第2話 世界、異世界
死後の世界とはいったいどういうものなのだろうか。
花畑が広がっているのだろうか、永遠の闇が広がっているのだろうか、それとも死後の世界など存在しないのだろうか。
少なくとも、私はこの三つは違うと思う。だって私が今いる場所はどれにも当てはまらないのだから。
「どこだろ、ここ」
死んだはずの私が居る場所はほんの少し暗くて光の球体が散らばっている謎の空間だった。
一体ここはどこなのだろうか。
見たことのない空間だ。早朝のような薄暗さで地面はアスファルトのように硬くて踏みしめるとコツンコツンと音が響き渡る。それだけでも不思議なのに私の周りにはバレーボールほどの大きさの光の球体が少なくても数十個は浮かんでいる。なんだか、映画のワンシーンみたい。光の球体は触れようとするとゆっくりと遠のいていく。ほんの少し暖かくてなんだか安心できる。
「…はは」
光の球体の目の前にいると何故か笑みがこぼれる。ずっとここに居てもいいかもしれない。そんな考えすら浮かんできた。
「またここで死んでもいいかも」
そう呟くと後ろの方から声がした。
『それは困るよ、もう一度君に生きてほしいと思ったのに』
振り返るとそこには一人の男の子が…いや、女の子?が居た。
その子は地面に付くほどの長い白髪を持っており目は鋭く、金色に輝いている。顔は中性的で声は低い。
(えっと、どっちだ?)
男の子なのだろうか?女の子なのだろうか?分からない。
胸はないし、喉ぼとけが無い。身長は165センチくらいで手は男の子のようにゴツゴツしてるけど、肌の色は雪のように白い。
どちらかの性別に当てはめることが出来る決定的なものがない。
『やあ、初めまして。木島みそら』
悩んでいると目の前の子は口を開いた。
「あの、えっと…」
『僕は名前がない。好きに呼ぶといいよ』
僕、ということは男の子でいいのかな。
「あの、なんで私の名前を?」
『なんでも知ってるよ、みそら。私はずっとここに居る、ずっと君を、君たち人間を見てきた』
見てきた?あれ、というか一人称が…。
「え、どういう事ですか?というか、貴方誰?ここはどこなの?死後の世界?」
『こらこら、質問が多いよ。落ち着いて深呼吸をして。大丈夫、みそらの質問には全部答えるから。だから落ち着きなさい』
目の前の子は困ったように笑う。私は何だか恥ずかしくなりぼそぼそと質問をしていった。
「ここ、どこですか…?」
『ここは何でもないよ。我と同じで名前が無いんだ。ああ、でも君たち人間は死後の世界と呼ぶかもしれない。みそらのように死んでしまった人間が来るところだからね』
「死後の…じゃあこの球体は?」
『これは世界だ』
目の前の子は、白髪の子はそう言うと光の球体に向かって手を伸ばした。すると光の球体は白髪の子に向かって飛んでいき手の中に納まった。
『これはあたしにしか触れることが出来ない。みそらのように死んでしまった人間が触れば強制的に新しい世界に飛ばされる。何に生まれ変わりたいかも決まっていない状態で世界に飛ばされるのは嫌だろう?』
「世界って、地球の事ですか?」
『そうだけどそうじゃない。この球体は地球以外の世界、並行世界も含んでる。いわば異世界だ』
「異世界?」
『この球体を覗き込んで。決して触ってはいけないよ』
そう言うと手の中に納まっていた球体が私の目の前まで飛んでいた。触れないように少し距離を置きながら目を凝らす。
「うわっ!?」
そこにはゲームや本でしか見たことのない生物たちが映っていた。
『それはエルフだ。初めて見るかい?』
「うん、ゲームとか本でしか…」
映し出されているのは一人の女性のエルフだった。美しい小麦色の髪をなびかせながら弓をひいている。
『ああ、狩りの途中のようだね。みそらには少し残酷かもしれない。質問にもどろう』
白髪の子がそう言うと球体は私から遠のいていった。
「エルフの女の人が居るのが異世界、私はそこに行けるの?でも、行くとしたらこんんに球体は必要ないんじゃ…」
この球体が新しい世界なのだとしたら数は地球と異世界の二つで十分のはずだ。なのに、なぜこんなにも数があるのだろう。
『みそら、君は何になりたい?』
「え?」
『人間?男?女?鳥?魚?虫?エルフ?』
「えっと」
