に追い出されたとか?いや、それにしてもこれだけの美人なら追い出されても誰かが引き取るよな……こんな田舎にまで来るなんてどれだけの訳ありなんだよ……絶対に関わりたくねえ……!)


 ごちゃごちゃ考えているとよく通る綺麗な声がした。


「少々訳ありで住む場所と職をなくした為、新しい住まいと職場を探しておりますヒルデと申します。武力・体力・魔術・知力・容姿等々、人よりも優れていると自負しております。よろしくお願いいたします。坊ちゃま」 


「!?あっ……ああ。トーマス・デュランだ。爵位は男爵だ」 


 (えっ、今の会話からここで働こうと思うか?メンタル激強だな。明らかに歓迎されていないのわかるだろ。しかも、自分で訳ありって言っちゃったよ。つうかいきなり子供でもない相手に坊ちゃま呼び!?)


 驚きで彼女をまじまじと見てしまうが、本人は微笑んでいる。微笑んはいるが何を考えているのかよくわからない。もうわからなすぎて怖い。泣きたい。頭が大混乱に陥る中、ミランダが声をかけてきた。


「坊ちゃま、多少何か訳ありだとしても、うちは使用人が必要。ヒルデちゃんは住む場所と働き口が必要。何に悩む必要がありますか?」


 確かにお互い困っていることが解消され、WinWinである。

しかし…………トーマスは表情を暗くする。


「いや……訳ありの程度がでかすぎそうで、何かめんどうが起きそうな気がするんだよ」


 所有地は無駄に広いが、領地はなし。金もなし。何か面倒ごとに巻き込まれたらすぐに男爵家など潰れてしまうだろう。潰れるのは構わないが、何か命に関わる事態になるのはご勘弁だ。


「でも坊っちゃん、儂ら知ってるんですよ。伯爵様に頼んだけど話した人はみんな断ってくるって。このままじゃ、使用人は儂ら高齢者コンビだけになっちまいますよ。うちの使用人に求められるのはちょっと特殊ですしな。うちこそ訳ありですわ。チャンスはものにせんと」


「まあ、確かにそうなんだが……」


 アイルの冷静且つ的確な言葉によりトーマスの気持ちがヒルデを雇用するのに向きつつあることに気づいたミランダの口角が上がった。そしてチャンスとばかりにアイルの言葉に続く。


「ヒルデちゃんはうちの事情も知ってるし、こきつかわれても大丈夫だって言ってますよ。メイドその他、坊ちゃまの仕事までこなせると言ってます。こんな有能な人材他にいませんよ」


 えっ?それはそれでいいのか?そもそも本当に仕事できるのか?疑問は尽きないが、ニーナを早く夫のもとに送り出したい、商家の勉強に専念させてやりたいという思いも強い。腹黒いところもあるが幼馴染のニーナ。優しい部分もあるが、やはり腹黒いニーナ。最近、笑顔が怖いニーナ。はやく解放しなければ…………ゾッ。昔、ニーナを本気で怒らせて夜中に熊の毛皮を着て熊に扮したニーナに追いかけ回されたことを思いだした。


 あーっと、トーマスは頭をガシガシとかくと、


「訳ありってことと働きたいってことはわかった。もう少し経緯とか色々ちゃんと聞かせてくれ。とりあえず中に入ろう」


 考えはまとまらず、結論は先延ばしとなった。




~~~~~



 皆でお屋敷の中に入り、客室に入るとトーマスは気づいた。



「ヒルデさんはどこに行った?」


「お茶の準備をしてくれていますよ」


「いや、まだ今の時点では彼女はお客さんだろ」


「まあ、わたしたちがやるより若い美しい女性が入れるお茶のほうが坊ちゃまもうれしいでしょ」


「大丈夫ですよ。儂ら人を見る目はありますんで。彼女は毒とか入れるような人間じゃないですわい」


「そういうことじゃないだろ……」


 契約していない以上、彼女はお客様だ。お客様にお茶を出させるのは失礼だろう。トーマスが厨房に向かおうとドアノブに手を伸ばし、開けるとちょうどヒルデが立っていた。


「うおっ?!」


 思わず出てしまった悲鳴をスルーして、ヒルデが入室の許可を求めてくる。あっああ……と思わず頷くとヒルデが茶器を乗せたワゴンと共に部屋に入ってきた。


「ミランダさんから教えていただいたお客様用の茶葉で淹れさせていただいたお茶です」


「いつの間にっ!?」


「荷馬車の中でお話ししたんですよ~坊ちゃま。それにしてもすごいわ。置き場所までは言ってないのに、見た目だけで茶葉がわかるなんて」


 自分たちが飲む用のお茶とお客様用のお茶はわけてある。どちらもお安いものだが……。


「恐縮です」


「うまっ!これいつもと同じ茶葉だよな。同じような味なのにうまい!なんだこれ!?」


「恐縮です」


 お茶に感動する3人。トーマスはヒルデのきれいな声にはっとすると、


「んんっ。ヒルデさんもとりあえず座ってくれ」


 では失礼して、とヒルデが座ったのを確認すると


「それじゃあミランダ、アイル説明してくれ。どういう経緯でヒルデさんを連れてきたのか」


 ミランダとアイルはお互いを見ると、ミランダが話し始めた。


「あれは坊ちゃまが出発した翌日のことでした……」



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