セラの記憶

その少女は埼玉の住宅街の寂れた公園に1人漂っていた。季節は残暑が厳しい9月前半の夕暮れ、少しはぬるい風が吹くようになっていたが、まだまだ夏は終わらせないと太陽が抗っていた、そんな頃。だが少女は暑さを感じることもなく、風に髪を靡かせることもなかった。ただ悲しさと虚しさが心を包んでいて早く消えてしまいたいと思っていた。



もうわかっていると思うが少女はもう生きていない。ただ輪廻の輪に加わるのを待つだけの幽霊だ。12歳の誕生日を迎えた次の日、ワクワクとした感情に包まれていた。しかし親の目を盗んで公園に行こうとしていたところ、居眠り運転をしたトラックの運転手に轢かれて死んでしまった。当然運転手は逮捕。両親は嘆き苦しんだ。なぜ自分たちが目を離してしまったのだろうかと。だが裁判になり賠償金を得ることができると娘に起こった不幸を悲しむ気持ちが少しだけ安らいでしまった。少女は死んだ後、死んだ家で嘆き悲しむ両親の様子を見ていたが、ある時、ワインを飲みながらこれだけのお金が入り、お金の使い道は…と喋っている両親の様子を見た。そして子供ながらに理解してしまった。



『私が死んだのに、喜んでいるの…?」



少女は自分は愛されていなかったのではないかと。自分の命とお金を天秤にかけるとお金の方が良かったのではないと幼いながらに思考してしまった。一瞬でもそう思ってしまうともう家にいることはできず、いつのまにか子供の頃からよく通っていた公園に移動していた。



だが家にずっといればわかっただろう。お金が入っても娘は帰ってこないと泣きながら酒瓶を机に叩きつける父と声を殺して泣いている母の姿を。変な例えだが配信者が動画で悪意ある切り抜きをされて炎上するのと同じである。不幸なすれ違いだったが死んだ娘が幽霊として見守っていたことを知らなかったので無理はない。親子の縁は切れかけていた、が、悲しんでいる女の子の元にはヒーローがやってくるものである。



今日も少女は1人公園に漂っていた。そこに初めてみる8歳くらいの少年が1人でやってきた。親の転勤で一緒に埼玉にやってきた綾野 康二 8歳だ。そしてテレビでやっているであろう『クロレン』の主人公の真似をし始める。パンと手を合わせて



「レンキンっ」



と叫んでいた。子供のよくあるごっこ遊びだと少女は思っていた。空気が揺れるまでは。



「つっ!?」



一瞬だがビリビリと公園内の空気が揺れた。それをしたのはあそこでごっこ遊びをしていた少年だと確信していた。他の人間にはない白いオーラが一瞬だが発現していたからである。少女は悲しみと虚しさしかなかった心の中に興味という不思議な感情を抱いたのであった。



今日も公園に少年と少女がいた。康二がいつもの錬金ごっこをしているが、今日はいつも以上に集中しているようだ。



「まあ成功するわけないけどね。でも可愛いわ。弟がいたらこんな感じなのね」



今日はベンチに腰掛け、膝に頬杖をついて、微笑ましそうに見守っていた。それが起きるまでは。



バリバリと空気が揺れる音がする。それは静かな公園に鳴り響いていたので隣の家の人が車でも通ったのかしらと思うほどだ。



「あの子の集中具合が尋常ではないわ… それに白いオーラが立ち昇ってる。これはまさかっ!?」



少年がレンキンっ!と叫ぶとバアアアアアアンと空気が割れる音がした。そして少年の手から火花が散り、地面から土が盛り上がって棘になろうとする。康二がやったと叫ぼうとした時、時が止まったのを少女は感じる。



「全く子供の想像とは困ったものだ。『世界』の理を曲げるとはな。」



天から声が響き、身長が2メートルはあろうかというただ存在感がある男が空から降りてくる。



「む、この公園内が異界になっているではないか。なぜ…??まさかそこの子供がっ!!」



これではいかん。しかもこの子供。異界の力を宿しておる。修正せねば、修正せねばと様子がおかしくなる男。どこの力だと子供に触り、むうと唸る。これはっと叫ぶとまずいまずい修正せねばとまた呟く。



