第47話 亡霊狩り①

 要塞に到着したばかりのデコット伍長たちには、出発前に食堂で軽く腹ごしらえしてもらうことにした。

 兵士にまともな飯を食わせるのが将校の責任だと、士官学校で習ったからな。人道的な理由ではなく脱走や造反を防ぐためだが、何にせよ良いことだ。



 その間、俺は部屋でクリミネ少尉と軽くミーティングをしておく。

「ユオ捜索のために各師団から分遣隊が出されているが、この付近では近衛師団の中隊がいくつか展開しているようだ」



 するとクリミネ少尉が真顔で応じた。

「近衛師団って、帝都の外でもちゃんと動けるんですか?」

「遠征能力はあまりないが、帝都近郊なら問題ないぞ。あいつらも正規の師団だから、他の師団と遜色はない」



 近衛師団は帝室の親衛隊でもあるので地方巡察にも随伴する。決してお飾り部隊ではない。

 ただ街道から外れた場所で政治犯の捜索活動をするような訓練は受けていないので、通常の師団と比べると都会育ちのお坊っちゃん師団という印象はちょっとある。



「ただ今回の場合、彼らが展開しているのは政治的な理由だ。反皇帝派の象徴が帝都周辺に出没しているのに、近衛師団が動かないといろいろ問題になる」

「ああ、忠誠を疑われたりするんですか」



 俺たちが暗殺した海軍のテルゼン提督もそうだが、皇帝から「こいつもしかして謀反するつもりじゃない?」と疑われると非常に厄介だ。間違いなく出世に響くし、場合によっては処刑されてしまう。



 俺は軽く溜め息をついた。

「お偉いさんは帝室への忠誠心を示すために必死だ。そうなると配下の将兵たちも当然、忠誠心を示すことを最優先として動くようになる」



 上官に評価される基準が「忠誠心」という目に見えないものになってしまうと、みんな忠誠心のアピールに夢中になる。目に見える形の成果は必要ないからだ。



「他の師団も捜索活動を行っているが、本気でユオを逮捕したいと思っている者がどれぐらいいるかは俺にもわからんな」

 クリミネ少尉が呆れている。



「いいんですか、それで」

「良くはないな。目的以外のことを気にし始めると目的は達成できないんだが……」

 俺は地図を広げた。



「ユオはこの半年ほど、帝都で反皇帝派の結束を取り付けようと動いていたようだ。だが海軍のテルゼン提督が粛清されてから、帝国全土で反乱分子の取り締まりが苛烈になっている」



