アグニス村の長老

康二は朝起きると自分の両腕が柔らかい感触に包まれていることに気づく。無意識に腕を動かすと



「ん\\ ぬうぅ\\」



と色っぽい声が康二の左耳に響き、ハッとして覚醒した康二は自分の左側を見るとカレンのニヘラッとしただらしない寝顔が視界に入った。次いで右側を見るとリルがばっちりと目を覚ましていてニヤリと笑ってこういった。 



「ゆうべはお楽しみじゃったのう?」



「いやいや何もしてないだろ!てか何で俺はここにいるんだ。ソファーで寝たはずじゃ」



わしが運んでやったんじゃ、カカカと言ってリルが笑う。じゃがと続けると



「お主、かなりうなされておったぞ、苦しい、1人は寂しいと言って。様子がおかしかったらカレンが心配して、一緒に寝ると言って聞かなくての。2人で撫でておったら安心して幼子のように落ち着いたから良かったぞ。」



あそこはビンビンにしておったがなとニヤニヤしながら、リルは言うと、ここで慰めてあげても良いのだぞと吐息がかかる距離まで近づいてきて耳元で囁く。



康二が顔を真っ赤にして無言になりながら、何かを言おうとした時にふと脳裏に頬を膨らました金色の目に明るい黄緑色の髪の美少女が出てくる、見覚えがないのに何故か懐かしいという感情が生まれ、困惑する康二。



「何じゃ、他の女のことでも思い出したという顔をしておるの。ウブだから童貞かと思っておったのにもうお手つきとはつまらんのう。」



「その話、我にも詳しく聞かせてもらおう。康二には他の女がいるのか?」



左側からカレンの不機嫌そうな声が響いてくる。振り向くと顔を近づけて眉間に皺を寄せた美女がいた。康二は違う、違うんだ!!と慌てて言うがもう遅い。



「何が違う?我らは戦友、いや心の友と書いて心友だろう?そんな心友に隠し事をするのか?」



いやいや戦友ではあるけど、何故か心友にランクアップしてるよ!とツッコむ康二、だがカレンの話は誤魔化せずに何故か修羅場っぽくなっていることに困惑がとまらない康二であった。



「記憶にないが、何故か懐かしい顔の女?お主の妄想の女かの?」



「我は同情するぞ、童貞を拗らせてそこまでの妄想に耽るとは。よしここは我がその女に成り代わって康二の理想の女に…!!」



カレンの声の後半はゴニョゴニョ声で何を言っているかはわからなかったが、康二は自分が馬鹿にされていることは伝わってきたのでむすっとした顔になる。



「へいへい。どうせ俺は童貞ですよ。妄想逞しい統合失調症だからな。」



とうとう康二は朝飯を食べる手を止めて、本格的に拗ね始める。ちなみにカレンが朝食を用意してくれた。黒パンと目玉焼きである。



だが、2人は聞きなれない言葉を聞いて、康二をいじるのをやめる。



「なんだそのトーゴーシッチョーショーというのは?その病魔が夜に康二を苦しめているのか?」



その言葉から、康二の夜の様子を心配しているのはわかった。康二も拗ねるのを辞めて真面目に話をする。



「それとは関係ない…はずだ。統合失調症というのは精神的な病気、いや病魔でな。幻覚や妄想に苦しむ病魔なんだ。まあある意味呪いだな。」



「関係ないと言う割には自信なさげではないか。しかし呪いとは… 長老に相談すれば何かわかるかもしれないぞ。」



「わしが思うに康二の魔力はちとおかしい。元々強大な魔力は備えているようだが、その中に闇のような黒い魔力を感じる。まるで何者かに呪われたかのようにの。」



「リル、我にもわかるように説明してくれ。それでは伝わらん。」



「仕方ないのう。康二のいうトーゴーシッチョーショーとは別に呪われている可能性があるということだ。康二、何か心当たりはないかの?」



いや、特には…と返すと2人はこう言った。一部の記憶を失っている可能性があると。確かにそうかも、いやあの女の子も記憶から消えているだけで俺の彼女だったのでは!?と叫ぶと2人に白けた目を向けられる。真剣な話をしているのに茶化すなと言われ、ごめんなさいと謝る康二であった。



