第51話 亡霊狩り⑤

   *    *


 俺たちは場所を変えることにして、宿場町の食堂から隣の宿屋へと移った。さっきの巡察部隊の中尉が戻ってくると厄介だ。

 見張りをデコット伍長たちに任せることにして、俺とクリミネ少尉でユオの尋問を行う。



「儀礼大隊の制服は使うなと言ったはずだが」

 約束違反は事実なので、俺は改めて彼女に問いただす。事情はわかるが、まずは筋を通してもらわないと困る。



 案の定、ユオは申し訳なさで消え入りそうな顔をしていた。

「すみません、約束を違えるつもりはなかったのですが……」

「わかっている。追い詰められて他に選択肢がなかったんだろ?」

 俺は苦笑し、客室のカーテンをそっと閉めた。別の巡察部隊が見えたからだ。



「反皇帝派が儀礼大隊の制服を用意したのは、女性将校が多くて外回りの任務が多いからだろう。どう見ても潜入ではなく逃走用だ。今の君がそれを手放して逃げ延びられるとも思えない」

 女性の一人旅自体がかなり人目を惹くし、危険も多いからな。



 しかしクリミネ少尉は不満そうだ。

「でも私の名前まで使うことはないじゃないですか。顔だってぜんぜん似てないでしょう」

「似てたら偽っていいのか?」

「そういうことじゃないですけど」



 ぶーぶー文句を言ってはいるが、クリミネ少尉もユオを逮捕する気はなさそうだ。だいぶ怒ってはいるが。

 するとユオが頭を下げる。



「儀礼大隊の若い女性将校のうち、なりすましても違和感を持たれづらいのがクリミネさんだったのです」

「そうなんだ?」

 この子、儀礼大隊屈指の問題児だからな。着任前から近衛師団の将校とトラブルを起こしていたし、とにかく言動が物議を醸す。



 だがそれを指摘するとまためんどくさいことになるので、俺は知らん顔をしてうなずいておく。

「君に悪意はないだろう。余裕がなくなれば誰しも身勝手になるものだ。俺たちだって例外じゃない。だが君が約束を守ってくれなかったせいで、俺たちにも余裕がなくなってきた」



 調子に乗ってると逮捕しちゃうかもよ。その程度の脅しは滲ませておく。

「君は軍人のことを何もわかっていない。少尉程度の下級将校でも、下士官の一人ぐらいは連れ歩くものだ。女性ならなおさらな」

 なんせ治安悪いからね。それに将校は多忙だから、マネージャーや付き人となる部下は必要だ。



「おまけに徒歩でとぼとぼ歩いていく将校なんか見たことがないぞ。目立ってしょうがない」

「乗馬は苦手なんです」

「だったら軍人に変装するのは諦めた方がいいな。サーベルの吊り方も素人丸出しで、どこからどう見ても不審者だ。君の上司はそんなことも教えてくれないのか?」



 俺が大仰に溜息をついてみせると、ユオは悔しそうな顔をする。

「そうです」

 ようやく意味のある情報を引き出せた。彼女は独立行動中の工作員みたいなものだろうが、司令部との指揮系統が途絶しているらしい。



「ちなみにその軍服、どうやって手に入れた?」

「協力者に迷惑がかかることは言えませんが、これは『上』からではなく『横』からの支援です」



 現地協力者の厚意、といったところだろうか。軍服の調達だから、要塞の主計科が怪しいな。クリミネ少尉に脱脂綿を支給してくれたのも要塞の主計科だ。

 ま、そっちはしばらく泳がせておこう。風向きが変わったら恩を売りつけるのもアリだしな。俺は裏切り者になってでも生き残りたいんだ。



 そんな腹黒い算段は心の奥底にしまい込んで、俺はあくまでも真面目に言う。

「俺たち儀礼大隊にも捕捉されてしまったし、君はもう反皇帝派の象徴として十分な活動はできないだろうな。このまま元の自分に戻って遠くに逃げてしまったらどうだ?」



「それはできません。あなたの前で言うのも変ですが、私は帝都で多くの同志を得ました。彼らを説得した私が逃げてしまったら、同志に対する裏切りになってしまいます」

 変なところが律儀なんだよな。陰謀に向いてるのか向いてないのかよくわからない。



 とはいえ彼女がどこまで本心でしゃべっているのか俺にはわからないから、話半分に聞いておこう。何もかもが演技という可能性だってある。彼女は敵だ。俺は士官学校で敵を信用しろとは教わっていない。



