第43話 戦友の絆②

 大隊長が俺たちのためにペンデルタイン要塞に部屋を確保してくれたので、今夜はここで寝ることにする。要塞はホテルではないので、こういうときは男女関係なく相部屋だ。軍隊だから仕方ない。

 だが仕方ないでは済まされないこともたまにはある。



「中尉殿……」

「ああ、さすがにちょっと驚いた」

 俺は机上にロープを投げ出す。先端が輪になっていて、絞首刑で使うのと同じ結び方になっている。



「これ、どこから出てきたんです?」

「枕の下だよ。寝るときに見てほしかったんだろうな」

「うわ、趣味悪い……」



 部屋に入っていつものように危険物がないかチェックしていた俺たちは、枕の下からロープを発見した。

 枕の下からこんなものが出てくるはずはないので、もちろん誰かからの警告だろう。



「中尉殿、ここは陸軍の要塞の一番奥にある区画ですよ?」

「さすがに部外者が侵入した訳じゃないだろう。軍内部に反皇帝派がいても別におかしくはないから、要塞勤務の軍人や軍属の中にもいるんだろうな」



 俺はロープをつまみ上げ、しげしげと観察する。

「俺が貴官を吊ったときのロープに何となく似ているな。同じものではないが、似たようなものはいくらでもあるから適当に調達してきたんだろう」




「じゃあこれって……」

「ああ、『ユオ・ネヴィルネル』からの警告とみていいだろう。次に吊るされるのはお前だぞと言いたいらしい」



 俺はロープの輪を壁の帽子掛けに引っ掛け、メモ用紙に棒人間を描いてロープの輪に挟んでおく。ちょうど吊るされているように見える。

「なにしてるんですか」

「こうすればまたちょっかいをかけてくるだろう。その度に手がかりが増える」



 今は少しでも反皇帝派の情報がほしい。

 実際のところ、俺はどちらかといえば反皇帝派の人間だ。帝国崩壊が秒読み段階に入っていることは、要塞内部にまで反皇帝派がいることでもわかる。



 ただこうやって稚拙な警告をしてくる連中だと、帝国を綺麗に崩壊させてくれるかどうかわからない。

 穏健な権力移行か、それとも暴力的な革命か。あるいは反皇帝派がしくじって、帝国崩壊が先延ばしになるのか。

 俺が一番知りたいのはそこだ。



 もちろんこんな思惑は秘密にしているのだが、先ほどのクリミネ少尉とのやり取りを思い出す。

 相棒である彼女には話しておいた方がいいかもしれないな。

 いつか俺の「制帽」を正してもらうためにも。



「そういえば、貴官にはまだ話していなかったな。そもそも大隊長以外には話したことがないんだが」

「なにがですか?」

「俺はこの帝国がもう長くないと考えている」



 帝室儀礼大隊、つまり皇帝直属の秘密警察の将校としては絶対にありえない発言。

 きっとクリミネ少尉も驚いただろうと思って顔を見ると、意外と冷静だった。

「そうですね、こんなところにまで反皇帝派が入り込んでるんですから。それに大隊長殿も同じ意見みたいでしたし」



「貴官もそう思うか?」

「私たちみたいに帝室に敬意を持ってない人間が儀礼大隊にこれだけいる時点で、どうかとは思ってたんですよね」

「それは確かにそうだよな」



 正統帝国の将校は通常、帝室への忠誠と尊敬を叩き込まれる。貴族将校が実家の所領を安堵されているのも皇帝の権威だし、平民の中尉が貴族の中尉と一応は同じ待遇なのも皇帝がそう定めているだからだ。

 なので優秀な将校ほど帝室の力を認めている。好き嫌いは別としてだが。



「貴官は準貴族で帝国の新興勢力だし、母方の祖父を火刑で失っている。それに士官学校でも男女差別でだいぶ苦労したと聞いている。そのぶん、中立的な視点で現状を見ているのかもしれないな」

「そうかもしれません。あと、任務でいろいろ見てきましたし」



 それもあるか。

 あと、この子は空気とか一切読まないから、先入観にあまり囚われずに判断ができるんだろうな。普段は困るが、今回は話が早くて助かる。

 俺はうなずいてみせた。



「この状況でせっせと任務に精励して、ある日急に皇帝が打倒されると少々まずいことになる。新しい権力者は俺たちを皇帝派の残党として処分するだろう」

 なんせ事実上の秘密警察になっちゃったからな。次の権力者がどんなヤツになるかはわからないが、少なくとも俺たちを大切にしようとは思わないだろう。



「断頭台の階段を登るときに知恵を絞っても意味はない。知恵を絞るなら今だ」

「さすが中尉殿」

 真顔でそう言われると皮肉にしか聞こえないんだが、この子のことだから本心で言ってくれてるんだろうな。だんだんわかってきた。



 俺はロープの端を指でちょいちょい弄びつつ、机に頬杖をつく。

「相変わらずこんな警告しかしてこないということは、まだ俺を殺す気はないらしい。あるいは殺せない理由があるのかもしれない。なんにせよ具体的な要求が何もないのであれば、気にする必要もないな」



