第13話 危険な玩具

   *   *


 帝都の近衛連隊本部の近くにある、帝室儀礼大隊本部……の第三中隊長室で、俺は中隊長に敬礼していた。

「ただいま戻りました、中隊長殿」

「おかえりなさい、フォンクト中尉」



 にこっと笑ってくれたのは、物腰の穏やかな長髪の女性だ。クリミネ少尉と同じ黒髪だが、こちらは姫カットにしている。見るからにデスクワークといった印象だ。

 彼女はミナカ・ユギという。階級は大尉だ。あだ名は「玩具屋」。



 名前がどことなく和風なので非常に気になっているが、そもそも俺たちみんな偽名なのでどこの出身なのかはわからない。聞くのも御法度だ。

 ただこの人、明らかにこの国のものではない武技を使う。暗器の使い手なのだ。



 ユギ大尉は俺を見て、ふと首を傾げる。

「あら、私の『玩具』に興味がありそうですね」

「興味というか、これだけおおっぴらに置かれていると気にもなります」



 中隊長の机上に置かれているのは、色鮮やかな組紐だ。両端に陶器の丸い飾りがついていて、一見すると武器には見えない。

「これ投げるヤツですか、それとも振り回すヤツですか」



 するとユギ大尉はニコッと笑った。

「フォンクト中尉はさすがですね。どちらにも使えますよ」

 やっぱりな。

 前世で聞いたボーラと呼ばれる狩猟道具に似ているし、一方で分銅鎖やヌンチャクみたいな使い方もできそうだ。



 ユギ大尉は御機嫌な表情で俺を見上げてくる。

「どうしてすぐに見抜いてしまうんでしょうね、あなたは?」

「中隊長殿の私物ならだいたい武器でしょう。後はどうやったら一番効果があるかを考えるだけです」



 転生者であることは伏せているので、適当にごまかしておく。

「組紐は強度こそ鎖には劣るでしょうが、金属音はしませんし武器にも見えませんよね。いざとなったら燃やしてしまえば、後に残るのは陶器の球だけです」

「驚きました。まさか使ったことが?」

「ないです」



 前世のいろんな創作物で、変な武器の知識だけはある。ただし使ったことも触ったこともない。

 このユギ大尉は暗器を使った奇襲を得意としており、儀礼大隊でも屈指の武闘派だ。



 ただし彼女が中隊長を任されているのは武勇ではなく、指揮官として有能だからだ。

 あと、あちこちに妙な人脈を持っている。先日の任務に必要なホテイシメジを見つけてきてくれたのもユギ大尉だった。



 ユギ大尉は組紐を回して重たげな陶器の球をヒュンヒュン唸らせつつ、ニコリと微笑む。

「可愛いでしょう?」

「ええ、とても」

「見た目より威力があって、場合によってはサーベル以上に頼りになる子なんですよ」

「へえー」



 礼儀として相槌を打ったが、俺は知っている。

 この人が実戦でよく使う暗器は、銅貨を詰めた布袋や革のベルトだ。その辺にあるものを即席の武器として用いる。そして大の男を一撃で昏倒させてしまう。



 ちなみに素手でもかなり強く、手を握られたらもう終わりだと思っていい。関節を極められて引き倒されるのがオチだ。もちろんその後、軍靴で喉を踏み潰されるだろう。

 そういうタイプのとても怖い人なので、笑顔を向けられても緊張してしまう。



 ただこの人は、帝国の外の世界を知っていそうなので気になっている。

 この世界には前世の日本に相当する地域はあるのだろうか。あるなら行ってみたい。可能なら白米と味噌汁が食いたいのだ。



「中隊長殿のその技、いったいどこで学ばれたんですか?」

「んふふ、教えてあげられなくてごめんなさいね」

 徹底した秘密主義。やっぱり忍者か何かなんだろうか。非常に気になる。



 俺の知る範囲では、ユギ大尉以外に「和」の雰囲気を持つ人物はいない。もしかすると転生者なのかもしれないし、とにかく気になる人物だ。

 そういう理由もあって、俺はこの儀礼大隊から離れることができずにいる。



