第49話 亡霊狩り③
* *
ユオを追う俺たちはペンデルタイン要塞を出発する。
逃亡犯のユオが向かうと予想されているのは、ペンデルタイン要塞守備隊が街道筋に設置した検問所だ。
「ユオが要塞内部に出没した以上、要塞守備隊にユオの支援者がいるのは確実ですよね」
馬上のクリミネ少尉がつぶやくので、俺はうなずく。
「そうだ」
「そして要塞守備隊は第三師団の管轄だから、第三師団内部に他の支援者がいる可能性が高い。参謀長には海軍閥とのつながりがあるし、その海軍にはテルゼン提督のような反皇帝派が多数いると推定される……」
真剣な表情で考え込んでいたクリミネ少尉は、そこで顔を上げる。
「確かに、ユオが第三師団内部の支援者に助けられて検問所を突破する可能性は高いと思います。でも本当にそれだけで中尉殿は判断なさったのですか?」
鋭いな。君はときどき、本当に鋭い。
俺は制帽を目深に被り、深い溜息をついた。
「言っても怒らないか?」
「不機嫌にはなるかもしれませんけど、中尉殿が真面目なことは知ってますから」
ああ、うっすら気づいてるんだな。そこまでお見通しなのか。
俺は観念して正直に言う。
「ユオと会ったとき、違和感を覚えたんだ」
「どういうことですか?」
鞍を並べて歩む戦友に俺は笑いかける。
「俺が彼女の立場で儀礼大隊の制服を手に入れたら、そのことは儀礼大隊には絶対にバレないようにする。だから違う服装で俺の前に現れただろう。しかし彼女は黒い軍服でやってきた」
「力を誇示するためですよね。『私はお前たちになりすますことができるんだぞ』って」
「最初はそう思ったんだが、なんか引っかかるものがあってな。彼女は力を誇示したがるような人物には見えなかった」
とたんにクリミネ少尉がジト目になる。
「ほー……。詳しくお聞かせ願いましょうか」
「容疑者を尋問するときの目で俺を見るな」
徒歩でついてくるデコット伍長と兵卒たちには聞かれないよう、俺は声を潜めて文句を言った。だから嫌だったんだ。
「反皇帝思想の象徴である『ユオ・ネヴィルネル』の名を借りるのであれば、そいつはカリスマ的な存在のはずだ。精神的な指導者、あるいは先導者だろう。しかし会ってみた印象は真逆だった」
昨夜見たおっぱ……違う、真剣な眼差しと口調を思い出しながら俺は続ける。
「彼女は責任感が強く誠実で、自己犠牲的な精神を持っている。軍人なら下士官や将校としての適性が高い。だがリーダーの風格、一軍の将としての器は感じられなかった。カリスマ性ならうちの大隊長の方がよっぽど上だ」
「ああ、大隊長殿って女傑としか言いようがないですよね。なんか勝てないです」
「そう。『なんか勝てない』という表現はいいな。俺もそう思っている」
冷静で豪快だけど抜けてるところもあり、「俺が助けなきゃ」という気分にさせられる。刺客として差し向けられたユギ中隊長なんか、そのまま大隊長の腹心になってしまったぐらいだ。将の器がある。
「ユオはリスクとリターンを慎重に見極めるタイプだろう。だが帝国軍の要塞内部で儀礼大隊の制服を着て儀礼大隊の将校と会うのは、リスクだけが高すぎる。人物像と噛み合わない」
「そこで『俺の人物眼が間違っているのかも』と思わないところが中尉殿の凄いところですよね」
チクチク言葉やめてください。
俺は咳払いをしてごまかす。
「彼女が最初にどうやってコンタクトを取ってきたか思い出せ」
「絞首紐を枕元に置いてたんですよね」
「そう。いきなり現れるようなことはせず、押収されても困らない程度の小道具で俺たちの出方を見た。その上で安全だと判断して接触してきたんだ」
大胆に見えるが、ちゃんと慎重に距離を詰めてきた。
「最初は遊んでいるのかとも思ったんだが、会ってみた印象ではクソ真面目だな。追手をからかって遊ぶような愉快犯じゃない。慎重で堅実なのが彼女の本分だ」
「慎重で堅実な人が裸になりますか?」
「いや、それは古傷を見せるためだろうから」
見たのは事実なのでなんだか後ろめたいのだが、どうして後ろめたい気分にならなきゃいけないんだ。前世の感覚だと俺はセクハラの被害者側だぞ。
