第54話 小夜啼鳥の声①

   *   *


 帝都に戻った俺は「ユオ・ネヴィルネルは既に逃亡した可能性が高く、街道の封鎖よりも情報収集に人員を割り振った方が良策」みたいな手抜き報告書を提出し、後は情報収集と連絡業務に精を出していた。

 俺の予想が合っていれば、いずれユオが動き出すはずだ。それに備えないと。



 しかし秘密警察としての儀礼大隊はますます任務が増えていき、歩兵を率いての巡察や捜査が連日のように続く。

 おかげで俺たちは帝都からほとんど身動きできなくなっていた。



 地方では身分制度に基づいた格式ある処刑も難しくなり、自害や決闘という形で貴族の体面を保つことも減ったらしい。あれって地味にめんどくさいからな。

 だが貴族を平民同様に銃殺刑や絞首刑にすると、どうしても遺族の反感を招く。刑死した身内がいるだけでも不名誉なのに、処刑方法がそれではメンツが立たない。死活問題だ。



『甥が謀反の嫌疑で自裁を命じられましてな。毒杯を仰いだものの、量が足りずに翌朝まで悶え苦しみ、見かねた使用人が猟銃で射殺したそうです』

『自裁ならば貴族としての名誉は守られて当然でしょう。あまりにもむごい』



『以前ならば帝室儀礼大隊が来て万事滞りなく処理してくれたそうですが』

『派遣する余裕がないのでしょう。帝都で不穏分子を狩るのに必死だとか』

『帝室も落ちたものですな』



『おまけに甥は潔白だったことが後日証明されました。いかに陛下の御裁断とはいえ絶対に許せません』

『これでは反皇帝派が勢いづく訳だ。嘆かわしい』

『我々もそろそろ考えを改める時期かもしれませんぞ』



 遠くから聞こえてくるのはこんな話ばかりだ。もちろん表向きは、誰もが皇帝に忠誠を誓っている。だが本心はわからない。

 まずいなと思いつつ数ヶ月が過ぎた頃、俺は大隊長室でこんな質問をされる。



「なあお前、『小夜啼鳥』について何か知ってないか?」

 急に博物学に目覚めた訳でもないだろうから、俺は大隊長に苦笑する。



「前に報告したでしょう。ユオ・ネヴィルネルの去り際の言葉ですよ」

「ああ、そうだった。いかんな、歳のせいか忘れっぽくなってきた」

 金髪をわしゃわしゃさせている大隊長。



「御多忙だからですよ。まだ若いのに勝手に老け込まないでください」

「そう言ってくれるのはお前だけだ」

 いやまあ俺、前世分も合わせると大隊長より年上だし。まだまだ可愛いお嬢さんの範疇だし。



 とはいえ本当のことを言う訳にもいかず、俺は適当にごまかす。

「それで『小夜啼鳥』がどうかしたんですか?」



「ああ、気になる噂をいくつか耳に挟んでな。反皇帝派に『小夜啼鳥』と呼ばれるグループができたらしい。同じ時期に貴族や高位神官などがまとめて消息不明になっている。反皇帝派の疑惑が持たれていた連中が多いな。第三師団の将校も複数いる」

