第46話 戦友の絆⑤

 クリミネ少尉はとても不機嫌そうにしていたが、俺の説明を聞いてなんとか納得はしてくれたようだ。

「それって反皇帝派が好き勝手に動き回ってるってことじゃないですか」

「そうだよ。そんなに怒るな」

「怒ってるのはそこじゃないです」

 じゃあどこなんだよ。



 クリミネ少尉は俺の回りをうろつきながら、俺の匂いを嗅いでいる。警察犬か熊にでもまとわりつかれているみたいで落ち着かない。

「何をしているんだ」

「あの女の匂いがついてないか嗅いでるんです」



 俺は迷惑顔でずりずり後ずさりする。

「ついてる訳ないだろう。俺からは匂いがしないと言ったのは貴官だぞ。新しく何かの匂いがつけばすぐにわかるはずだ」



 洗濯と清拭で臭いの元をシャットアウトしているし、俺は香水をつけない。だからこの世界では割と珍しい、匂いのしない人間だ。

 他の人物は大抵、その人独特の匂いがする。体臭もあるし、煙草や火薬の匂いだったりもする。

 クリミネ少尉からは化粧品か香水の匂いがしていた。



「そういえば貴官からは甘い香りがするな」

 すると彼女は急に表情を緩めた。

「桃の香水なんです。美味しそうでしょう?」

「ああ、うん」

「召し上がりますか?」

「何をだ」



 話題をそらすことに成功したので、俺は急いで仕事の話に戻す。

「ユオを追いたい」

「フルネームじゃなくて『ユオ』ですか……」

 じっとりした視線が絡み付いてきた。だいぶめんどくさいぞ、この子。



「本名を名乗らなかったから、もうユオでいいだろう。とにかく彼女は反皇帝派の中でも力のある人物だ。我々の捜査網をすり抜けて要塞内部に出没しているし、儀礼大隊の軍服も着ていた。個人でできることじゃない」



 俺がそう言うと、クリミネ少尉も仕事の顔に戻る。

「それはそうですね。逮捕して処刑するよりも、尋問して情報を得た方がお得な感じがします」

「だろう? だから彼女との縁は大事にしたい。細い糸だが、陰謀の深みにつながっている糸だ。途切れさせるのは惜しい」



 もちろん、彼女も自分に利用価値があることはわかっているはずだ。だから俺たちを振り回すための餌として動いている可能性もある。

 あまり執着すると危ないかもしれない。



 だが俺は帝国がもう長くないと感じているので、反皇帝派の動向は把握しておきたい。革命が起きるとしたらいつなのか、どんな風に起きるのか。

 わずかな情報だけでも拾えたら、前世のどの革命に近いタイプなのかわかるかもしれない。身の振り方を決める判断材料になるだろう。



「彼女には逮捕命令が出ているから、追うこと自体は上からの命令とも合致する。ただ、身柄を引き渡す前に情報を引き出したい」

「また勝手なことをするんですね!」

 なんか嬉しそうだな。



「俺は大隊長の命令を忠実に実行するだけだ」

 俺たちのボスは大隊長で、大隊長の意向は帝室の意向とはだいぶ違う。軍人は直属上官に従うものだから、帝室の意向なんか知らん。



 クリミネ少尉は真顔でうなずく。

「私も大隊長の命令通り、中尉殿と結婚します」

「そんな命令出てないだろ」

「出てますよぅ」

 真面目な話をしているときに冗談は困るよ。……冗談だよね?



 俺は相棒に笑いかけながら毛布を渡す。

「そんなに俺と結婚したけりゃ好きにしろ」

「ほんとですか!?」

「だから今日は早めに寝て、明日からは要塞の外で捜索活動をするぞ」

 