村人から長老が呼んでいるぞと言われ、三人で長老の家に向かう。昨日は夜中でよく見えなかったが、結界内には小麦の畑があり、村の地面も芝生に覆われていた。


それだけではなく結界内は空気が温かく、風もそこまで吹き荒れていなかった。大荒野の中とは思えない光景だった。


村の建物は石造りの建物が多く、木造建てなのはカレンの家を含めて数軒だった。この荒野に木はなかったはずなのにどこから取ってきたのだろうかと康二は考えていると長老の家に着いた。


長老の家も木造建てでできており、村で一番大きかった。



「ほれ、入ってきなされ。」



優しげな初老で褐色の肌の背の高い老人が出てくる。だがその眼光は鋭く、背筋はピンと伸びていて武道にも通じていることが分かった。何か気押されるオーラのようなものを感じる。これが康二の異世界生で重要な出会いとなるイムニス・オルゴーンとの出会いであった。



その老人はイムニスとだけ名前を名乗った。アグニス村に来てくれたことを歓迎すると口では言いながらも目は鋭い目つきのままであった。カレンが康二はアルライト王国から来た根無し草の旅人でリルはグレートウルフの希少種だというと、目つきはさらに鋭くなる。



「それでカレンはどう思ったのじゃ??」



「それは…。康二が根なし草の旅人というのは嘘だな。私のスキルからしても目から見ても明らかだ。」



「ほうほう、それはアルライト王国のスパイという事かの?そしてそのスパイを村に入れたということは口封じをするということじゃったか。」



「それは違う!康二には何か事情があるのだ。それに心友を殺されるのをみすみす見逃すつもりはないぞ!」



そこまでカレンに庇われているのに、自分のことを黙っているのは忍びない。それに異世界に転生していきなり殺されるのは嫌だなと思って、自分の身の上をポツリポツリと話し始めた康二。異世界から転生してきたこと、神に救われてオルゴーン大荒野に来たことを話し終える。



「それはとんでもない話だな。我には信じがたい話だが…」



「ほっほっほっほ。それは迷い人というやつですじゃの。この世界は数十年に一回、こことは異なる遠い場所から旅人がやってくると伝えられておりますの。あのお方も…」



最後の言葉は康二にはよく聞こえなかったが、異世界からやってきた迷い人という存在がこの世界にいることは伝わった。



「迷い人か、わしも一度あったことがあるのう、確か勇者とやらの職業についておった。」



リルの、勇者という言葉を聞いて、イムニス長老の表情が一瞬固くなり、拳をぐっと握る。その様子を見て、康二は訝しげな表情をするが、長老の表情はすぐに戻った。



「迷い人ならば、この村は康二殿のことを歓迎する。その昔、この村や村人は迷い人にお世話になってのう。」



だが、康二殿の魔力は何か妙じゃのう。魔力の中に黒いものを感じるのじゃ、と続ける長老。だが何か懐かしい感じもするのう、とも言った。やはり、長老も感じるか… 解呪はできそうかとカレンが聞くとそれは無理じゃ、と長老が断言する。


ここまでの呪いはわしには解けん、アルライト王国にいる偉い聖教徒の高潔な聖女ならあるいは、と言って顔を顰める長老。


何か嫌なことをされたのかと聞くと何でもないのう、と濁された。その後も康二の謎の称号について、カレンが話すと長老は康二殿は魔に愛されているのかもしれんのうとだけ言った。



それからアグニス村の話について話を聞くことになった。康二がこの村に来て驚いたのは大荒野において緑地化に成功しているのだと言うと、それは少し違うとカレンが言う。



話を聞くとオルゴーン大荒野は元々は自然豊かな平原だったそうだ。そこに魔族の民が移り住んできて、一つの国ができたそうだ。しかし度重なる戦争によって、魔力汚染が広がり、平原は荒れに荒れ、荒野へと変わっていったそうだ。



やがて国は滅び、結界を貼ってその存在を隠して生きてきたのがアグニス村の住人ということらしい。だから結界内だけ自然が生き残っているがそれも限界に近いとカレンは話す。



「年々、村の作地できる面積が狭まってきていると村人から報告を受けているのだ。それは大荒野が緑地を侵食してきているのだろう。」



この村は遅かれ早かれ、近い未来に滅ぶじゃろう、と遠い目をして話す長老の姿が康二の目には印象的に映った。その話の後はしばらくはこの村でゆっくりしてくだされ、とだけ言って締めくられた。康二はどうにかできないかと考え込むのである。



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