『人間になりたいのなら君はあの球体に触れれば人間として新たな生を受けることが出来る。だけど、エルフとして生まれ変わりたいのならばこの球体に触れる必要がある』
白髪の子がそう言えばあたりをふよふよと浮いていた球体が段々と集まって来た。
『虫になりたいのならこの球体に、鳥になりたいのならこの球体に。なりたいものに合わせて球体に触れないと世界はみそらを拒絶する。拒絶されればもう二度と生まれ変わることはできない。魂は永遠に彷徨う』
「だから、こんなにも数が…」
『そうだ。他にも貴族に産まれるとか、天才に産まれるとか色々分けていくうちにこんな数になってしまったんだ』
「そうなんだ…貴族はやだな」
『どうして?贅沢三昧だよ』
「嫌、自由がなさそう」
『みそらは自由がいいのか。じゃあ鳥は?』
「人間がいい」
『そうかい。なら球体は限られてくるね』
「ねぇ」
『どうしたの?』
「私がもう一回地球に生まれ変わるとして、そしたら…あの…居るの?私を殺したあいつは」
白髪の子は目を細めた。
『大丈夫、居ない世界に飛ばすよ』
「そっか。じゃあ、良かった」
そう笑えば白髪の子は柔らかい声で言った。
『儂は君たちに人間に特別な感情なんて抱かない。でも、君の人生を見て可哀想だとは思うよ。だから、みそらが望むなら君に特別な第二の人生をあげるよ』
「特別な?」
『君に、今の記憶をもったまま平和な異世界に飛ばしてあげる。魔王が滅ぼされて魔物が弱まった世界だ』
「え…?魔王居るの?」
『どの異世界にも必ずね。でも、この世界は違う。ついこの前勇者によって魔王が滅ぼされた』
私の目の前に一つの球体が近付いてきた。
ほんの少しだけ色がついている世界だ。
「なんで異世界なの?」
『魔法が使えて自由だから』
「それだけ?」
『吾輩に誓ってそれだけだ』
「自分に誓うの?」
『自分が神に誓うなんて変だろう』
「貴方は神さまなの?」
『人によっては神だというし、化け物というよ』
「名前はないのに?」
『ああ、変だろう』
「そもそも誰が言うの?」
『みそらのように記憶を持ったまま生まれ変わった人間。酷いだろ』
「うん。というか他にもいるんだ」
『もう死んでしまったけどね』
「そう、なんだ…。寂しい?」
『余なら大丈夫』
「なんで一人称コロコロ変わるの?」
『うーん…なんでだろうね。最初からこうだった気がするよ』
「ふふ、変なの」
白髪の子と話していくうちに自分の中で心が決まっていった。
「ねぇ、最後にいい?」
『どうしたの?』
どうせなら、二度目の生は自由がいい。
「この世界のお母さんとお父さんは…」
どうせなら、二度目の人生は冒険がしたい。
「私に、痛いことしない?」
『ああ、絶対に』
白髪の子はそう言うと私の頭を撫でてくれた。
(あ、初めてだ)
優しい手つきにほんの少しだけ顔が緩む。
『俺は君の味方だよ。君の母親よりは君の事を大切に思ってる』
「そっか…」
その言葉がすごく嬉しい。でもどうせなら生きてるときに誰かに言って欲しかったな。
「決めた。私魔法が使いたい」
『良かった、気に入ってくれた。』
「うん、ありがとう」
『なら行っておいで』
「うん」
目の前にある球体に恐る恐る手を伸ばした。
『大丈夫、痛くないよ』
そう言われて思い切って手を入れてみた。
球体は暖かかった。暖かくて、なんだかぐにゃぐにゃしてて…それで…。
「あ、れ…?」
意識までもがぐにゃぐにゃしてくる。変な感じだ。
『大丈夫、もうすぐ眠くなるはずだ』
「そうなん、だ…へん、なの…」
『みそらはそれが口癖なんだね』
うん、私でも初めて知った。
『みそら、大丈夫だ。きっと自由だ。だから、おやすみ』
うん、おやすみも初めて言ってもらった。
『目が覚めて初めて魔法を使うとき、きっとびっくりするよ。君にプレゼントがある』
プレゼントも初めて。
「あ、りが…と…」
段々と激しい眠気が襲ってきた。もう目が開けられない。
『おやすみ。いってらっしゃい。みそら』
白髪の子がそう言うと私の体は完全に力が抜けた。
(あ、なんか名前つければよかった)
球体と体が一つになる感覚を最後に私は深い眠りについた。
成り損ないの母と魔王の娘 如月うみ @nigatu2222
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