何か様子がおかしい事に気づいた少女。そしてその男は何かを口の中で唱え、黒く濁ったおどろおどろしい大剣を生み出す。これは拙いと少女は悟り、ベンチから駆け出して、その足で少年の前に飛び出して、両手を横に広げる。



「あなた、何してるのよ!その大剣でこの子に何する気?あなた神様なのに、人殺しをするなんて正気じゃないわ!!」



「む、この公園には子供が1人しかいなかったはずでは…?いや生きてはいないな。死に損ないの子どもはどこかに行け。」



「どこにもいかないわ!あなたがここから立ち去るまでは!」



面倒だ、と呟き、ここでお前も消してやると告げて、その瞬間には大剣が少女の目前に迫る。少女は声を出す暇もなく、頭から剣に貫かれそうになったところでなぜか剣の動きが止まる。



「これは…!?どこかからか見られている。まさか他の神域の神なのか。これでは修正できない。まずい拙いマズい」



髪を掻きむしり、修正できない修正できないとうめきながら地面に頭を伏せた。



『なんなの、こいつは。本当に神なのかしら。正気じゃないわ。』



少女はこの男は生理的に受け付けないと感じ、冷や汗を流した。こんなのが地球の神なの…?と 何かおかしいと感じているうちに、男はゆらゆらとしながら立ち上がってこういう。



「そうだ、死にたいと思わせればいいのではないか、この子供から。」



「『世界』はお前を拒絶する。いやこれでは足りんか、ならばこれもやる!」



いきなり、少女が立ち塞がっている康二の反対側に回り込み、大剣を胸に押しこみ、絶望よ芽吹けと唱えた。そしてその黒い大剣を康二の体の中に埋めた。康二の体は黒く光り、闇に包まれる。これでいいと男は呟き、この子供は数年で死ぬと言い残して消えた。



そして時は動き出す。少女が急いで後ろを振り返ると康二は倒れていた。頭に大粒の冷や汗を流して。



少女はなんとかしなければ、と考えて、自分はいつも浮いていたはずなのに、今日だけ、足が地面についている事に気づく。そして自分の体に不思議な力が満ちている事に気づいた。これなら、と少女は思い立ち、テレビで見たフリフリの服を着た魔法少女が癒しの力を使っているのをイメージして



「いたいのいたいの飛んでけ〜!!」



と叫んだ。そうすると不思議な光が少女の体から移動し、康二の体を包んでいった。

康二は苦しそうにうめいていたが、光が消えた後、すっきりとした顔に変わっていた。どうにかなったと安心する少女だが、小学一年生が言うセリフじゃないか顔を赤くする。どうにか少年に聞かれていないことを祈ったが、目を覚ました康二は。



「あれ?お姉さん誰?でもさっきすごい頭痛かったんだけどお姉さんが恥ずかしいことを言ったら治っちゃった。」



と言ったので、顔を真っ赤にした少女は少年を殴った。グーパンチである。



その後、康二と少女は仲良く公園で遊ぶ様になっていた。不思議な事に康二は神様に殺されかけた事を覚えていなかった。自分がされた事も。不思議に思った少女だが、何回話しても康二はその事実だけ忘れてしまうのだった。いつからか少女は説明しなくなっていた。



康二は『クロレン』ごっこをやりたがり、しょうがないわねと言いながら少女は『クロレン』のヒロイン役を任されてご機嫌に遊んでいた。康二はよくレンキンと言いながら、錬金術に挑戦していたが、成功することは無くなっていた。だがそれでいいと少女は思った。もう危ない目に遭って欲しくないと。いつからか年下の康二に恋をしていたのだった。



『クロレン』ごっこが一息ついた頃、康二は無邪気に、お姉さんいつも公園にいるけど、家に帰らないの?と聞く。少女はいい機会だと思い、康二に自分はもう死んでいることを話していく。そして親は自分よりお金が大切なんだと話し終えた。



康二は最初は驚き、最後に難しい顔をして聞いていたが、むすっとした顔で少女を見ると、違うと言った。子供が死んで悲しくない親はいない、と。



少女は俯きながら、でもと言うと



「でもじゃない!!俺が確かめてきてやる!!!」 



お姉さんも行くよ、と強引に手を掴まれ公園から連れ出される少女。いつしか公園から出れずに地縛霊とかしていたが、康二と接するときは実体化できるようになっていた。康二と一緒に入れる、そう考えると自然と嬉しくなっていたが、すぐに親の事を思い出すと心が暗くなる。だが康二は行くといって手を掴んだままなので、仕方なく家を教えた。



