第11話 大隊長の溜息①

 帝都に戻った俺は、帝室儀礼大隊本部で報告を済ませる。

「報告御苦労。良い休暇になったのではないか?」

 大隊長がクスクス笑いながら言うので、俺は直立不動で仏頂面をしてみせる。



「寒い上に第二師団の将校たちに睨まれて散々でした」

「可愛らしい騎兵少尉の坊やと仲良くなったそうじゃないか」

 なんで知ってる。それに可愛くないぞ。



「後で調べましたが、マカラン家は帝国南部にそれなりの勢力を持つ中堅貴族です。人脈は作っておきませんと」

「そうだな。それは認めよう。我々は薄氷の上に立っている。寄る辺は多い方がいい」



 豊かな金髪を誇る大隊長はそう言い、それから意地悪な笑みを浮かべて俺を見上げてきた。

「で、クリミネ少尉との仲は進展したのか?」

 何言ってるんだこの大隊長。



「相変わらず、何を考えているのかよくわからんお嬢さんです。ただ任務への精勤ぶりは賞賛に値します」

「ほう」

「なんせ反乱首謀者の影武者として、実際に絞首刑になってくれましたから」



 ぽかんと口を半開きにしている大隊長。

「え……? お前、何をしたんだ?」

「この世にいない人間を処刑する必要がありましたので、クリミネ少尉を吊りました。本人の希望です」



 大隊長は俺の顔をまじまじと見つめた後、念を押すように聞いてくる。

「もちろん、死なないように吊ったから彼女は生きているのだよな?」

「当然でしょう。大事な部下を死なせることなどありえません」

 殺していい人間とそうでない人間との区別はついている。区別がつかなくなったら処刑執行人として働けない。



 事の経緯はあまり記録として残したくないので、俺は口頭で事情を説明する。

「とまあ、そんな次第です。他に方法がありませんでした」

「なるほど、そういうことならいいだろう」



 大隊長は腕組みをして椅子にもたれかかると、呆れたような顔をした。

「しかし、お前みたいなメチャクチャなヤツは初めてだよ。勅命が怖くないのか?」

「怖くなかったら『ユオ・ネヴィルネルなんて人間は最初からいませんでした』と報告して終わりですよ」

 怖いからやってんだよ。わかってよ。



 俺は困り果てたが、大隊長は急にプッと吹き出した。

「いや、面白いな。露見したら処刑間違いなしの一番損な役回りを引き受けておいて、それを恐れるでも誇るでもなく平然としている。見返りすら求めていない。正真正銘、筋金入りのバカ野郎だ」

 そうかな?



 すると大隊長は急にこんなことを言い出す。

「お前、今後も私の部下でいろよ。転属願なんか許さんからな」

「出すと思いますか? 俺が士官になれたのは、大隊長のおかげなんですよ」



 照れくさそうな顔で笑う大隊長。

「見所のある事務方の下士官を一人、士官学校に推薦しただけだよ。後はお前の努力だ。恩に感じる必要はない」

「あ、じゃあ陸軍主計局あたりに転属願を……」

「それは許さん。私の下から絶対に動くな。上の連中に睨まれて死ぬぞ」

 じろりと睨まれた。怖い。



 それから彼女は不意に表情を変える。

「さて、フォンクト中尉。カヴァラフ地方の視察はどうだった?」

 やっと本題か。俺は改めて背筋を伸ばす。



「最も遅く正統帝国に編入されたせいか、やはり独自の気質と文化を持っているように見受けられました。あそこを統治するのは並大抵ではないでしょう」

「お前もそう思ったか。だが『雲の上』の連中はそう考えていない」



 大隊長は白い指先を額にやると、軽く溜息をつく。

「あの阿呆どもは死をちらつかせて恐怖の大王を気取っているが、単に反感を買っているだけだ。今に反乱が起きるぞ」

「大隊長殿、不敬です」

「知らん。不満があれば直属上官に告発しろ」

 あんたじゃん。



 美貌の大隊長は頬杖をついた。

「下々の小さな不満は、小さいうちに発散させておくべきなのだ。そして上の者はそれを酌み取り、大事に至る前に問題を解決する。それで何が悪い?」

「何も悪くありません。あいつらは阿呆です」

「おい不敬だぞ」

 あんたも言ったじゃん。



 蜜の河のような金髪を机上にこぼしながら、大隊長は言う。

「情勢がかなり怪しくなってきた。最悪の場合、身内だけでも守りたい。そのため、お前には今後こういった任務を優先的に割り振るつもりだ。頼める者があまりいない」

「了解いたしました。通常の処刑は気が重くなりますから、その方がありがたいです」



 処刑した後で「あの人は本当に死ぬべきだったんだろうか」などと悩むような任務は、たぶん俺には向いていない。わかりやすいのだけ振ってもらえると気持ちが楽だ。



「それで、今は何かやるべき仕事はありますか?」

「特にないな。禁薬の密輸をしていた連中が一網打尽にされて、片っ端から処刑されている。今日の午後にも公開処刑があるぞ。手伝うか?」

「そういう任務は第二中隊でいいでしょう」



 帝室儀礼大隊は三個中隊で構成され、基幹となる第一中隊は情報収集や文書管理、他部署との折衝などの裏方仕事を担当している。大隊長がどこかから引き抜いてきた官僚たちで、処刑場に姿を見せることはない。



 第二中隊は処刑部隊らしい処刑を担当する。広場での銃殺刑などだ。命令に疑念を抱かない模範的な軍人はこちらに配属されるそうで、みんな生真面目だ。

 ただし処刑や検屍が大好きという人も少しいる。



 そして第三中隊は政治的にめんどくさい案件など、あまり表に出せないタイプの処刑を担当している。殺したことにして逃がすのは第三中隊だけの仕事だ。

 変な任務が多いせいか、第三中隊は変人の巣窟みたいになっている。俺は数少ない常識人だ。



「お前は第三中隊でも屈指の変わり者だよ。中隊長も面白がっている」

 嘘でしょ? 俺ってクリミネ少尉や死んだマイネン中尉より変なヤツなの?

 ちなみにうちの中隊長も若い女性だが、俺より中隊長の方が変人だ。絶対にそうだ。



「なんだ、不満そうだな?」

「小官ほどの常識人は見たことがありませんので」

「あはは、そういうところだぞ」

 メチャクチャ楽しそうに笑った後、大隊長は俺に流し目を送る。



「ところで私は今、常識人の再婚相手を探しているのだが……」

「すみません、変人でした」

 大隊長の一人娘は、母親の再婚には断固反対の立場だ。よく会うから知ってる。

 だから冗談のわかる俺はきちんと「正解」を言ったつもりだが、大隊長は大きな溜息をついた。



「ああそうだな、変人だ。ド変人だとも」

 なんかちょっと怒ってる?

 大隊長は気難しい顔をすると、俺を片手で追い払った。



「この後、クリミネ少尉からの報告も聞く。お前は第三中隊に戻って中隊長に報告してこい」

「はっ」

 敬礼しつつ、俺は内心で首を傾げていた。

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