 要塞の外で逮捕するなら、ややこしいトラブルには発展しないだろう。身柄を移送する前に尋問もできる。

 どうせ処刑しても次の「ユオ・ネヴィルネル」が誕生するだけだから、場合によっては情報と引き換えに逃がしてやってもいい。その程度なら大隊長も何も言わないだろう。



「さあ寝るぞ」

「はい、中尉殿」

「そっちは俺のベッドだ」

「そうですが?」

 そうですがじゃないよ。あっち行け。



 俺は不満そうな顔のクリミネ少尉を隣のベッドに押し込むと、自分のベッドに潜り込む。

「だがあいつはどうして、俺の前に姿を見せたんだろうな……」

「そんなの決まってるじゃないですか」



 膨れっ面で毛布から顔だけ覗かせているクリミネ少尉が、不機嫌そうに言う。

「中尉殿みたいな軍人は珍しいから、興味が湧いたんですよ」

「まさか」

「自覚がないんですか?」



 うーん、マイネンからは変わり者扱いされていたが、あいつの方が変人だったから気にしたこともなかったな。大隊長も中隊長も変な人だし。

「なんにせよ興味を持たれているのはありがたい。このままでいこう」

「心配だなぁ……」



 クリミネ少尉の声を心地よく感じながら、俺は安心して眠りに落ちていった。信頼できる相棒がいてくれるのは心強い。

 その夜、俺はだいぶ妙な夢を見たが、クリミネ少尉とユオの名誉のために内容は伏せておく。いろいろ溜まってるのかもしれないな、俺。


   *   *


 そして翌朝の少し遅い時間。

「デコット伍長、卒二名と共に中尉殿の護衛を命じられました」

 後ろ姿が俺にそっくりな第三中隊のデコット伍長が要塞に到着した。うちの中隊の戦列歩兵二名が一緒だ。



 たった三人とはいえ、同じ中隊から男性兵士が来てくれたのは心強い。クリミネ少尉に無茶はさせられないからな。

 デコット伍長は以前、俺が尾行されたときに俺の影武者になってくれた下士官だ。俺と同年代で体格も良く、真面目で冷静なので頼りになる。



「御苦労、伍長。貴官が来てくれたのは助かる」

「微力ながら力を尽くします。ですが、中隊長殿が嘆いておられました」

「やっぱりか」



 休暇中に勝手なこと始めちゃったからな。

「後で俺が中隊長に謝っておくよ。今は『ユオ・ネヴィルネル』の捜索が先決だ。身柄を他の部署に取られたくない」



 そう説明すると、デコット伍長が軽くうなずいた。

「また面倒な案件ですか」

「そうだ」



 俺が余計なことに首を突っ込みたがるせいで、俺のとこには変な任務しか回ってこない。第三中隊でも有名になっている。

 完全に自業自得なので何も言えない。



「これから要塞を出て、ユオの足取りを追う。信頼できる情報を得ているが、おそらく近くにいる」

 なんせ昨夜会ったからな。遠くに行っていないのは確実だ。



 デコット伍長は敬礼する。

「はっ! では中尉殿の捜索任務に同行いたします!」

「すまんな」

 デスクワークが専門の彼に護衛任務をやらせるのは気の毒だが、将校だけでなく下士官も不足気味なので諦めてもらおう。



 しかし検問に軍医を引っ張り出したり、文書偽造が本職の下士官に護衛任務を命じたりと、うちの大隊の様子がなんだかおかしいな。

 もしかすると人員を別のところに割り振っているのかもしれない。



「伍長、貴官は中隊長から何か聞かされているか?」

「いえ、自分はただの伍長ですから。ただ……」

 デコット伍長は少し遠慮がちにこう答える。



「中尉殿はどうせまた無茶なことを始めるでしょうから死なせないように頼みます、と」

「すまんな。無茶なことなんか一度もしたことがないんだが」

「あの……いえ、いいです」

 何かを言いかけた伍長だったが、途中で諦めたような顔をした。




 よし、手始めにユオ・ネヴィルネル捜索隊のどこかに潜り込んで情報収集しつつ、敵味方の動静を探ってみよう。大隊長の名前を出せば多少の無茶はできそうだ。

 それにデコット伍長がいれば命令書の偽造や改竄ができるし、かなりの無茶でもやれそうな気がするな。証拠さえ残さなければなんとでもなるだろう。



 頭の中で計画を練っていると、伍長が心配そうな顔をした。

「中尉殿、本当に無茶だけはしないでください」

「任せろ」

 さて、どうやろうかな……。

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