第27話 番狂わせの夜③

 チャイナドレスのユギ大尉を刺客として送り込もうと思っていたのに、テルゼン提督はクリミネ少尉が欲しいらしい。

 今のクリミネ少尉は露出度ほぼゼロのパンツスタイルで、執事のような格好をしている。男装に近い。



 俺は首を横に振る。

「この者は『商品』ではなく、私の秘書です。見ての通り帝国の出身で、この土地の法律や慣習に詳しいのです。この者がいないと帝国内での商売ができません」

「無理を承知で言っているのだ」



 えー、どういうことなんだろう?

 いや待て、前世で似たような顧客の相手をしたことがあるぞ。

 クレーマー体質で、とにかく特別扱いを要求する客だ。明らかな無理難題をふっかけてきて、その要求が通らなければ怒り狂う。



 たぶんテルゼン提督は、「小生意気なシャオ人の若造」に無理な要求を呑ませて屈服させたいんだろう。どちらが強者かをはっきりさせておきたいのだ。

 ああクソ、転生したのに前世と同じ目に遭ってるじゃないか。



 前世と同様、今回も「取引先」とのトラブルは厳禁だ。絶対に契約を取り付けなければならない。破談になれば生還すら危うい。

 そもそも、テルゼン提督がその気になれば俺とユギ大尉を殺してクリミネ少尉を奪うぐらいは簡単にできる。



 だったら要求を呑むしかない。

 どうせ呑むなら気前よく呑もう。その方が高く売りつけられる。

 俺はそこまでを瞬時に考え、苦笑を交えながらうなずいてみせる。



「仕方ありません。これから信頼関係を築いていく上で、提督の御要望をどうしてお断りできましょうか。どうぞお納めください」

 クリミネ少尉が真っ青な顔をしているが、それでも彼女は自分の立場を忘れなかった。



「『旦那様』、本当によろしいのですか?」

「ええ。君はよく尽くしてくれましたが、これからはテルゼン提督のお力になりなさい。君はここの出身ですし、この土地で暮らした方が幸せでしょう」

 穏やかに語りかけつつ、目線で「大丈夫だから心配するな」と訴えかける。



 ――何も大丈夫じゃないですよ!? 私、どうなっちゃうんですか!?

 ――落ち着け、他に方法がない。暗殺が終わるまでの辛抱だ。

 ――ええ~っ!?

 ――貴官も軍人ならこれぐらいの危険は覚悟しておけ。必ず助ける。

 ――この任務が終わったら、絶対に埋め合わせしてもらいますからね!



 アイコンタクトでだいたいこのようなやり取りを行い、クリミネ少尉を落ち着かせた。もしかすると意思疎通がうまくいってない可能性もあるが、たぶん合ってる。たぶん。



 クリミネ少尉がしおらしい態度になり、俺に無言で一礼する。

「『旦那様』、お世話になりました」

「長い間ありがとう。どうか元気で」

 俺は彼女の背中をそっと押して促す。



 クリミネ少尉がテルゼン提督の脇に控えたところで、俺はにっこり笑った。

「ではさっそく、商談の続きを」

「いや。明日の夜、この方面に詳しい連中を集めてもう一度話を聞く」



 案の定、俺の提案を蹴ってきた。このおっさんは自分が主導権を握らないと気が済まないタイプだ。だから俺の提案を却下し、自分で改めて決定を下す。そういう単純な男だ。

 このまま商談に入るとクリミネ少尉の救出がやりづらいので、この場はこれでお開きにしてもらおう。



 テルゼン提督の操縦法がわかってきた俺は、それでも恭しく頭を下げてみせた。

「承知いたしました。では私も主に使いを送りますので、今宵は失礼いたします」

「うむ」

 さて、ここからどうするか考えないと……。


   *   *


 南方艦隊司令部の敷地を出て港町の大通りに入ったところで、ユギ大尉が困惑気味に質問してきた。

「どうなさるおつもりですか、『旦那様』?」

「多少変更はありましたが、基本的には予定通りにやりましょう。最後の仕事は『あなた』にお願いします」



 クリミネ少尉も軍人として最低限の戦闘技術は学んでいるが、性格と体格が戦闘向きではないのでテルゼン提督には勝てないだろう。

 あの男、おそらく白兵戦も相当に熟達している。



「今夜いけますか?」

「そうですね、内部の構造はだいたい覚えましたし……」

 チャイナドレスの美女は、少し考え込む様子を見せた。



「慎重にやりすぎて長引かせると、偽装工作にボロが出て正体が露見するかもしれませんね。ほぼ『旦那様』の即興、想定外の連続ですから」

「すみません、とっさに」

 あの状況では他に良い知恵が浮かばなかった。



 ユギ大尉は優しく微笑んでくれる。

「いえ、おかげで助かりました。標的の信用を得ないことには始まりませんからね」

「ありがとうございます」



 さて、問題はここからだ。

 ユギ大尉が中隊長として指示を下す。

「私は目立たない格好に着替えて、標的を監視しておきます。『旦那様』は今のうちに後方に連絡を」

「わかりました」



 俺は作戦の経過を儀礼大隊に伝えるため、いったん南方艦隊司令部から離れた。

 さすがにこんな暗殺任務で、俺たち三人だけ動くということはない。バックアップ要員として、第三中隊の信頼できる下士官数名を港町に潜ませている。



「ということで、少し状況が変わった。作戦計画を三号案に変更し、クリミネ少尉の奪還を望成目標とする」

「了解しました。ただちに本部に報告します」

 巡礼者に偽装した下士官たちは敬礼し、それからこう言う。



「中尉殿、どうかくれぐれも冷静に」

「そんなに焦っているように見えるか?」

「いえ、普段通りです。ただクリミネ少尉殿のことになると、中尉殿も冷静ではいられないだろうと」



 まあそうだよな。

「確かにマイネンに続いてクリミネ少尉まで失う訳にはいかないからな。大事な相棒だ」

「あ、はい。そうですね」

 なんだその微妙な反応。



 とにかく下士官たちの一部はすぐさま帝都に発った。

 これで俺たちに何かあっても、大隊本部が動いてくれるだろう。



 急いでユギ大尉のところに戻ると、コートを羽織った彼女は険しい顔をしていた。

「今しがた、テルゼン提督がクリミネ少尉を連れて港に向かいました。護衛が十人ほどいて手が出せません」

「まずいですね」

 船に乗るつもりだとしたら、このままクリミネ少尉をどこかに連れ去られてしまう。



 ユギ大尉は俺をじっと見ている。

「暗殺の確実性を最優先に考えた場合、ここで動くのは得策ではありませんが……」

 そうだよな。

 しかし俺は首を横に振った。



「このままクリミネ少尉の所在が不明になってしまうと、暗殺後に救出する余裕がなくなります。その場合、どう転んでも彼女は殺されるでしょう」

 少し前に親しい同僚を失ったばかりだ。クリミネ少尉を失いたくない。

 だが、あくまでも冷静にならないとな。



「暗殺と救出を同時に行う必要がありますが、おそらく今夜しかありません。小官は追跡を提案します」

「わかりました。私も同意見です」

 そしてユギ大尉はニコッと笑った。



「儀礼大隊は誰も死なせませんからね」

「処刑部隊ですけどね」

 だからこそ、せめて身内ぐらいは守りたいよな。

 いっちょやるか。

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