第19話 戻れない道へ①

 呼び出された俺たちが急いで大隊長室に向かうと、うちの中隊長であるユギ大尉も来ていた。

「揃いましたね」

「揃ったな」

 中隊長と大隊長がうなずき合い、俺たちを向く。



 直属上官二人が揃い踏みとくれば、これは重大な案件だろう。ちょっと緊張してきた。

「フォンクト中尉、ならびにクリミネ少尉、出頭いたしました」

 普段あんまりやらない正式な出頭報告をすると、大隊長が小さくうなずく。



「御苦労。まず最初にお前たちに任務を伝えておく。ユギ大尉以下三名は、帝国海軍南方艦隊のテルゼン提督を暗殺せよ」

 いきなりの暗殺命令きちゃったよ。しかも海軍では大物中の大物だ。



 びっくりしつつも俺たちが敬礼すると、大隊長が苦笑する。

「説明が必要だよな?」

「可能ならお願いします」

 俺が言うとクリミネ少尉もコクコクうなずいていた。そりゃそうだよな。



 大隊長は椅子に深く腰掛けると、腕組みをした。

「実は以前から、この手の暗殺命令は下りてきていた。だが私の権限で『本大隊に暗殺作戦の実行能力はない』と突っぱねていたんだ」

 すげえな、この人。どんだけ政治力があったらそんな無茶ができるんだ。



「私は暗殺が嫌いだ。政敵の排除方法としては最も愚劣だよ。処刑も嫌いだが、法的な正当性は担保できているからまだマシだと思っている」

 確かに暗殺が政治の道具として使われるのは、どう考えても健全じゃないよな。

 俺は前世のゲームでは暗殺者キャラを好んで使っていたが、後ろめたいことだからこそ、ゲームでやると面白いんだ。



 俺が力強くうなずいてみせると、大隊長は苦笑してみせた。

「だが愚劣な方法だけに、引き受ければ相応の見返りは要求できる。具体的に言えば、暗殺作戦を実行できる程度の権限と兵力だな」

「確かにそれは欲しいですね」



 先日の尾行も、十分な人員がいれば尾行者を逮捕できたはずだ。下士官を含めても数十人しかいない書類上の大隊では、こういうときに人を動かせない。

 大隊長は溜息をつく。



「そこで今回は命令を受領した。それにテルゼン提督は軍艦を私物化し、禁薬の密輸を行っている極悪人だ。先日摘発された禁薬の大規模密輸もテルゼン提督が黒幕だと判明している。さぞかし潤っただろう」



 ある程度の規模になって人員や予算を自由に動かせるようになると、勝手なことを始める帝国軍人は多い。

 うちの大隊長も私腹は肥やしていないはずだが、勝手なことはしている。



「多少の密輸は役得として黙認されるところだが、品物が品物だけに皇帝の逆鱗に触れたようだな。皇帝は禁薬の根絶に熱心だ」

 世情に疎い上にやたらと処刑したがるボンクラ皇帝ではあるが、大筋ではまあまあ妥当な政治をしてるんだよな。だからみんな従っている。



「そこで皇帝はテルゼン提督に対して査問会への出頭命令を出したが、彼も警戒していて出頭命令に応じない。皇帝はテルゼン提督に謀反の意図ありと判断し、水面下での抹殺を決定した」

「それなら他の艦隊を動かして港湾封鎖してしまえばいいのでは?」



 海軍の問題を陸軍に処理させるなよ。いや、こういう発想はお役所的か。気をつけないと。

 すると大隊長は苦笑する。

「聡明なる皇帝陛下は海軍そのものに不信感を抱いておいでのようでな。他の提督がテルゼン提督に肩入れし、大規模な謀反につながる可能性を危惧しておられる。暗殺するのも法的に処罰した場合の反響が予測しづらいからだ」