ピンポーンとチャイムを押すと、女性の声でどちら様ですか?と声が帰ってくる。康二が少女の方を見るので、少女は意を決して、お母さん…と呼びかける。するとガタガタガタと家の中から音がして、少女の母が出てくる。雛!!と少女に呼びかける。お母さんが涙を浮かべて少女の体を抱きしめようとするが、体を擦り抜けてしまう。だが、康二が少女の手を掴んだことで少女は実体化して、次は抱きしめ合うことに成功したのだった。



その後、父親とも感動的な対面を果たし、少女と家族がお互いの近況を喋ったところで、康二が実はね、と少女にされた話を切り出す。



聞いていたのか、と驚く父親。その反応を見て、やっぱり私よりお金の方が良いんだと少女は出て行こうとしたが康二は手を掴んで離さない。



「離して!!信じてたのを裏切られるのはもう嫌!!」



「離さないよ。雛ちゃんのお父さんがやってること、俺テレビで知ってるんだ。」



「それが何よ!どうせ裁判で得た賠償金で遊んでるんだ!だってお父さんは働いてたのに今は平日から家にいるじゃない!それが何よりの証拠よ!」



違う、と言って話そうとする康二に、それは私から話すよと言って少女のお父さんがあの時お金のことを話していたのはお金の使い道についてなんだ、と。



「お母さんに相談していたんだ。雛のような子を出さないために、トラックドライバーの待遇を改善しようとしてるんだ。国に裁判を起こしてね。そのためにはまたお金が必要になる。」



今のトラックドライバーは激務で休む暇がない、だから居眠り運転をしてしまう。それを改善するために、もっとドローンによる自動配達や新幹線に荷物を乗せて運べるような仕組みを作るように働きかけていくと語っていた。後は会社毎に1日には運ぶ荷物の量を取り決め、それで収入が減った会社に国から補填をさせる、そんな政策も提案してみるつもりだと語った。夢物語と思われてもいい。それでも自分が死ぬまでにはやり遂げてみせると言い切った。



子供には難しい話だったが、自分の父親が真剣に話しているのは伝わってきた。嘘をついていない事も。そしてまたお互いに涙ぐんで、また抱き合った。少女は抱き合いながら康二の方を向いて



「康二、ありがとう。あなたのおかげでお父さんやお母さんにまた会えたし、話を聞いてお金の話は誤解だったってわかった。これも全部康二のおかげ、私が生きてたらお嫁さんになってあげてもよかったんだけど、私は死んでるから。」



でもこれはあげれるわ。とふわりと康二の前に行って、あっち向いて?と何もない方をさす。康二が不思議そうにそちらに視線を動かして、頬が少女の方に向いたところで少女はそっと唇を近づけて頬にキスをする。



康二がびっくりとして顔を動かそうとするが少女は康二の顔を掴んで離さない。そしてそっと唇を離して、じゃあこっちにも… と康二の真っ赤な顔を正面に向けて… 康二から唇を近づけると… 少女は目を瞑り… お互いに唇をつけるフレンチキスをした。



不思議に思われるかもしれないが、これが康二の住んでいる日本では、これが親愛の情を伝える方法だ。最初に頬にキスをするときは女性から、あなたのことが好きですという意思表示。そして男性からキスを唇にするとそれの承認となる。ちなみに少女の両親は笑ってこの様子を歓迎していた。最初はお父さんが止めようとしたのだが、お母さんに腕をつねられ、小声で笑えと言われ、仕方なく笑みを浮かべるようにしたのだった。母は強し。



お互いに体を離して、笑い合おうとしたとき、異変が起きていることに気づいた。体が動かないのである。そしてまたヤツがやってきた。



「ふん、子供と死に損ないが何をしているかと思えば大人の真似事か。だが都合がいい。今はこの死に損ないもこちら側の次元にいるのだからな。それならば邪魔はされんからな。」