 ちなみに「白米」と「味噌汁」に相当する単語って何なんだろうな。帝国語には「炊いた米」や「豆を発酵させたペースト状の調味料」を表現する単語がない。

 まさか日本語で言っても通じないだろうし、下手な探りを入れて怪しまれても困る。



「フォンクト中尉、どうかしましたか?」

「いえ、クリミネ少尉にもこういう特技があれば、安心して連れ出せるのになと思っていたところです」

 外回りの仕事をさせるには、戦闘技術も体格も足りないんだよな。



「それは仕方ないでしょう。あの子は準貴族ですし、帝室儀礼大隊は戦闘部隊ではありませんよ」

 じゃあ目の前にいるこの戦闘マシーンは何なんでしょうね。いやまあ、この人の技術は正規戦には必要ないものだけど。



 ユギ大尉は机上のペンを指先でヒュヒュンと回しつつ、ふとつぶやく。

「私と組めば、フォンクト中尉の苦労も軽減されるのでしょうか?」

「大変心強いのは確かですね。ただその場合、中隊長殿の職務が滞ってしまいますが」



 俺は外勤の変な仕事が多くて、彼女は内勤の変な仕事が多い。担当が違うので、一緒には動けないのだ。

 ただ第三中隊には男性の少尉や下士官たちがいるので、クリミネ少尉よりも彼らと組んだ方がやりやすい気はしている。

 ちょっと相談してみるか。



「クリミネ少尉を中隊長殿の副官にしたらどうです?」

「うーん、実は私もそれを希望したんですよ。でも、大隊長に絶対ダメだと言われてしまいました」

 なんでだろ?



 するとユギ大尉は少し言いにくそうな顔をした。

「それとですね、いろんな人から『フォンクト中尉とはなるべく組みたくない』と言われてまして……」

「なんで!?」

 思わず声が出ちゃったよ。



 えーでも、俺そんなに嫌われてるの!? ちゃんと同僚としての付き合いしてるだろ? そりゃ変な酒場とか娼館とかには行かないし、賭け事もしないけど……。

 ユギ大尉はクスクス笑う。



「どうもリーシャちゃんが、他の人たちにこっそりお願いしたみたいですよ。心配しないでくださいね」

「クリミネ少尉が? ああ、そういうことなら少し安心しました」

 なんだ、びっくりさせやがって。



 ……ちょっと待て。どういうことだ?

 内心で首を傾げていると、ユギ大尉が意味ありげな表情で微笑む。

「大隊屈指の色男ですね。いったい何人たらしこんでるんですか?」

「誤解です、中隊長殿」



 帝室儀礼大隊は女性士官の比率がやけに高いが、全部合わせても十人そこらだ。おまけに仕事以外での接点が皆無ときた。濡れ衣にも程がある。

 ユギ大尉が指を折って数えている。

「私が知る限りで三人……。まだいそうですね」

「誤解ですってば」



 なんでこんな陰鬱な処刑部隊で上官と恋愛談義になってるんだよ。おかしいだろ。

 俺はもう少し建設的な話題に切り替える。

「ところで中隊長殿、殉職したマイネンの墓参をしてやりたいのですが」



「あ、そうですね。私たちは既に冥福をお祈りしてきましたので、クリミネ少尉と二人で行ってきてはどうでしょう?」

「確かに彼女も墓参はまだのはずですが……」



 俺が少し渋ると、ユギ大尉は微笑みながら告げた。

「これは命令ですよ。二人で行ってきてください。帝都郊外の陸軍共同墓地は寂しいところですから、彼女を一人で行かせるのは少し不安です」



 それもそうだ。でもなんだか変な命令だな……。

 だがユギ大尉の命令なら、素直に従うのが一番だろう。どのみち部下の俺には抗命する権限などない。俺は即座に敬礼した。



「了解しました。これよりクリミネ少尉と合流し、マイネン中尉の墓参に向かいます」

 命令を復唱し、受領したことを示す。

「はい、お気をつけて」

 にこにこ笑うユギ大尉に見送られ、俺はクリミネ少尉を探すことにした。

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