処刑大隊は死なせない 〜帝国が崩壊しても俺たちは生き残りたい〜

漂月

第1話 蠱毒の宴と食えない男①

「雨か、ついてないな」

 俺は黒い軍帽を少し傾け、顔にかかる冷たい雨を遮る。

 そういえば俺が前世を去った日も、こんな雨が降っていた気がするな。



「急ごう。今日中にグリーエン卿の処刑を済ませないと大隊長に叱られる」

「はい、中尉殿」



 生真面目にうなずいたのは黒髪ボブで黒い軍服の若い女性。リーシャ・クリミネ儀礼少尉だ。

 歩兵科や砲兵科の少尉ならそれなりに立派なものだが、儀礼科はちょっと違う。

 我が帝国の場合、「儀礼」というのは要するに勅命による処刑だからだ。



 この国の正式名称は「神に選ばれしザイン=ワーデンであると同時にワーデン=ザインでもある正統帝国」という。建国時になんかややこしい事情があったのが容易に想像できる名前だ。

 だがみんな「帝国」としか呼ばない。他に帝国がないからだ。



 この正統帝国は皇帝の権力が大変強く、貴族や聖職者でも割とあっさり処刑されてしまう。

 しかし身分の高い人の処刑にはそれなりの格式と配慮を……ということで、専門の処刑部隊が設立された。理性的なんだかそうでないんだかわからない。



 我らが帝室儀礼大隊は「死神大隊」だの「殺し屋大隊」だの好き放題言われているが、死神や殺し屋と違って法律を遵守する公的機関だ。それだけに厄介事も多い。

 そこらへんを確認しておくため、俺はクリミネ少尉に声をかける。



「今回の執行対象は少々手強い。よくある謀反人だが、政治的には特殊な罪人だ」

「大隊長から聞きました。決闘以外では処刑できないとかいう……」

「そうだ。皇帝自身が下賜した特権だ。二十年も前にな」

「私まだ生まれてません」



 また真顔でうなずいている後輩に、俺も真顔でうなずいておく。

「俺もだ」

「そうだったんですね」

「冗談だよ」

 俺は苦笑する。そういえばこの子、冗談が通じないんだった。



 クリミネ少尉が真顔のまま考え込んでいる。

「謀反人として処刑するのでしょう? そんな権限、剥奪してしまえばいいと思うのですが」

「いざというときに剥奪される特権じゃ意味がないだろう。他の貴族たちが皇帝を信用しなくなる。今回の謀反の嫌疑も、粛清の口実に過ぎないからな」



 貴族たちは皇帝に忠誠を誓い、そして何かあれば処刑される。皇帝の約束が信用できなくなってしまえば、それはもう恐怖政治でしかない。すぐに反乱が起きるだろう。実際、不穏な動きは随所にある。

