第59話 反逆令嬢は止まらない①

   *   *


「いい部屋ですね」

 屈強な従僕たちに囲まれて最上階に案内された俺は、監禁部屋を見回して素直な感想を述べた。


「済まない、フォンクト中尉」

 クリミネ少尉の実兄であるポルハルトイは申し訳なさそうな顔をしている。

 どうやら俺が皮肉を言っていると思ったらしい。



 俺は笑いながら手を振った。

「いえ、本当に良い部屋なので嬉しいんですよ。貧乏中尉がこんな良い部屋に泊まれる機会はなかなかありませんからね」



 おそらくロイヤルスイートルームだと思う。帝国屈指の大富豪ディネス家の本拠地の、そのまた迎賓館の最上階の客室だ。

 俺の執務室より快適そうなウォークインクローゼットや、従者用の寝室まである。



 従者用の寝室ですら、俺が前世で出張に使っていたビジネスホテルの部屋より立派だ。貴族の上級使用人は貴族や準貴族が多いので配慮しているんだろう。

「明日殺されるとしても、この部屋ならそう悪い話ではありません」



 そう笑って場を和ませようとしたのだが、ポルハルトイは溜め息をつく。

「明日、『小夜啼鳥』の者たちが来ます。手荒なことはしないよう頼むつもりですが、私には大した権限はないんです。家督は父が握っているし、当家は『小夜啼鳥』の賛同者としては新参もいいところなので」



 正直な人だな。

「お気になさらずに、ポルハルトイさん。この帝国は傾きかかっています。父君の判断は正しいと思いますよ」

 目を丸くするポルハルトイ。



「皇帝直属の儀礼大隊の将校が、そんなことを言っていいんですか!?」

「軍人は都合の悪い事実も認めねばなりません。目を背けていると戦争に勝てませんので。戦局は既に末期です。考えるべきは『帝室がいつまで持つか』と『帝室を打倒するのはどの反皇帝派か』でしょう」



 俺はそう言いながらソファに腰掛け、軍医の腕章をテーブルに投げ出した。

「正直に言うと、リーシャ……ガバデリをここに連れてきて良かったと思っているんですよ。情勢がどう動いたとしも、ここにいるのが一番安全なはずです」



「本気で言っているのですか?」

「本気ですよ。帝室が打倒されれば儀礼大隊の将校は皆殺しにされるでしょう。皇帝の命で貴族や聖職者をだいぶ処刑してきましたから。ガバデリが処刑されるのを回避できるのなら、私の命ぐらい喜んで差し出しますよ」



 本気だ。クリミネ少尉は前世の俺ほども生きていない。

 ポルハルトイはますます辛そうな表情になる。

「あなたは本当に妹を愛しているのですね」



 俺はポルハルトイの目を真正面から見つめ、まっすぐに答える。

「ええ、自分でも驚いていますよ。こんなに大事に思っていたのかと」

「だったらいっそのこと、あなたも反皇帝派になればいい。その様子では皇帝に忠誠を誓っていないのでしょう?」



 そうしたいんだけど、大隊長たちのことも気がかりなんだよ。

 だから俺は苦笑してみせる。

「一応これでも儀礼大隊の中尉として給料をもらっています。給料分は働かねばなりません。それに」



「それに?」

 俺はにっこり笑う。

「我が身惜しさに仲間を捨てて敵に寝返るような恥知らずなど、身内にしたくないでしょう。違いますか、『お義兄さん』?」

「むむう……」



 ポルハルトイは育ちの良いお坊ちゃんという感じで、会話していて気持ちがいい。成り上がり者のようなガツガツしたところはないし、平民を見下すような態度も見せない。

 そんな好人物を掌の上で弄んでいると、自分が任務に失敗して囚われの身になっていることを忘れそうになる。



「私のことは心配なさらずに。ユオ・ネヴィルネルとは会ったことがありますし、彼女を助けたこともあります。いきなり殺されたりはしないでしょう」

 もっとも末端の連中は俺を憎んでいる可能性もあるので、護送中に殺される可能性はまあまあある。できれば逃げたい。



 だがそれを悟られてはまずいので、俺は何も心配していないような顔をする。

「私のことよりも、ガバデリを労ってあげてください。彼女は儀礼大隊が好きだと言っていました。大隊長も中隊長も同性で、いつも優しくしてくれると」



 俺は思うんだが、クリミネ少尉みたいな変わり者を受け入れてくれる部隊なんて帝国全土を探しても儀礼大隊しかないと思う。

 そんなことを思うと、ついフフッと笑ってしまう。



「あの子は少し……いやかなり変わっていてメチャクチャです。一緒にいると驚くことばかりでした」

「すまない、うちの兄妹の中でも一番変わってるもので……」

「ですが、こうして引き離されてみると、あのメチャクチャさが好きだったんだなと気付かされるのですよ」



 考えてみると、コンビを組んでからは常に一緒に行動していた気がする。俺はずっと居心地の悪さを感じていたが、なんだかんだで馬は合っていたようだ。

「もしまたここに来ることがあれば、正式に婚約の申し入れをさせて頂きます」

「私は歓迎しますが……その、父が認めなかったらどうするおつもりですか?」



 俺はニヤリと笑った。

「そのときは奪い取るまでです」

 ポルハルトイは俺の顔をまじまじと見つめ、それから長い長い溜め息をついた。



「ああ、なるほど……妹が惚れる訳だ。同じ匂いがしますよ」

 嘘だろお義兄ちゃん!? あいつと同じは嫌だよ!