 皇帝の軍隊なのに皇帝が信用できなくなったら終わりだよ。やっぱりこの国、もう長くないな。

 俺は軽く溜息をつきつつ、こう答える。



「で、帝室直属の我々に勅命が下ったということですか」

「そうだ。『ユオ・ネヴィルネル』の件で情勢不穏な我が大隊が、海軍同様に皇帝から不信感を抱かれてはまずい。予算や人員を削減されたらお前たちを守りきれん」



 皇帝を小馬鹿にしつつも、結局は皇帝の威光頼みなのが帝室儀礼大隊の悲しいところだ。立場を強めようとすると、どうしても皇帝派の動きになる。

 でもこの国、もう長くないんだよなあ……。困った話だ。



「そこで今回、抹殺命令を受領する代わりに権限と戦力の拡充を要求した。現役の海軍提督を抹殺するんだから当然だろう?」

 そう言って大隊長はニヤリと笑う。



「我が帝室儀礼大隊は歩兵二個小隊、およそ百人の戦列歩兵を割り当てられることになった。中隊にも満たないとはいえ、これだけいれば組織的な警備や巡察が可能になる」

 大隊だから本当は五百か六百欲しいところだが、実戦部隊じゃないから文句は言えない。

 大隊本部の衛兵としては十分な規模だ。



 それにしても思い切った部隊改編だ。百人もの兵士をどこから引っ張ってくるんだろう。

 俺の疑問が顔に出たのか、大隊長は腕組みしたまま横を向く。



「まあ、そいつら廃兵なんだけどな。負傷や高齢で通常の部隊から弾かれた連中だ。行軍に随伴できない」

「大丈夫なんですか、それ」

 すると大隊長は事もなげに言う。



「行軍や銃剣突撃では遅れを取るかもしれないが、うちの大隊でそんなことやらんだろう。普段の任務は大隊本部の警備や銃殺刑の執行だし、外に出るとしても帝都内の巡察ぐらいだ」

「まあ確かに」

 歩兵にとって一番重要なのは歩くことと走ることだが、うちの場合は銃が撃てればそれでいい。



「第二中隊と第三中隊にそれぞれ一個小隊を割り振る。尉官のお前たちなら四人までは勝手に借りていっていいぞ」

「それは助かります。今回の任務でも借りられますか?」

「必要ならそうしてもいい。ただし、通常の兵ほどの働きは期待するなよ」



 着剣したマスケット銃を担いだ兵士が四人も随伴してくれれば、周囲に与える威圧感が全然違う。今後は仕事がやりやすくなるな。

 まあ四人だろうが五十人だろうが、どのみち戦力としては足りない。相手は海軍の提督だ。



「それと帝室儀礼大隊は独自の捜査権と裁判権を持つことになった。今後はいちいち他部署にお伺いを立てる必要はない。尉官ぐらいなら問答無用で逮捕していいぞ」

 秘密警察じゃん。いつ革命が起きるかわからないこの国で、政治の暗部を担うことになってしまった。



 俺は背筋に冷たいものを感じたが、他に選択肢がないことも理解している。俺たちは皇帝直属の首切り役人だ。頼れるものといったら皇帝の権威しかない。

 大隊長は俺を見つめて微笑む。



「さて、お前の手札を増やせるだけ増やしてやったぞ。これでテルゼン提督を排除できるか?」

「自信はありませんが、やるしかないでしょう。少々お騒がせするかもしれませんが」

「構わんさ。後始末は私の仕事だ」



 机に頬杖をついて、大隊長は明るい口調で言う。

「大抵のことは私が握りつぶすから、テルゼン提督の命だけ刈り取ってこい。ただし無理はするな」

「無理なんてしたことありませんよ」

「よく言う」



 大隊長が苦笑すると、ユギ中隊長までクスクス笑った。

「私が監督しておきますから大丈夫ですよ、大隊長」

「お前はお前で不安材料なんだが、この二人を無事に連れ帰ってくれ。我が大隊になくてはならない人材だ。無論、お前もな」

「あら嬉しい」



 楽しそうだな、この上官たち。

 ユギ中隊長は俺たちを振り返ると、まるでピクニックにでも行くかのように楽しげに言う。

「じゃあ具体的にどうするか、今から相談しましょうか」

「そうですね」

 長いミーティングになりそうだ。

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