第53話 亡霊狩り⑦
* *
「『小夜啼鳥』が戻りました」
「よろしい。ここに呼べ」
薄暗い広間に声が響く。
中央の大テーブルの上を男たちの声が行き交う。
「北部のカヴァラフ地方に続き、南部でも首尾よく使命を果たしたか」
「帝都から帰還した後も、各地で有力な賛同者を多数獲得している。大した小娘だよ」
「あのときはまさか包囲網を突破するとは思わなかったが、あの馬車を手配したのは誰だったのだ?」
「帝都の協力者だそうだ。だがあれ以降、動静が掴めない空白がときどき生じている」
百の言葉よりも雄弁な沈黙が場を支配した。
そして誰かが口を開く。
「今の『小夜啼鳥』はよく働いてくれた」
「ああ。だが少々、さえずり過ぎたな」
「ここらで不確定要素は取り除いておくべきだろう」
「帝都での地盤を固め終えた以上、今後は従順な無能の方が扱いやすい」
話題はすぐに別方面に移る。
「そろそろ他の反皇帝派を帝都から排除しておきたい」
「儀礼大隊あたりに匿名で告発すれば掃除してくれるだろう」
「こちら側が巻き込まれるとまずい。金を握らせて抱き込み、帝室打倒後に排除すればよかろう。次の『小夜啼鳥』の初仕事だな」
広間の大テーブルに着席しているのは、貴族や準貴族らしい風体の男たち。上級将校や高位神官も何人かいた。
窓際やドアには銃剣つきのマスケット小銃で武装した衛兵が配備されており、厳重な警備が敷かれている。
そこに一人の若い娘が入ってきた。ユオ・ネヴィルネルだ。背後には数名の衛兵が控えている。
「ユオ・ネヴィルネル、ただいま戻りました」
「その名はここでは使うな。力を持つ言葉は慎重に扱え」
高圧的な声が響き、ユオは頭を下げる。
「失礼いたしました」
「報告を聞こう」
冷たい声が響き、ユオはうなずく。
「はい。南部での同志獲得ですが、新たにジューダン市教区大神官と海軍のフリドルフ提督、ならびにマカラン家とディネス家より内応の承諾を獲得しました。具体的な交渉条件などは今後、密使を立てるとのことです」
彼女の言葉に一同が次々に言葉を発する。
「事実なのだな?」
「うむ。フリドルフ提督からは既に密使が来ている」
「大神官からもつい先ほど密書が届いた。間違いない」
彼らの声などまるで聞こえていないかのように、ユオは頭を下げたままだ。
そして彼らもまた、ユオのことなどまるで見てはいないようだった。
「懸念であった南部にも有力な支援者が増えたな。これで南部の反皇帝派、ことにあの忌々しいワイネスブルグ公や巡礼騎士団に対しても優位に立てる」
「帝室打倒後の主導権は絶対に渡す訳にはいかんからな。他の反皇帝派は粛清せねば」
そう語り合った後、彼らはユオを見た。
「よく働いてくれたな、『小夜啼鳥』よ」
「念のため、きちんと確認しておかなくてはな」
「確かに。亡霊のそのまた亡霊などが現れては困る」
そして彼らは兵士たちに命じる。
「その女を今ここで射殺しろ」
即座にユオの背後の兵士たちが銃を構える。
だが広間に銃声が轟いたとき、倒れたのは男たちの方だった。
「うわぁっ!?」
「何をする貴様ら!」
「裏切ったのか!」
「衛兵! こいつらを射殺しろ!」
わずか数人のマスケット兵では広間にいる反皇帝派を全員射殺することはできない。一発撃てば弾がなくなるからだ。
警備のマスケット兵たちがすぐさま銃を構える。
そして迷わず反皇帝派たちを撃った。
「ぐあああっ!」
「まさか貴様たちも!?」
「どっ、どういうことだ!?」
銃声が止むと、マスケット兵たちは銃剣を光らせながら反皇帝派たちに突撃する。
椅子や同志の骸を盾にして、必死に抵抗する反皇帝派たち。
「やめろ! やめてくれ!」
「こんな真似をしてただで済むと思……」
叫び声が広間に響き渡るが、マスケット兵は一糸乱れぬ統率で銃剣刺突を繰り返した。叫び声は急激に弱まり、数が減っていく。そして静かになる。
より正確に言えば、静かになるまで突き刺し続けた。
広間にいる生存者全てがユオに向き直り、直立不動で最敬礼する。
千の言葉よりも雄弁な沈黙が流れた。
ユオはその沈黙の上に立ち、倒れ伏して血を流す貴族たちを見下ろす。
「結局、この方々も帝室と大差ありませんでした。自分たちが支配者になりたいだけで、私たち平民の命など何とも思わない権力の亡霊です。反皇帝派同士で争う限り、帝室を打倒しても何も変わらないでしょう」
外から乾いた銃声がパンパンと鳴り響き、悲鳴が聞こえてくる。反皇帝派の従者たちを制圧しているのだ。
やがて海軍の青年少尉と老神官が現れる。
「ネヴィルネル様、申し上げます。この古城は完全に制圧しました。御要望通り、威嚇射撃だけで片付けましたよ。双方に死傷者なし。捕虜は俺の部下たちが見張っています」
「ありがとうございます。捕虜の方々には私から説明しますので」
「ははっ、また味方が増えちまいますな!」
「なあに、それに越したことはありませんぞ。なんせ『流した血は自らが背負う』と教典にも書いてありますからな。もうすぐ神に召される歳なのに、これ以上背負いたくないわい」
楽しげに笑う青年少尉と老神官。
それに応えるようにうなずいてから、ユオは衛兵たちに視線を向けた。
「私はもう亡霊の傀儡ではありません。あなたがたもそうです。ここからは私たちの好きにやらせてもらいましょう。一緒に来て頂けますか?」
返り血にまみれた兵士たちがニコッと笑った。
「もちろんですとも、ネヴィルネル様」
「こいつらの命令に命を懸けるのはまっぴらですがね、あなたの命令なら皇帝だってぶん殴ってやりますよ!」
「やりましょう、ネヴィルネル様! 俺たちの未来のために!」
ユオは微笑みながら深々と一礼し、彼らに次の指示を与える。
「ありがとうございます。ではユザイア神官長様は、遺体の供養と埋葬の手配をお願いします。マティス少尉殿はフリドルフ提督と巡礼騎士団に通達を。『小夜啼鳥は空に』と」
「はっ!」
戻れない戦いが始まろうとしていた。
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