第41話 亡霊街道⑥

 俺たちがペンデルタイン要塞に入ると、すぐに要塞駐留部隊の下士官が出迎えてくれた。

 広い敷地と長い渡り廊下と複雑な廊下をぐるぐる歩いてたどり着いた先は、何やら重厚そうな造りの会議室だった。



「うぉ!?」

 ドアを開けた瞬間、クリミネ少尉が変な声と変なポーズで固まる。

 無理もない。会議室に集まっている面々の階級章が佐官以上だったからだ。要塞副司令の中佐や、帝室顧問武官の少佐がいる。



「来たか、中尉」

 大佐中佐少佐だらけの会議室で、フィリア・ゲーエンバッハ儀礼少佐が微笑んでいる。微笑んでいるが、目が笑っていなかった。



「この男が『ユオ・ネヴィルネル』を処刑した私の部下です」

 あ、もしかして非常にまずいことになってますか? 全部俺のせい?

 冷や汗が背中を伝ったが、会議室の重厚な長机に居並ぶ面々は落ち着いた様子だ。



 こういうときに愛想を振り撒いても無駄なので、俺は大隊長に敬礼する。

「大隊長殿、招集命令に応じて出頭いたしました」

 他国はどうか知らないが、帝国軍では愛想の良い軍人よりも直属上官を立てる軍人の方が評価される。命令に忠実で勤厳実直なのが良い軍人とされるのだ。



 だから俺はお偉いさんに挨拶するよりも先に、まず自分の大隊長に敬礼した。

 なんせ俺の評価が低くなると、大隊長のメンツまで丸潰れになるからな。軍隊もお役所の一種なので、こういうところには神経を使う。



 お偉いさん方の視線は無視して大隊長だけ見ていると、うちの大隊長は俺の意図を酌んでフフッと笑った。

「すみません、この通り融通の効かない男でして」

「いや結構、そうでなくては困る」



 近衛大佐の階級章をつけた老人が無愛想に応じた。儀礼大隊が属する近衛連隊の連隊長だ。俺にとっては彼も直属上官になるが、たぶん向こうもそうは思っていないだろう。

「それでゲーエンバッハ君、この件は儀礼大隊に一任していいのだな?」

「はい、お任せを」



 話の流れが全く読めないが、俺は一介の中尉だ。佐官だらけの席で発言するような立場じゃない。一番したっぱのクリミネ少尉なんか、存在すら無視されているぐらいだ。

 年配のお偉いさんたちが目配せして、それから立ち上がる。



「では会議の決定通り、我々はそれぞれの仕事をする。報告は密に行いたまえ」

「承知しております」

 穏やかな、しかし決して油断のない微笑みで大隊長が応じる。

 そして佐官の老人たちはぞろぞろと会議室から出ていった。



 残されたのは俺とクリミネ少尉、そして大隊長だ。

「思ったよりも早かったな。そのせいでつまらんものを見せてしまったか。まあ座れ」

「ではお言葉に甘えて」

 儀礼大隊のメンバーだけになったのなら、もう遠慮する必要もない。



 さっそくクリミネ少尉が大隊長へにじり寄っていく。

「それで何がどうなっているんですか?」

「今話すから待て」

 大隊長は眼鏡のレンズを拭きながら軽くため息をつき、眼鏡を掛けた。



「『ユオ・ネヴィルネル』の正体がわかった」

「本当ですか?」

 俺は驚いたが、考えてみれば上層部が何もしてないはずがない。

 いや、何もしてないこともときどきあるが、今回はちゃんと仕事していたようだ。



 大隊長はうなずき、こう続けた。

「『ユオ・ネヴィルネル』は個人ではなく集団のようだ。どの程度の組織かは未だに把握できていないが、帝国のかなり広い地域で暗躍している。無視できない勢力を持っているのは間違いない」



 そうか、個人名で活動する集団だったのか。そういえば前世のクリエイターにもそんな人たちがいたな。実例があることを知っているのに思い至らなかったのは少し悔しい。前世知識も使う人次第だ。



 大隊長は机に肘をつき、疲れたようにうなだれる。

「帝室でも一部の文官しか把握していなかったようで、軍への周知が遅れた。我が帝国は官僚と軍の連携が取れていないからな」

「どこの部署も仲が悪いですからね」



 儀礼大隊なんか自分が所属する近衛連隊とも仲が悪い。

 正統帝国は怪力無双の巨人だが、目で見たものを手でつかむことができない。目と手が反目しているからだ。

 だから俺は、この国がいつ滅びるかとビクビクしている。



「親皇帝派が反目しあっているように反皇帝派も反目しあっているが、『ユオ・ネヴィルネル』が反皇帝派に統制をもたらしている」

「どういうことですか?」



 クリミネ少尉が首をかしげると、大隊長は静かに答えた。

「彼らは互いに連携こそしないが、『ユオ・ネヴィルネルは生きており、各地で帝室打倒のために活躍している』という既成事実を作ろうとしている点で同じ動きをしているんだよ」