 俺たちが実行した暗殺計画で変な自信をつけてしまったのか、皇帝は不穏な動きをしている連中に対して強気に出ることにしたらしい。

 また余計なことをしたかもしれない。

 まあでも仕事だしな……。



「結果的にユオは帝都での潜伏がバレてしまい、脱出することにしたようだ」

「その辺、もうちょっと情報が欲しいんですけど」

「俺もそう思うが、機密だと言われてしまうとな」



 必要な情報がいつも足りないのが、帝国軍で仕事をしていて非常に困ることのひとつだ。中尉程度の将校に余計な情報は与えたくないらしい。

 要塞にまでユオが出入りしてるようじゃ、情報統制に神経質になるのもわかるけどさ。



「帝都からは街道が何本も伸びているが、各師団の縄張り争いになっていて街道ごとに担当が違う。他師団の兵が検問や巡察を行わないよう、取り決めが交わされている」

「部隊が長く延びちゃうような用兵はダメだと士官学校で教わりましたけど」

 そうなんだよなあ。



 俺は頭を掻きながら答える。

「戦術的ではなく政治的な理由だよ。例えば近衛師団の検問を突破された後、次の陸軍第三師団の検問で逮捕できたら近衛師団の立場がないだろ?」

「あー……アホですね。そんな理由ですか」

 言うなあ。



「俺も愚策だとは思うが、お偉いさんは必死だからな。途中の検問を突破されても内々に処理できるよう、街道ごとに割り当てを決めたんだろう」

「じゃあ儀礼大隊が配備されるとこなんかは狙い目ですね」



 何の悪意もなく所属大隊の悪口を言うクリミネ少尉。いやまあ、俺も同感ではあるんだが。

「実際、ビュホー軍医殿の検問所なんか存在してないのも同然だからな。他の大隊ならともかく、儀礼大隊に検問をやらせても無意味だ」



 俺たちが得意なのは古今の作法に則って格式ある処刑を実行したり、遺体を適切に処理したり、各方面に根回しして波風を立たせずに殺したりすることだ。

 政治犯の捜索なんか誰もノウハウを持っていない。



 すると部屋のドアがノックされる。

「中尉殿、デコット伍長以下二名であります」

「入ってくれ」



 少し血色が良くなったデコット伍長たちが入室してくる。さてはお腹いっぱい食べたな?

 俺は軽く笑いながら、彼に質問する。

「ちょうどいい。貴官に聞きたいことがあったんだ」

「なんでしょうか」



 俺は単刀直入に問う。

「検問所の通行証、ありあわせの材料で偽造できるか?」

「できます」

 文書偽造の専門家は即答した。



 俺はうなずき、誤解を招かないように説明しておく。

「作ってほしい訳じゃないんだが、逃亡犯には協力者がいる。在野の偽書屋にも作れるのなら、検問を突破される可能性があると思ってな。貴官なら何日で作れる?」



 デコット伍長はまたしても即答する。

「模倣する署名や印章など、必要な資料が揃っていれば夕方までには作れます。資料集めから始める場合は十日ほどが相場かと」

「そうか、ありがとう」



 通行証は提示するだけで提出はしないので偽造しやすいのだろう。チェックする者が見抜けなければ、どんなに粗雑でも本物と同じ効力を持つ。

 ユオは儀礼大隊の軍服を着ていた。準備には費用と時間がかかるものだ。あれを用意できるのなら、通行証ぐらいは簡単だろうな。



「うーむ……」

 検問所を突破してくる可能性があるので、ユオの行き先が全く読めない。どこに逃げるつもりなのかもわからないし、無理して捜索しても良い結果は出ない気がするな。



 もっとも偽造通行証を持っているとは限らないし、彼女が持っているのは儀礼大隊の士官用制服だけだ。そして儀礼大隊は将校と下士官が全員顔見知りなので、そんなものを着ていれば一発でバレる。



「儀礼大隊の検問所は通らないとみていいか」

「なるほど?」

 俺以外の全員が不思議そうな顔をしているが、説明している場合じゃないので省略する。



 儀礼大隊の制服と偽造通行証で突破を図る場合、近衛師団の検問所も避けるだろう。近衛師団は儀礼大隊を「近衛の面汚し」と思っている節があり、近衛師団の検問所をすんなり通してもらえるとは限らない。



「近衛師団の検問所も除外だな」

「そう……なんですか?」

 デコット伍長とクリミネ少尉が顔を見合わせて首を傾げていたが、やはり説明は省略する。



 俺は地図を見た。

「第三師団の……ペンデルタイン要塞所属の小隊が、街道筋の前後に検問所を構えているな」

 街道の守備のために要塞が置かれているのだから、街道筋に要塞守備隊が検問所を作るのは道理だ。



「ここから街道を北上すると第二師団の管轄になるが、こことここの分岐を通れば第三師団管轄の検問所だけ通ってカヴァラフ地方に入れるな……」

 どういう調整があったのかはわからないが、なんだか妙な感じだ。たった一本だけ、第三師団の縄張りを通って帝都から離脱できるルートがある。



「そういえば第三師団の参謀長は確か……」

「海軍高官を多数輩出しているオプテコア家の入り婿ですね。大した能力もないのに妻の実家の権勢で出世したと評判です」

 なんか見えた気がする。ありがとう、クリミネ少尉。

 あともう少し出力を抑えて。



 第三師団参謀長が反皇帝派かどうかは俺にもわからないが、周辺に怪しいヤツがいる可能性は十分にありそうだ。

「決めた。要塞守備隊の検問所に顔を出していく。デコット伍長、書類を調達してくれ。貴官の得意なやり方でな」



「ほらきた……」

 溜め息をつきながら文書偽造の達人は腰に手を当てた。

「で、何が必要なんです?」

 頼もしいなあ。

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