第3話 蠱毒の宴と食えない男③

 突然の申し出に驚いたのは、俺よりもクリミネ少尉だった。

「私ですか!?」

「そう、君だ。君はずいぶんと小柄だな。そちらの中尉よりも君の方が毒がよく効くだろう。おそらく私よりもね」



 確かに同じ量の毒なら、体重の重い方が生存に有利だ。クリミネ少尉は身長が百五十センチほどしかなく、グリーエン卿よりも体重は軽い。

 グリーエン卿は勝ち誇った顔で俺を見る。



「君なら耐えられる量でも、この少尉には耐えられまい」

「お言葉ですが、決闘をするのは小官とあなたです。クリミネ少尉は立会人に過ぎません」



「もちろん決闘は君とするのだ。だが君は必ず勝つのだろう? ならば君の分を彼女が食べても問題あるまい」

 めんどくさいな……。まあいいか。

「それもそうですね。少尉、代わりに食べてくれ」



 クリミネ少尉は目をまんまるにしているが、自分が軍人であることを思い出したらしい。

「は、はい! 御命令とあれば!」

「すまないな。貴官が毒でやられたら遺言は何でも叶えてやる」



 するとクリミネ少尉は少し顔を赤くして、ぴしっと敬礼した。

「そういうことでしたら喜んで」

 それを見たグリーエン卿が大笑いした。



「はあっはっはっは! さすがは死神大隊と恐れられるだけのことはある。自分の部下を捨て駒にするとはな!」

「捨て駒ではありませんよ。本日死ぬのはあなたです」



 茶番をさっさと終わらせたいので、俺はグリーエン卿に銀のトングを渡す。

「焼き菓子は全部で二十四個あります。双方が最初に食べるものを指定してください」

「よかろう」



 グリーエン卿はニヤリと笑うと、じっくりと菓子を吟味し始めた。

「焼き菓子ということは、加熱しても毒性を失わないものだな。それにこのように小さな菓子に仕込むのであれば、よほどの猛毒でなければなるまい。違うかね?」



 得意げな顔で俺を見てくるグリーエン卿に、俺は紅茶を淹れながらなるべく無表情に答える。

「お答えする義務はありません。既に決闘は始まっていますから」

「ふふん、内心の焦りが見えるようだぞ?」



 にんまり笑い、グリーエン卿は菓子を見比べる。

「黒騎士側に三日月……カイザス公の紋章がある。これは第四次会戦以降の構図だな。彼は白騎士側から寝返ったからね。母親を毒殺されて……うむ、何やら意味ありげだ」



 うんちくの長い爺さんだ。だが悩めば悩むほど、彼の死は近づく。ほっとこう。

 だが彼は急に肩をすくめた。

「……いや、紋章は目くらましだ。私を惑わせるために、それらしくしているだけだな。となれば、私が選びそうなものをそちらのお嬢さんに食わせてやればいい」



 迷うことなく彼は白騎士側の魚型クッキーを選ぶ。

「君はこれを。そして私はこっちだ」

 彼が選んだのは、塔をかたどったクッキーだった。

「戦に敗れ、毒杯を仰いで死んだバッヘルム公を戴くとしよう」



 クリミネ少尉は指定された魚クッキーを手に取り、俺の方をチラチラ見る。

「これ食べても大丈夫なヤツですか?」

「さあどうだろうな……」

 俺は真顔だ。クリミネ少尉はしょんぼりしつつ、クッキーをぱくりと食べた。



「私が死んだら、検屍の立ち会いは中尉殿にお願いします」

「わかった」

 俺はうなずき、グリーエン卿に言う。

「ではあなたもそれを」

「うむ」



 しわがれた指でクッキーをつまみ、ボリボリ食べるグリーエン卿。自信ありげだな。

 この調子でどんどんいこうか。

「では次の菓子をお選びください」

「ふむ。まあ待て」

 紅茶を一口飲み、グリーエン卿は腕組みする。



「さあて、どれを選んだものか。お嬢さんが苦しみ悶える姿を早く見たいからな。では少々鋭い手を打つとしようか」

 彼は黒い葉っぱのクッキーを選んだ。



「柳の葉といえばフェンチネン公の紋章だが、やけに厚ぼったい。中に何か入れるために、わざわざ分厚くしたように見える。これを君にやろう」

「わ……わかりました」



 クリミネ少尉はおそるおそる、そのクッキーをつまむ。

「うう……我、突貫せり……」

 もしょもしょとクッキーを食べ、ゴクリと飲み下すクリミネ少尉。

 それから彼女は俺を見上げる。



「中尉殿、なんか苦いのが入ってました。今度こそ死んだかもしれません」

「安心しろ。症状が出てくるまで時間がかかる」

「何が安心なんですか!?」



 俺は部下の悲鳴を適当に聞き流し、グリーエン卿をうながす。

「ではあなたも」

「私はこれにしよう」

 カエルの形をした白いクッキーを選ぶグリーエン卿。



「ヒキガエルの紋章とは悪趣味だが、魔女たちが毒薬の材料にすると伝えられているな。いかにも毒のように見えるなら、私が臆すると思ったのだろうが」

「いいから食べてください」

 時間の無駄なんだよ。



 グリーエン卿は不満そうにクッキーを食べ、紅茶で流し込む。

「しかしどうにも不味いな。もう少し良いものを用意できなかったのかね?」

「申し訳ありません。たかだか死罪人と小官が食べるものに公金を使いたくなかったのです」

 正直に本当のことを言うと、グリーエン卿はフンと鼻を鳴らした。



「私を怒らせて判断力を曇らせようとしても無駄だ。しかし面倒だな、残りは一気に選んでしまうか」

「御自由にどうぞ」

 俺が快諾すると、グリーエン卿は残る二十個のクッキーから十個を選んだ。



「私が食べる分はこれだ。残りは君に」

「は、はい……」

 緊張した顔でクリミネ少尉がクッキーを取り、ポリポリ前歯でかじり始める。



「中尉殿、これ毒が入ってるの何個なんですか? 共倒れになりませんか?」

「共倒れなら任務達成だな」

「うう……この鬼畜上官……」

 上官への侮辱は禁固刑だぞ。



 大変気まずいお茶会がしばらく続き、用意したクッキーは全部二人の胃袋に収まった。

 ナプキンで口を拭いつつ、グリーエン卿が溜息をつく。

「やれやれ、心底不味い菓子だった。次はもう少しマシな道具を用意したまえ。それと次回は中尉、君に食べてもらうぞ。殺したくなってきた」



 次? 俺は思わず笑う。

「次などありませんよ。処刑は執行しました」

「なに……?」

 ガタンと音を立てて、グリーエン卿が椅子から立ち上がった。

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