 クリミネ少尉がまだ首をかしげているので、俺が説明してやる。

「指揮官のいない中隊では戦闘に勝てないだろう? 反皇帝派は指揮官のいない中隊として各小隊がバラバラに動いていたが、『ユオ・ネヴィルネル』という架空の存在が指揮官と同じ存在になりつつあるんだ」



「なるほど……」

 クリミネ少尉がうなずいたところで、大隊長もうなずく。

「しかもこの中隊長は殺すことができない。現にフォンクト中尉は『ユオ・ネヴィルネル』を処刑したが、こうして甦ってしまった」



 その瞬間、クリミネ少尉がハッとしたような顔をする。

「大変じゃないですか!?」

「そうだよ。だからお偉方が集まって頭を抱えていたんだ」



 殺すことのできない統率者ほど厄介なものはない。

 正統帝国では信仰や思想の自由を認めていないし、世俗の権威は皇帝に集約されているが、ユオ・ネヴィルネルは反皇帝派にとって信仰や思想や権威と同じものになりつつある。



「さすがに今度は危ういかもしれませんね」

 俺がそう言うと、大隊長もうなずいた。

「そうだな。処刑しても排除できないのなら、うちの大隊にどうにかすることはできない」



 しかしクリミネ少尉は不安そうな顔で俺たちをうかがう。

「じゃあどうしてこの件を引き受けちゃったんですか?」

 すると大隊長が微笑む。



「この件に首を突っ込んでおけば、最悪の事態になりそうなときに真っ先に情報を得られるからな」

「なるほど、てっきり断りきれなかったのかと思いました」

「それもあるさ。今の我々は皇帝の猟犬だ。飼い主の命令に逆らうことはできん」



 低い声でそうつぶやいたかと思うと、大隊長は頭の後ろで手を組んで机上に足を投げ出す。

「あーあ、クソ仕事引き受けちゃったな」

「大隊長殿、机の上に尻だの足だの載せないでください」

「今は尻は置いてないだろ!」



 ふてくされながら大隊長は俺たちをじろりと見る。

「私の尻を机上に置かれたくなかったら、ユオ・ネヴィルネルをどうやって処刑するか考えろ」

 だから存在しない人間は殺せないっての。



 だがまあ大隊長命令では仕方ないので、俺は自分なりの考えを述べる。

「要するに反皇帝派の象徴を瓦解させればいいんでしょう? だったらユオ・ネヴィルネルを矮小化するようなものを流布すりゃいいんですよ」

「具体的には?」



「史実を捏造した演劇や歌、あとは絵画や物語を作らせるんです。時間はかかりますが、人々の頭の中からユオ・ネヴィルネルのカリスマ性を消し去ることができます」

 ネガティブキャンペーンを張る訳だが、大隊長を首を横に振った。



「私は良い案だと思うが、あの頭ガチガチの爺どもが芝居や絵本に予算をつけると思うか?」

「無理でしょうね」

 そんなんだから衰退するんだよ。



 俺は少し考え、もっと強引で雑なやり方を提案する。

「じゃあもう一度、ユオ・ネヴィルネルを処刑しましょう。今度は顔を出させて、公衆の面前で本当に殺します」

「えっ、私が!?」



 クリミネ少尉が食いつき気味に反応したが、俺は首を横に振る。

「違う。貴官を死なせてたまるか。ちょうど今、ユオ・ネヴィルネルを騙って逃げてるヤツがいるだろう?」

「ああ、なるほど」



 クリミネ少尉がポンと手を打ち、大隊長もうなずいた。

「そういうことだ。だからどうしても捕まえたい。だがまあ無駄なことだろう。ユオ・ネヴィルネルは何度でも甦る」



 新聞もテレビもない時代だと、処刑の事実がなかなか広まらないからなあ。その間に別のユオ・ネヴィルネルが活動を始めてしまう。

「やるだけ無意味な任務ということですか」

「そういうことだ。適当に長引かせろ」

「またそういう変な任務を振る……」



 俺がため息をつくと、大隊長がフフッと笑った。

「第三中隊らしい任務だろ?」

「確かに」

 俺は背筋を伸ばし、大隊長に敬礼した。



「任務を受領しました。適当に長引かせてきます」

「よろしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る