 さて、どうしたもんか。

 ここで情に流されてしまっても別に構わないが、あいにくと今は余裕がない。使えるものはなんでも利用させてもらおう。

 考えておいた策の中から、この状況で使えそうなものを選び取る。



「約束違反の埋め合わせという訳ではないが、不躾な質問をいくつかさせてもらう。君のその傷、どこで付けられた?」

「物心つく前に、母親ごと銃剣で貫かれたと聞いています。両親はその場で殺されましたが、生き延びた村人の手で私は助け出され、近くの神殿に預けられました」



 事実かどうか確認しといた方がいいな。

「うちの男性下士官に古傷を見せてやってくれないか? 胸は見せなくていい」

「わかりました」



 クリミネ少尉の頭髪がざわついているんだが、あれどうやってるんだ。

「胸……?」

 そこはほじくらなくていいから。時間は有限なんだ。



「デコット伍長は映像記憶、つまり見たものを見たままに記憶する特技を持っている。絵も達者だから、古傷をスケッチしてビュホー軍医に診てもらう。彼女は外科医だ」

「ああ、この人の話が本当かどうか判断できるかもしれませんね」

 納得した? じゃあその威嚇ポーズやめて。



 デコット伍長が文書偽造に長けているのは、文字情報に引っ張られずに画像として書き写すからだ。ちょっとした誤字やインクの微かなシミまで完全に再現してしまう。

 偽造防止のために意図的にそういう痕跡をつける者もいるが、デコット伍長は全部再現してしまうので通用しない。



 ただ、この能力のせいで彼は文字を読むのが苦手だ。映像モードから識字モードに頭を切り替える必要があるという。

 映像記憶は人間が進化の過程で手放した能力なので、文字や言語のような文明の産物とは相性が悪いんだろう。たぶん。知らんけど。



 とりあえず進化のところは省いて、クリミネ少尉にはそう説明しておく。

「なるほど、これならどんな情報でも持ち帰れますね……」

「いや、そんなに万能じゃないけどな。彼も生身の人間だ」



 俺はそう言い、ユオを見る。

「他にもいくつか記録を取らせてもらうぞ。君にとっては屈辱的だろうし、また不利にもなるだろうが、まさかここで文句は言うまい」

「仕方ありません。味方を危険に曝すようなことはできませんが、それ以外でしたら」

「わかった、それで手打ちといこう」



 守れない約束をさせておいて、後から取り立てる。卑怯者のやることだな。ちょっと後ろめたいが、俺も職業軍人の端くれだ。そこは割り切る。

「クリミネ少尉、この場は任せた。デコット伍長は誠実な男だが、それでも男女二人きりになるのは好ましくない」



「そうですね。不倫を疑うしかなくなりますからね」

 まだ結婚してないんだが。というか、君と結婚するなんて言ってないんだが。

 ……まあでも、断る理由もないな。俺はクリミネ少尉と一緒にいるのが好きだ。



 俺は反論せず、制帽で顔を隠す。

「俺はさっきの中尉がバカなことをしでかさないか、外で見張っておく」

「立ち会わなくていいんですか?」

 クリミネ少尉が不思議そうな顔で質問したので、俺は苦笑するしかない。



「仕方ないだろう。貴官がこれ以上ヘソを曲げると任務に支障をきたす」

「むう」

 クリミネ少尉がぷうっと頬を膨らませ、ユオが何かを理解したような表情を浮かべた。


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