4. 出会い〜3年前〜①

〜3年前~


 50部屋以上ある広い屋敷に噴水付きの庭園。屋敷の背後には木々が生い茂る森。ちなみに屋敷は外壁が傷んでいるものの、なかなか威厳のある建物である。


 そこの庭園で軍手をはめ、手に鎌を持ち、バッサバッサと雑草を刈る青年がいる。15日前に男爵になったばかりの新米男爵のトーマス・デュラン。彼は雑草畑と化した名ばかりの庭園で無心で鎌を振り続ける。


 ザッ…ガッ…ザッ…ガッ…ザッ…ガッ…ザッ…ガッ


 ………………ガタ…………ガタガタ……ガタガタガタガタ


 雑草を刈る音の他に馬車が走る音が聞こえてきた。どんどん音は近づいてくる。ドードーという聞き馴染みのある声がした後ボロい荷馬車が停まった。



「坊ちゃま~!ただいま帰りましたよ~」


「坊っちゃん。お気遣いいただきありがとうございました」



 馬車から降りてきて声をかけてきた女性はミランダ(71歳)、男性はアイル(71歳)。トーマスのたった3人しかいない使用人のうちの2人である。ちなみに二人は18歳で結婚した結婚生活50年を越える夫婦である。


「お帰りミランダ、アイル。思ったより遅かったな」


「坊っちゃんはいつ頃お戻りになられたんで?」


「5日ほど前だ」



 彼らは1月程前に王都に出かけ男爵就任の手続きに行ってきたところだった。長期間使用人一人(アイルとミランダの孫娘)に広い屋敷を任せることが心配だったトーマスは一人馬に乗り、行きは使用人夫妻の乗る荷馬車に合わせて馬を走らせ、帰りは一足先に猛ダッシュで戻ってきていた。



 ミランダとアイルは老体に鞭打って最悪な事態……ぽっくり……とならないように、荷馬車でゆっくり帰ってきたところだった。


 そう、荷馬車。馬車ではない。男爵家には貴族様が乗るような優雅な馬車なんてものはない。野菜や荷物を運ぶための非常に便利な荷馬車が一台だけあった。


 ぼろい荷馬車で王都に行くのは少し恥ずかしいが、使用人なしで王宮に行くのも格好がつかないので致し方なしといったところだった。男爵本人は馬に乗っていったのでまあよしとした。


 トーマスはアイルとミランダが屋敷のことを聞いてくるので応えていた。まあこんなところで立ち話しせずとも中で……と区切りのいいところで話しを切り上げる。そして先程から二人が………………いや、三人が荷馬車から降りてきたときから気になっていたことを聞くことにした。




「ところで………………





 そちらの方はどなただ?」



「「ヒルデちゃん(さん)です」」



「ヒルデち……さん???」



 トーマスの視線の先には、美しい女神様がいた。知らぬ人をジロジロと見てはいけないと思い、なるべくそちらに視線を向けないようにしていたが気になるものは気になる。横目でちらっと何度か見たが、何度見ても美しいものは美しい。


 美人は目の保養になる。しかし、なぜだろう。なぜか見たくない。いや、彼女がここにいるということを認めたくない。何か嫌な予感がする。



「新しい使用人候補ですよ」


 ミランダが言う。


「はっ?」


「「だから新しい使用人候補ですよ」」


 今度は2人一緒に答えた。


「いやっ……聞こえてはいる。俺が王都を出たときはいなかっただろう。失礼だが……どこで拾ってきたんだ?」


 動揺からか目は泳ぎ、手も声も震えている。失礼と言いつつ思わず拾ったとか言ってしまう。


「王都です。このままではニーナが退職できないから新しい使用人を募集しているのに誰も来ない……、と坊ちゃまが困っていらっしゃったので連れてきました」


 ニーナとはミランダとアイルの孫娘であり、男爵邸で働いている使用人。彼女はトーマスの友人であるお金持ちの商人とできちゃった婚した女性で、猛アタックの末……否、押して引いて……とあらゆる手を使って見事玉の輿(できちゃった婚)に乗った策士である。


 本当は商人の嫁として結婚前から商家に入るべきだったが、今辞められては高齢者のみの使用人になってしまうと困っているトーマスを見てニーナがご主人とご主人の両親に頭を下げて、出産まで男爵家で働くことになっていた。ご主人とそのご両親もトーマスと親しい仲且つお家事情も知っていたので快く待ってくれている。



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