 誰が何のためにこんなことをしているのか。

 もちろん危険ではあるが、この崩壊寸前の迷宮から脱出する手がかりになるかもしれない。



「『ユオ・ネヴィルネル』は無数にいるが、そのロープを置いていったのも広義では『ユオ・ネヴィルネル』の一人だと言えるだろう」

「捕まえるんですか?」



「いや」

 俺は首を横に振り、それから相棒にだけ真実を打ち明ける。

「会って話を聞いてみたい」



 クリミネ少尉はさすがに驚いた様子で、口をぱくぱくさせてからようやく答える。

「危険ですよ? そのつまり……二重の意味で」

「そうだな。敵との内通を疑われると非常にまずい。だが『不審物を置いた人物を尋問したが事件性はないと判断したので放免した』なら通常の対応だろう」



 怪しいと思って捕まえたけどハズレだった、なんてのは珍しくもないはずだ。

 俺たち儀礼大隊はもともと処刑部隊なので、身元も罪状もわかっていて身柄も拘束されている人間が相手だった。人違いは絶対に許されない。

 でもこれからはそうではないので、軽率に「人違い」を連発できる。もちろん処刑はしないが。



「俺たちは過去に『ユオ・ネヴィルネル』を処刑し、そして『ユオ・ネヴィルネル』から声をかけられた。他の将校たちよりもあいつに近づいている。この利点はうまく使いたい」

「危険ですって」



 クリミネ少尉が心配してくれるのは嬉しいが、ここで危険を避けて安全策に出てしまうと、将来の大きな危険に対処できなくなる可能性があった。

 処刑や暗殺で帝国の暗部を見てきた身としては、帝国崩壊後を生き延びるにはそれなりの手札が必要だと感じている。



「わかっているが、避けては通れない危険だと判断した。もちろん、大隊長には話を通す。それで納得してくれ」

「まあ、大隊長に報告するのならいい……のかな?」

 複雑な表情をしつつ、敬礼するクリミネ少尉がかわいい。



「それじゃ大隊長のところに報告に行くか。ああ、その縄はそのままにしておいてくれ」

「でも報告するとき現物があった方がよくないですか?」

「少し確かめてみたいことがあるんだ」

 怪訝そうな顔をしている相棒に、俺はニコッと笑いかけた。


   *   *



「で、勝手に決めて勝手に報告に来たというわけか」

 帰り支度をしていた大隊長は、コートを羽織りながら呆れたような顔をする。

「お前に裁量権を与えるとすぐこれだ。それで、その縄はどこだ?」

「わざと部屋に置いてきました。もちろん施錠はしてあります」



 俺がそう言うと、大隊長は軽くため息をつく。

「好奇心旺盛なのは良いことだが、我々は軍人だ。学者じゃないんだぞ」

「でも大隊長殿も気になるでしょう?」



 俺がそう言うと、大隊長は羽織りかけていたコートを机上に投げ出して直属の戦列歩兵たちに命じた。

「二人ついてこい。確認する」



 部屋に戻ると、例の縄はどこにもなかった。

「施錠しておいたのになくなっていますね」

 大隊長は俺のベッドに腰掛けて不満そうに腕組みをする。



「おい、本当にあったんだろうな? 現物を見ていない以上、お前たちの妄想だったとしても確認のしようがないんだぞ」

「そこは信じてくださいよ。あとシーツが乱れるのでベッドの上で暴れないでください」

「お前はいつも私の尻の置き場所に文句をつけるな……」



 よっこいしょと立ち上がった大隊長は、ドアの鍵穴を確認する。

「素人が開けられる鍵ではないな。よほどの鍵師がいるのか、合鍵を作っていたか」

「あるいは正規の鍵を持っているか」

「普通に考えればそれだろうな」



 大隊長はそう言うと、俺をじっと見た。

「ところでお前、何か隠し事してないか?」

「バレましたか。実は棒人間を描いたメモを縄に挟んでおいたんです」



 大隊長が呆れた顔をする。

「お前、そんなおふざけで敵を挑発したのか?」

「そうなんですよ、私は止めたのに」

 クリミネ少尉が俺を睨んでいる。俺たち相棒じゃないの?



 俺は苦笑しつつ、机の片隅を指差した。

「で、その棒人間はここです」

 全員の視線を受けて机上に立っているのは、俺謹製の棒人間メモだ。



「立ってるな」

「縛り首っぽくするために横折りにして挟んだんですけどね。わざわざ縦折りにして立ててくれたみたいで」



 そう。首のところからへし折れていた棒人間くんは、今度は縦折りにされて紙相撲の力士のように堂々と机上に立っていた。

「ふーん」



 金髪の美女は顎に指を添えて、フッと微笑む。

「面白いな。どうやらお前は『ユオ・ネヴィルネル』の亡霊に好かれているらしい」

「好かれているかどうかはわかりませんが、どことなく小官に興味がありそうなんですよね」



 うまく説明できないが、単純な敵意や憎悪とは違うものを感じているのは確かだ。味方になるとは到底思えないが、単なる敵とも思えない。

 どうも気になる。向こうも気になっているのかもしれない。



 大隊長は少し考え込む様子を見せ、それから溜め息をついた。

「しばらくお前の好きにさせてやる。どうせ適当に引き伸ばすだけの任務だ。亡霊の切れ端でも拾ってこい」

「ありがとうございます」



 さて、これが迷宮を抜けるアリアドネの縄……じゃなかった、糸になるかどうか。

 うまくいってくれよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る