第2話 蠱毒の宴と食えない男②

 貴族の別荘はそれほど豪華ではないが、かなり広かった。

 貴族が狩りを催すとなれば他家の貴族も招くだろうし、そうなると随行員も滞在しなければならない。旅館として十分やっていけるだけの部屋数がある。

 いいなあ、俺もこういうの欲しいなあ。



 長い廊下の突き当たりで案内役の兵士が敬礼する。

「こちらであります」

「ありがとう」

 俺は笑顔を浮かべ、軽く答礼する。



 それが少し意外だったのか、兵士は一瞬だけ俺の顔をじっと見た。

「どうした?」

「あっ、いえ……」

「死神も笑うんだよ」



 とっておきのジョークだったが全く受けず、兵士を残して入室することにする。

 本当に嫌われ者だな、俺たち……。

 まあいいか。



「彼は仕事をしてくれた。俺たちも仕事をしよう」

「は、はい。そうですね」

 クリミネ少尉が慌てたようにコクコクうなずく。



「顔が赤いが、どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 雨の中を歩いてきたから風邪をひいていないか少し心配だ。こちらの世界の人たちはあまり体を洗わないせいか、濡れるのに弱い気がする。



 大隊本部に帰ったら温かい飲み物でも用意してもらおう。そう思いつつ、俺は見るからに重厚そうなドアをノックする。

 すぐに返事があった。



「誰か」

「帝室儀礼大隊第三中隊副隊長のフォンクト中尉であります。お約束通り、決闘に参りました」

「よろしい、入りたまえ」



 恐る恐る入室すると、広々とした部屋で老紳士がチェスのようなものを嗜んでいた。

 こちらの世界にチェスはないが、よく似たものとして「ヴァーチス」と呼ばれるものがある。和訳するなら「戦盤棋」といったところか。



 白髪の老紳士はどちらかというと痩せており、屈強な方ではない。俊敏そうにも見えないな。剣や銃での決闘を指定してこないのも納得だ。

 だが刻まれた皺と猛禽のような目つきからは経験と貫禄が感じられ、手強そうな相手だという印象を受ける。



「わざわざ何度もすまんね、こんな老いぼれの後始末で若い人が散っていくのは胸が痛むよ」

 たぶん嫌味だな。思いっきり挑発されてる。

 グリーエン卿にとっては俺たちは命を狙う敵なんだから当たり前だが、精神的な揺さぶりをかけに来ているようでもある。



 だから俺は平然と笑ってみせる。

「申し訳ございません。今日で終わりにいたしますので」

 こいつは同僚の仇だ。俺はもう二度とマイネン中尉と不味い安酒が飲めない。別に構わないが、とにかく不愉快だ。



 グリーエン卿は俺を見てニコリと笑う。

「いいね、君はなかなかいい。前のなんとかいう中尉よりも良さそうだ」

「恐縮です。マイネン中尉は小官の同期でしたが、この程度の簡単な任務にも失敗するようなありさまでして」

 絶対に殺すからなお前。



 俺はにこやかに笑いながら、持参したブリーフケースを開く。

「御指定の決闘方法は『服用毒』でしたね?」

「いかにも。甘美な猛毒を自ら口に運ぶ勇壮な勝負こそ、帝国貴族に相応しい」

 貴族なら剣か何かで決闘しろよ。面倒な爺さんだな。



 おそらくだが、この老人は毒に詳しいのだ。だから過去二回とも執行人を毒で返り討ちにしている。

 対する俺はというと、さっぱり詳しくない。すまないな、前世の知識とかなくて。

 そもそもこっちの世界の毒なんてさっぱりわからん。



「三度目ともなりますと多少は趣向を凝らさねば非礼かと思いまして、今回はこのようなものを御用意いたしました」

 刺繍の入った布包みをほどくと、中から黒塗りの木箱が出現した。

 いやまあ要するに風呂敷包みなんだが、帝国では一般的ではない使い方だ。



「ほう、面白いな」

「面白いのはこれからですよ」

 俺は木箱の蓋を開ける。

「おお!」



 グリーエン卿が声をあげたのも無理はない。

 格子状に仕切られた箱の中には、小さなクッキーが詰まっていた。もちろんそれだけなら別に面白くもなんともないが、もちろん秘密がある。



「『灰色戦争』の騎士たちをイメージして作らせました。生地の濃淡で黒騎士と白騎士を表現しています」

 帝国成立以前に、この地で黒騎士と白騎士の皆さんが壮絶な戦争をしたという故事だ。史実かどうかは知らないし、なんで戦争をしたのかも諸説ある。



 だがグリーエン卿は興味深そうに箱の中を覗き込む。

「これは『ヴァーチス』の駒の配置に似ているな。今まさに両軍が激突せんとしている、といったところか」

「決闘の場面に相応しいでしょう?」



 グリーエン卿はにんまり笑う

「なかなかの趣向だ。殺してしまうのが惜しいな」

「御心配には及びませんよ、小官は死にません」

 死ぬのはお前だ。



 グリーエン卿は余裕たっぷりの表情で俺に言う。

「この焼き菓子を用意したのは君だ。どれに毒を仕込んだかも知っている。となれば、双方が食べる菓子は私が指定することになる」

「はい、そうでなければ勝負が成立しません。グリーエン卿がお選びになったものを小官は必ず食します」



 そういや前世にも激辛入りのロシアンルーレットな食べ物がいくつかあったっけ。俺は激辛大好きだから、「当たり」を食べると嬉しかったものだ。

 ああ、前世のお菓子が懐かしいな。



 そんなことを考えていると、グリーエン卿はニヤリと笑った。

「いやいや、食べるだけなら君である必要はあるまい」

「どういうことです?」

 するとグリーエン卿はクリミネ少尉を指さした。



「私が選んだ菓子は、君の代わりにそのお嬢さんに食べてもらう」

 ちょっと待てよ!?

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