幸い目だけは動かすことができたので、横目でお互いに神を睨む。康二はこの瞬間だけは公園で起きたことを思い出すことができた。



「死者が生者と話していることは地球の規定違反なのでな。修正させてもらう。」



両親の前に神が立つと、少女の両親の頭から雛にまた会えたことが消えていく。

そして次は康二の方に立つと、康二の頭から少女に出会ったこと、一緒に遊んだこと、キスをしたことを全てわすれてしまう。



こうなってしまうと少女は誰にも知覚されなくなってしまう。そうなると実体化も解けてしまい、こちら側の次元にいられなくなってしまう。


「ふむ、順番を間違えたか。最初にこの死に損ないを消すべきだったな。」



少女は思わずかっとなって叫ぶ。



「これがあんたのやり方なの!?康二が協力してくれたおかげで皆幸せになった!それをあなたは壊すの?」



許さない、私は神を許さない、康二と私の家族から私を奪ったあなたを許さない、と言うと少女の体に変化が起きる。私の名前は雛、でも雛鳥のままでは誰も守れない。



ふと康二が自分のことを天使みたいに可愛いねと言っていたことを思い出す。まあそれは『クロレン』に出てくる台詞だということはわかっていたが。



天使、そうだ天使になろう。名前は… 1人しか知らないけどそれの方が良い。でも天使じゃ神様は殴れないか、じゃあ絵本に出てくる精霊になろう、と思考している内に、まばゆい光に包まれていく。



背中から2対の4枚の天使のような羽が生え、明るい黄緑色の髪色に金色に輝く目が神を睨みつける。



「死に損ない、貴様のその姿はなんだ!?」



「貴様じゃないわ。私の名前はセラフィム。康二にはセラって呼んでもらおうかしら」



「貴様、天使の名を騙るなどど、どれほど不敬なことかわかっているのか!」



「知らないわ。神も天使もあなたみたいなのしかいないんでしょ?だったら勝手に名前くらい使っていいじゃない。」



「貴様ぁあああああああ!」



「その前に康二の体に埋め込んだ危なそうな大剣を使わさせてもらおうかしら。」



「それは、まずい、修正される修正される修正される修正される。」



神は急に震え出すと、あっという間に消えてしまった。セラはそれを見て、ふぅと息を吐くとどっと疲れを感じてしまう。だがこれでいい。康二を守れる力を手に入れたのだから。


だが悲しいことが一つある。精霊になった事によって康二に知覚されなくなてしまったのだった。だがそれでもいい。いつか消える幽霊よりもずっと一緒にいられる精霊の方が良いのだから。康二にもう一回キスをして微笑むセラであった。



セラは時が動き出し、なぜこの家にいるのかわからない康二と両親を見て苦笑するのであった。



そこからはセラにとって怒涛の日々だった。康二が自分の家に帰るのでついていくと康二の家族は自分の家族ほど暖かくないことに気づいた。夜には大粒の汗を流して、魔力の暴走に耐えていることを知った。クロレンごっこが好きなのは他に遊ぶ友達がいないから。



康二が絶望に陥って死なないようにできることはなんでもしたつもりだ。だがまだ足りない。あのクソみたいな神が残した大剣は引き抜こうとすると康二が苦しそうな声を出すので中止せざるを得なかった。回復だけでは足りないとわかったセラは魔力を吸い出す事にした。まあ魔力以外のモノも吸っていたのだが。



そんな日々が22年続いたところで、康二は消えてしまった。自分だけを残して。原因はわかっているわ。またクソみたいな神が介入してきたのだ。激しい怒りを感じた。だがそれと同時に安堵している自分もいた。康二は限界だったし、セラも手を尽くしてしまっていた。康二の寿命はこれ以上伸ばせない。



だからラヴが康二を救ってくれたことは感謝している。魔力の繋がりがあるので康二の視界を共有していることができたのでそれを通じて様子を伺っていた。



だが康二とラヴが楽しそうに話しているのを見るとイライラが止まらなくなった。だから康二のいる領域の神域に向かって何度も精霊魔法を打ち込んだ。ラヴは何度か康二の視界を通じて自分にアイコンタクトをとってきた。神域に続く門は開ける気がないようで、自分でこいと言うことだろう。ならば行ってやろう、幸い魔力は22年分あるのでなんとか足りそうだ。そして康二の行く世界に自分も行く。最悪の場合、ラヴを殺して無理やりいこうと思っていたくらいだ。



そして今に至る。セラは生まれ変わって、また次元が上がったことに気づいた。精霊から聖霊に。



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