 来ちゃったよ。



 大隊長は机に腰掛けて足を組むと、眼鏡をクイッと押さえた。

「あのユオが反皇帝派の一部を掌握したのだとすれば、なかなか興味深い話だ。そういえばビュホーはなんて言ってた?」

「ああ、デコット伍長のスケッチですか? 軍医殿は検死しかしませんから、外傷の予後なんてわからないと」



 ビュホー軍医の相手は死体が大半だし、普通の患者も大人ばかりなので、幼児の傷跡が成人後にどうなるかなんてことは全くわからないそうだ。

 だからユオの身の上話が本当かどうかはわからない。



 大隊長はふむふむとうなずき、むっちりすらりとした脚を組みかえる。

「ユオの年齢を二十歳ほどとして、傷を負ったのが二歳だとすれば十八年ほど前か。あの頃は飢饉や疫病が各地で起きて、農民の反乱が多かったと聞く」



「そうですね、小官の実家もだいぶ苦しかったようです。地主が良い人だったのでどうにかなりましたが、そうじゃなければ小官は今頃土の下ですよ」

 口減らしで赤ん坊を埋めるのは決して珍しい話ではないそうだ。運が悪ければ転生直後に人生が終わっていた。



 大隊長は寂しげな目でどこか遠くを見つめ、口を開いた。

「農民の反乱のうち、いくつかには苛烈な見せしめを行ったそうだ。首謀者の処刑は当然として、他の村人も全員処刑して街道に晒したとか」

「やりすぎでは?」



「やりすぎだな。その村での農作業の経験が全部消えてしまうから、他所から農民を連れてきてもうまくいかない。ただでさえ飢饉の時期だ。逃げるヤツ、盗むヤツ、いろいろ出てくる」

 反乱を武力で抑え込んだとしても、農業生産が上向く訳ではない。問題解決になっていない。

 だから俺はそんな帝室を見限っている。



 大隊長は書類の束を机上に投げ出す。

「ざっと調べたが、それらしき事例が各地にありすぎて絞り込めそうになかった。要するに『よくある話』だよ」

「よくあってはいかんと思うのですが」



「同感だな。だがまあ、その報いはしかるべきところに向けられるべきだ。我々ではない」

 大隊長は溜息をつき、俺を見る。

「『小夜啼鳥』の一派は急激に勢力を拡大しているようだ。しかし地方での動きなので儀礼大隊では追いきれない。お前、ちょっと調べてくれないか?」



「捕まったら何されるかわかったもんじゃないんですが」

「そのときはお前のユオがなんとかしてくれるだろ」

「小官のではありません」

 なんてこと言うんだこの上官。おしりぺんぺんするぞ。



 などと実際にはできもしないことを思っていると、大隊長はフフンと笑った。

「澄ました顔でぬけぬけと言う。そこらじゅうで女をたらしこんでいるくせに」

 上官からの評価が最悪だ。



 大隊長は膝の上で頬杖を突く。

「お前、あのビュホーまで夢中にさせているそうだな?」

「誤解です」

 なんもしてねえよ。表の身分が軍医だから上手な偽装方法とか教えてもらっただけだよ。



「あいつが死体以外のものにあれだけ興味を示してるのは初めて見たぞ。お前が死体じゃなければの話だが」

「まだ生きてますよ」

 一度死んでるけどね。言われてみると、どこか死人っぽさはあるかもしれないな。



「だがまあ、ビュホーの気持ちもわかる。お前みたいに清潔感があって有能で紳士的な男は貴重だからな。私はクリミネ少尉とくっつけたいと思っているのだが」

「クリミネ少尉のことは嫌いではありませんが……」



 なんか変なヤツだけど、彼女が命がけで俺の相棒をしてくれているのは理解している。嫌いになれるはずがない。

 というかまあ、割と好きではある。単純接触効果というヤツかもしれない。



 大隊長は楽しそうに笑う。

「あいつとこれだけ行動を共にして嫌いにならないのなら、相性は抜群だろう。普通は十日も経たずに放り出す」

「小官は忍耐強いので」

「あははっ!」

 そんな笑い方できるんだ、この人。



「よし、それならクリミネ少尉と二人で帝国南部の反皇帝派の動きを探ってこい。特に『小夜啼鳥』の一派を重点的にな。通常の巡察や捜査はデコットに引き継がせる」

「命令を受領しました。ただちに出立します」

 一人じゃ不安だけど、クリミネ少尉が一緒なら……いや、ますます不安になってきたな。



 だが彼女と一緒なら、どこに行っても無事に帰ってこられる気がする。

 いや、ちょっと違うな。

 もし無事に帰ってこられなくなったとしても、彼女と一緒なら悔いはない。彼女を残して死ぬのは嫌だし、彼女だけに死なれるのも嫌だ。



 ふと気づくと、大隊長が俺をじっと見ていた。

「クリミネ少尉を無事に連れて戻るのがお前の責任だ。それを忘れるな」

「肝に銘じます」

 そうだな。気をつけよう。

 だけど彼女と一緒だと死ぬのも楽しそうだから困るんだよな。

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