   *   *


 リーシャ・クリミネことガバデリ・ディネスは、本宅の離れに幽閉されていた。

「ガバデリお嬢様の監視は気が進まんな……」

 ディネス家衛士の制服を着た男たちが三人、本宅へと通じる廊下で溜め息をついている。制服は軍服を模したもので、実質的にはディネス家の私設軍隊だ。



「昔からお嬢様はやることがメチャクチャだからな」

「古参の人たちみんなそう言ってますけど、そんなに酷いんですか?」

「タガが外れてるからな。自分が死ぬことなんか気にもしてない様子だった」



 ベテランの衛士が制帽を脱ぎ、白髪混じりの頭を掻く。

「ま、とにかく油断はするな。窓から飛び出すぐらいのことは平気でやるぞ。士官学校で鍛えられた分、子供の頃よりも遥かに無茶をするはずだ」



 顔を見合わせる若手の衛士たち。

「思ったよりだいぶヤバそうだな」

「そうだな。手荒なことはできんし、動き出す前に止めないと厄介そうだ」



 そんな会話をしているところに、話題のガバデリお嬢様が現れる。監視役の侍女たちを伴っていた。

「警備のお勤め、ご苦労さまです」

「これはお嬢様」

 サッと敬礼する衛士一同。



 着飾った令嬢は少し心配そうな顔をしている。

「フォンクト中尉殿は御無事でしょうか?」

「申し訳ありませんが、それはお答えできません」

 ベテラン衛士が答え、ふと苦笑してみせる。



「と言いますか、担当する建物が違うので本当に知らないんですよ。若君は穏やかな方ですから、乱暴なことはしてないと思いますが」

「それなら少し安心しました。ありがとう」



 ガバデリは落胆した様子だったが、そう言って微笑む。

「差し入れを持ってきました。こちらを」

 彼女の言葉に、侍女たちが銀のトレーを差し出す。ワインボトルと人数分のグラス、それに何かの乾物が載っていた。



「これは?」

「ブリュアン地方の八年物と、キノコの乾物です」

「おお、上等なワインですな。いやいや、警備中に酒は飲めませんよ」



 そう答えるベテラン衛士だったが、ここにいる三人で分けて飲めば大した量ではないことは一目瞭然だった。

(酔い潰そうって魂胆だろうが、見積もりが甘いな。俺たちを酔い潰したところで、侍女たちが見張っているだろうに)



 侍女たちは無言でうなずき、こちらに目配せしている。「無駄なあがきだから好きにさせてやれ」ということらしい。

 ボトルには醸造元の封蝋が施されているので未開封だろう。ワインに一服盛られていることはなさそうだ。



「この乾物は大丈夫なんですかね?」

「帝都の方で採れる普通のキノコです。美味しいですよ」

 ガバデリはキノコの乾物をつまみ、もぐもぐ咀嚼し始めた。立ったまま手づかみで食べるお行儀の悪さは相変わらずらしい。



 そしてカッと目を見開く。

「うわ、なにこれ!? ほんとに美味しい!?」

(自分で美味しいですよって言ってたのに?)



 ベテラン衛士は困惑したが、これこそがガバデリお嬢様なので今さら気にしても仕方がない。

「うっま! 手が止まらないんだけど!?」

 衛士たちそっちのけでキノコをむしゃむしゃ食べている令嬢が妙に気になり、ベテラン衛士は警戒心を解く。



「ええと、お相伴に預かってもよろしいんで?」

「あっ、そうでした。どうぞ」

 口いっぱいにもぐもぐ詰め込んだガバデリお嬢様がスッと下がり、もぐもぐしながら優雅に微笑む。冬眠前のリスみたいだなとベテラン衛士は思った。



 ガバデリお嬢様はすがるような目をしてくる。

「この差し入れは心付けですので、もしフォンクト中尉殿の情報が入ったら伝えられる範囲で教えてください。お願いします」

 ぺこりと頭を下げるガバデリお嬢様。



 ベテラン衛士はそれを意外な気持ちで見つめる。

(あのおてんば嬢ちゃんが、俺たちみたいな下級使用人に頭を下げるとはな。旦那様が見たら褒めるか叱るかわからんが、まあ悪い気はせんな)



「どうします、先輩?」

 若手の衛士が不安そうに尋ねてきたので、ベテラン衛士は頭を掻く。

「しゃあねえ、お嬢様の心付けを無碍にしちまうと若様からの心象が悪くなるかもしれん。この程度の酒で酔うこともないだろうし、まあ戴いておけ」



 ベテラン衛士はそう言って苦笑し、乾物を一口つまんだ。

「うっま!」

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