「とにかく彼女はカリスマ指導者ではなく優秀な手駒だ。帝室打倒の黒幕は別にいて、ユオは走狗として利用されている」
「それはちょっと気の毒ですね。若い女の子なんでしょう?」
「ああ、貴官と同年代だろうな。二十前に見えた。どんなに優秀でも黒幕になれるほどの活動期間は取れない」
年齢を考えると反皇帝派分子としての活動期間は長くても数年。実際は二〜三年だろう。指導者としての人脈や実績を築くには短すぎる。
若すぎる年齢と、誠実で勤勉な人柄。
つまり……。
「彼女は『作られた英雄』なのだろう。本名ではなく『ユオ・ネヴィルネル』という仮面を被せられているから、交換可能な部品でもある」
「ひどい……」
「そうだな。狡猾な連中が考えそうなことだ」
だが俺はそのとき、別のことを考えていた。
黒幕連中はユオを消耗品として使うつもりだろう。そうでなければ、大事な傀儡をこんな敵地で孤立させたりはしない。もっと本気で救出するはずだ。
確かに彼女にはカリスマ性はあまり感じられなかった。大衆を熱狂させるような派手さはない。
しかしあの若さでリスクとリターンを見極め、俺に会いに来た。
結果的に彼女は俺に逮捕されることなく、まだ逃亡を続けている。
そして俺は彼女のことで頭がいっぱいだ。
これを言うとクリミネ少尉がまた怖い顔をしそうなので黙っておく。
「彼女の口ぶりでは、黒幕の指示で俺に会いに来た訳ではないと思う。指揮系統から外れた場所で独断で動いているように見えた。それらを総合して判断すると……」
「彼女には余裕がないということですか?」
「そうだ。彼女の選択肢は限られているし、堅実な性格を考えれば予測を立てやすい」
といっても確証はないので、可能性が一番高いところに賭けることになる。将校としてはあんまり褒められたやり方じゃないな。
「俺が騙されている可能性も十分にあるんだが、それならそれで土壇場までは騙されたふりをしてやった方が相手の応手を読みやすい。だからとりあえず今の仮定で進めていく」
するとクリミネ少尉は真顔でうなずいた。
「了解しました。中尉殿の相棒として、その判断を支持します」
「ありがとう」
「人生の」
なんて?
そこらへんもう少し確認しておきたかったのだが、ちょうど目的地の検問所が見えてきた。
「愉快なおしゃべりはここまでだ。情報収集を始めるぞ」
「はい、中尉殿」
俺の読みが当たっているのか、まずは最初の答え合わせをしておこう。
* *
「儀礼大隊の将校ですか? ええと……」
検問所の責任者だという若手の少尉は、やや戸惑い気味に背後の軍曹を振り返った。
すると中年の軍曹が直立不動で答える。
「今朝がた、リーシャ・クリミネ少尉殿がお通りになられました! フォンクト中尉殿の命令を受けて単独行動中と承っております!」
「そうか、ありがとう。詳しいことは機密なので話せないが、貴官たちの協力に感謝する」
なるべく穏やかに微笑む俺。なんか悪者みたいだな。
儀礼大隊の制服を使って、クリミネ少尉になりすまして通ったか。俺との約束を破ったな。これだから敵との約束なんて信用できないんだ。
だが彼女の実直そうな人柄とこの窮地を思えば、約束を守っている余裕がなかったのだろうという推測もできる。
儀礼大隊の制服は、今の彼女にとって救命艇も同然だ。手放す訳がない。
背後を振り返るとクリミネ少尉(本物)とデコット伍長が目をまんまるにしていた。ちょっと面白い。
俺は彼女たちに告げる。
「予想通り彼女は先行しているようだな。急ごう」
「は、はい!」
いろいろ言いたいことがありそうな顔をしつつも、クリミネ少尉は敬礼した。
ここまでは予想通りだ。やはり彼女は第三師団の検問所を通って、反皇帝派の多いカヴァラフ地方に逃走するつもりらしい。おそらく今度はそっちで反皇帝派の勢力を結集させるつもりだろう。
となるとやはり、彼女にもう一度会っておきたい。
今後の情勢を見据えて、少し危険な賭けに出てみよう。大隊長にまた叱られそうだ。
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