 前世の歴史を思い返しながら、俺はぬかるむ山道を慎重に踏みしめる。



「簡単な話だ。決闘形式で処刑すればいい。決闘を申し込むのは我々。その場合、決闘方法を選ぶのはグリーエン卿。そして道具を用意するのは我々だ」

「帝国決闘法第三条一項ですね」



 クリミネ少尉が即答したので、俺はちょっとだけ感心する。

「詳しいな」

「一応、準貴族ですから」

「悪かったな平民で」

「はい、頭が高いです」



 俺は年下の後輩をじろりと睨む。

「軍隊では階級が絶対だ。上官への不敬行為は懲罰対象だぞ」

「失礼しました、中尉殿」

 ぴしっと敬礼するクリミネ少尉。

 なんか……からかわれてる気がするな。



 今世の俺は農家の出身だ。人口の九割が農民だから当たり前といえば当たり前だが。でも、できれば転生ガチャは貴族が良かったな……。

 一方、クリミネ少尉の実家は裕福な商家だ。非世襲の準貴族の地位を一族全員買っているらしい。帝室の主要な財源だが、この国いろいろと危うい。



 とりあえず説明を続けよう。

「相手は『軍師』の異名を持つ古狸だ。我が大隊は既に二度、グリーエン卿との決闘に敗れて将校を失っている。これ以上負ければ、処刑対象が増えるかもしれないな」

「うわぁ」



 軍人も貴族と同じように皇帝から身分を安堵されている身なので、皇帝の気分次第では自裁を下賜されかねない。

 今回の任務に俺が志願したのは、誰かのとばっちりで殺されたくなかったからだ。

 しかしそれだけではない。



「前回の決闘で死んだマイネン中尉は俺の友人だ。あの無能な飲んだくれの後始末は友人の義務だろう。死んだ後まで迷惑をかけられて最悪だよ」

 するとクリミネ少尉は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑む。



「それで志願なさったんですか……やっぱり優しいですね、中尉殿は」

「優しいヤツは儀礼大隊なんかで働かんよ。俺たちの階級章は飾りだし、あらゆる階層の人間から忌み嫌われている」



 なんせ皇帝直属の処刑部隊だ。反皇帝派にとっては憎悪の象徴だし、親皇帝派にとっても自分に刃を向けてくるおぞましい存在だろう。

「俺たちの政治的な立場は非常に危うい。何かあれば俺たち全員、大隊営庭の柵に吊されるだろう」

「そのときは中尉殿の隣を希望します」

「正気か?」



 いい子なんだが、ときどき常軌を逸した発言があるのが困る。まあ儀礼大隊に配属される子だからな……。

 女性士官は貴重なので、普通は帝妃の親衛隊などに優先的に回される。



 俺は雨に濡れつつ、クリミネ少尉がついてこられる程度に歩みを早めた。

「少し急ぐか。いくら『洗濯屋』とはいえ、着ている服を洗う趣味はない」

「かわいいと思います、そのあだ名」

「非番に必ず洗濯しているのが大隊長には面白かったらしいな」



 前世の感覚で暇さえあれば体と服を洗いまくっているので、こちらの世界の人には異様に思えるらしい。潔癖症の変人だと思われている。だいたい合ってる。

 俺たちは仕事柄とても恨まれやすいので、偽名や通称をよく使う。通称は大隊長がつけてくれる。とても迷惑だ。



「そういえば貴官の『パン屋』の由来はなんだ?」

「母方の祖父が火刑に処されたからですね。母に累が及んでいたら私は生まれてませんでした」

「……聞いて悪かった」

 大隊長のセンスえぐすぎる。


   *   *


 苦労の末に俺たちがたどり着いたのは、森の中にある貴族の別荘だった。

 本来は狩猟や密談などに用いられる場所だが、今は罪人の拘置所になっている。

 門前を警備するのは緑色の軍服たちだ。陸軍の歩兵科。軍服の色は違っても同じ帝国軍人だが、向こうはそうは思っていないだろう。



「止まれ! 何者だ!」

 マスケット銃の銃剣がこちらに向けられたので、俺は無愛想に答える。

「帝室儀礼大隊第三中隊副隊長のフォンクト中尉だ。話は通っているな?」

「失礼しました!」

 銃剣の穂先がサッと引かれ、兵士たちが直立不動で敬礼する。

 でも敬意はあまり感じられない。



 そりゃそうだろう。中隊といっても兵は一人もおらず、デスクワークの将校と下士官しかいない。あくまでも書類上の中隊だ。

 階級章だってほぼ飾りだが、これは貴族を処刑する以上、将校でないと格好がつかないので付けている。因果な商売だ。



 鉄格子の門が開かれ、すぐにここの指揮官らしい将校が出てくる。階級章は中尉だ。でも歩兵科だから、あっちの方が偉いな。

 俺は敬礼し、持参した書類を見せる。



「こちらが皇帝陛下の命令書と、決闘の誓約書です」

「拝見しよう」

 同じ中尉でも実質的な偉さが違うので、こっちは敬語だが向こうは敬語を使ってくれない。いつものことだ。

 戦場で命を懸けるのは彼らなので、それでいいと思う。俺たちみたいなのが偉くなったらおしまいだ。



 二枚の書類を丹念に確認した後、向こうの中尉は誓約書に閲覧のサインをした。

 そして部下に命令する。

「囚人は二階だ。案内してやれ」

「はっ。どうぞこちらへ」



 兵士が無表情に敬礼し、さっさと歩き出す。

 俺たちはその後に続いたが、背後でぼそりとつぶやく声が聞こえた。

「さっさとくたばりやがれってんだ」

 さて、あれは誰のことを言ってるんだろうな……。

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